四歌(2)
「有理君。まじめだね、私的には今日は夏休みだったんだけど……」
夏休みなんてものが、僕らの仕事にあったのには驚きだ。
寝起きの恋歌さんはとても機嫌が悪かった。
最近購入した最新式の羽なし扇風機で涼しみ動いてくれなかったのを、なんとか引っ張っり、応接間で待つお客さんのところまで案内する。
僕の後ろでぶつぶつと文句を言う恋歌さんの姿に、若干後悔しつつも、ここまできたからには後戻りできない。
「あのー、この方が困っていたみたいなんで……。連れてきました」
「あのー、よくわからないですけど、よろしくお願いします」
背中の辺りで切り揃えられた髪の毛をゆらしながら、一礼。やっぱり社会人なのだろうか、とても礼儀正しい。久々に正しい、社会人像というものを見た気がする。
「へー、これはまた、奇っ怪な……。いえ、失礼しました」
メガネケースから、『心霊』を観察する能力がある、疑惑の伊達メガネを取り出しかけると、恋歌さんは難しそうな顔で、お客さんを眺め始めた。
「失礼、お名前は?」
「はい、私は三津金商事の小早川明理と申します」
「明理さんですか。私は恋歌と名乗っています。私たちのことは、そうですね……便利屋とでも思っていただければ結構です」
ニコリと笑いかけながら、恋歌さんは商談モードに入ったようだ。
「明理さん。率直に申し上げて、あなたはいま、いわゆる霊体と呼ばれるような状態になっています」
「それはつまり、幽霊みたいなものなんですよね?」
「そうですね、カテゴライズするならば、浮遊霊というところでしょうか。好き勝手に動き回れるわけですから」
幽霊かぁ……と、明理さんをじーっと眺めてみる。
どこからどう見ても、ただの人と変わらないように見えてしまう。
「私とそこの彼は、霊体という概念がごくたまに人間社会に混じっている。という事実を知っていたので、あなたのような存在をキャッチできたというわけです。これは相性や環境などにも依存しますが、あなたの姿を認識できる人間は基本的には『普通』ではないということになりますね」
いつの間にやら、僕も異常者の仲間入りというわけだ。
「えっと、それでですね。つまりその……私って死んでるんですかね?」
僕と出会った時に投げかけていた質問を、明里さんが再び口にする。
「それを調べるのが私たちの仕事というわけですね。経験則から言わせていただけるならば、あなたは死んでいると確定したわけではありません。『死んだ』にしては、意識や行動がしっかりとしていますから」
どうやらそういうわけであるらしい。
霊体というのは、僕らの生活に色々な形で溶け込んでいる。それをカテゴライズしきるのは珍しく、時たま人間に害をもたらす奴らがいると、僕らみたいなのが葬除を行うのだ。
「あー、それで、ですね。お金あります? お身体がこの世にないのでしたら、ご親族の方からでも結構なので、ご遺産や、自分だけしか知らないへそくりとかでもかまいませんよ」
恋歌さんは満面の笑顔でお金の話を始めていた。
多分この人はこの人で、出来る社会人なのかもしれない。礼儀とかルールとかそんなもん糞喰らえな人なんだろうけど……。