三歌(喫茶店)
「恋歌さん、おいしいですね。ここの抹茶プリンアラモード」
「そうねー。おいしいですねー」
すっかり日も暮れた空港の喫茶店。
客はチラホラで、どちらかと言えば夕食を食べるために利用する人の姿が多い。寂れたアンティーク調の店内が心を落ち着かせてくれる。
磨きこまれた机の上に、どんっと置かれたアラモード。抹茶アイスの苦味とプリンの甘みが溶け込んだそれは、まるで宝石のようだった。通りかかった時に美味しそうだなとは思ったけど、まさかこれほどとは……。
「恋歌さん、機嫌悪いんですか?」
「べっつにー、少し忙しかったんで疲れてるだけよ」
あきらかに拗ねていた。仕事終わりの一杯にと、カップに口をつけ、恋歌さんがちびちびとカプチーノをすすっている。
「にしてもすごいかったわね、有理君。おかげで私、助かっちゃった」
恋歌さんはふと顔をあげると、ニヤニヤと意地悪な表情を浮かべた。
なんだか、嫌な予感がする。
「いえいえ、僕は何時でも恋歌さんのナイトでいたいですから」
「ふーん、そういえば工藤のことだけど……」
僕が反撃にと放ったキザったらしい台詞はスルーされ、社長から渡された分厚い資料で扇がれる。
「彼の経歴、知りたい?」
「知りたくないわけじゃないですけど」
本当のことを言えば、工藤が追われる原因というのが気になっていた。地下駐車場で、本気の表情で睨み合う男の戦いというのを見た時から。
「工藤勇太、18の時バイクで大事故を起こすが、奇跡的に生還する。その時に異能力を発症。暗部の組織に発見され、以後そこの殺し屋としての日々を過ごす」
「僕らの上司連中……機関のいけ好かない国家公務員さんたちよりも前に、悪い人に捕まってしまったってことですか」
「そういうことね。燃え盛る事故現場から、やけど一つ無く生還するなんて、わっかりやすい発症のしかたよね」
命の危機から生還する。
というのは、人間のどこかに欠陥を生じさせるには十分すぎる原因だ。生きるために、あるいは後遺症によって、人が本来持ちもしない力を具現化させる。
「僕らが見つけきれてない人の中には、そうやって、暗部に引っこ抜かれる人もいるんですよね?」
「それはそうね、それも隠し切れない一つの真実。力を持つものはそれを自由に振るうことを望む。国やら機関に規制されるなんて、まっぴらなんでしょうね」
僕らの仕事は、そんな人たちを救う目的もある。
霞美さんのように早期発見、あわよくば治療が出来れば、過ぎた力や異常によって、道を踏み外すことはなくなるはずだ。
「で、色々あって、その組織を逃げ出したわけ」
「その色々がとてつもなく重要なんですけど」
僕が目を細め、見つめると、恋歌さんはニンマリと、アヒルみたいに唇を尖らせていた。
故意に僕の事をいじめているらしい。色々と溜まっていたんだろう。社長という格上のいじめっ子がいる状況では、僕も恋歌さんも、ただのいじめられっ子にしかすぎなかったから。
「そのものズバリ、恋よ恋」
「恋、ですか」
なんて、簡単に納得できるわけがない。
ジトリと睨み続けると、恋歌さんは満足したのか、話を続けた。
「うーん、有理君。現在世界における殺人事件の動機で、ポピュラーなものって何があるかしら?」
「金銭問題……とかですか?」
「それも正解。でも、今回は違う。その動機が恋愛絡みだっただけね」
恋愛で人を殺す。痴情のもつれというやつだ。
それは、頭では理解できるけど、抱いてはいけない感情のようにも思える。
「工藤と……彼の職場の上司が一人の人間を取り合った。結果、付き合っていた相手に浮気される形で上司に寝取られた工藤が、殺ってしまったわけね」
「あの時の人がそうですか」
「社長ってば手が早いのなんのって、私もびっくりしたわ。まさか依頼人の『治療』まで行おうとするなんて」
おそらく、その恋敵を工藤は地下駐車場で殺したのだ。
愛した人と、それを奪った人を両方消して、彼は解放されたのだろうか……。それとも、自分の感情で、自分の意思で殺しをしたことを背負い続けて、無様に苦しみながら生きていくだけなのだろうか。
人の心を完璧に理解することはできない。僕の、理解したいという思いはただの強欲で、理由を求めることがナンセンスなんだろう。
殺すほどの愛。
殺されるほどの恋。
どちらも完璧に理解することはできない、人の心の異常性だった。
「有理君は私のために殺してくれる?」
「……」
とてつもなく、意地悪な質問だった。
「わかりません。わかりませんけど、殺しちゃいけないとは、思ってます」
それでも僕は殺してしまうのだろう。
人間としての異常がある分、それが可能になってしまっているから。だから、だからこそ僕にとって、恋歌さんの存在はとてつもなくありがたい。彼女といれば、僕は普通の人間のようにすごすことができるのだから。
「さて、そろそろ帰りましょうか。もちろん、タクシーでね」
「ホテルはおあずけですか?」
「おあずけです。その代わり、家に帰ったらたんまり吸わせてもらうから」
ぺろりと舌を出して、犬歯をのぞかせながら、恋歌さんは茶目っ気たっぷりの表情でこちらを向いた。
今回の功績に、吸血というご褒美が必要なのは、恋歌さんの方だったらしい。
「そういえば、工藤ってホモ? なんですよね?」
喫茶店の会計を社長の万札ですませて、タクシー乗り場へと向かいながら、ふと思い出したことを呟いた。
「そうよ。だから、そうね、今回のあれやこれやは、男三人の三角関係のもつれってわけね。当然、彼らの取り合っていた『相手』というのも、むさっ苦しい筋肉隆々の男だったから」
「いやな、いやすぎるトライアングルですね」
恋の形は人それぞれ。
でも僕は、
「なに、私の顔になんかついてる?」
「いえなにも、早く事務所に帰りましょう。日付が変わる前に」
恋歌さんのように、美人な年上のお姉さんのために、殺すほうがまだ納得できそうだと、ウキウキと首筋の絆創膏の下にある噛み痕をうずかせながら、思うのだった。
そんなわけで、三歌目も終了。
いやー、なんというか、長かった。ふと描写を増やそうと思うと、あれもこれも説明不足な気がして文章を増量してしまう今日この頃です。
この三歌目、で一区切り、起承転結でいうなら、起承まで終わったというところです。
基本的には各話で独立して楽しめるような連載なんですが、色々と伏線回収しつつ、収束していけたらなと思ってます。
次は承~転への変化、四歌目です。最終的には今までの三話とは少し違った話になる予定。
そういえば、空想科学祭に参加致します。
詳しくはブログ(http://mitukou.exblog.jp/)の記事にでもあげたいと思いますので(記事はこの小説投稿後に書き始めますが……)そちらもご覧いただければと思います。
それでは、宜しければ今後共付き合ってやってください。読了ありがとうございました。