三歌(10)
一番近い国際空港に着く頃には、すっかりと日が傾いていた。これでも移動時間はかなり短縮されたほうだ。社長の運転技術と車の性能によって……。やっぱ普通自動車ってすごいんだな、なんて車に詳しくない僕ですら思ってしまった。
「それじゃあ、行ってくるぜ」
うっすらとだけ残る夕日をバックに、さわやかな笑顔でこちらを向く工藤は、ムカツクほどに様になっている。これがホモで変態だというのだから、もったいない話だ。
「元気で暮らしてくださいねー。色々大変だとは思いますが」
「ありがとうな。男と結婚できる国でやり直すつもりだから、よかったらいつでも俺の所に嫁ぎにきてくれ」
「やっぱり死んでください、お願いします」
最後まで、おちゃらけた人だった。
「恋歌さん。社長さん。お世話になりました。もうちょっとまお世話かけますが、宜しくお願いします」
「あらあら、わたしたちは恋する乙女の味方なのだわ。気にすることないわよ」
「私は……十二分にお金がもらえたので、問題ありません」
恋歌さんと社長にとって、『恋する乙女』の定義には大変開きがあるようだった。
「じゃあな、世話になった! きちんと、決着もつけてさせてもらったし、安心して第二の人生が歩めそうだぜ……」
「工藤! 精々足掻いて、もがいて、苦しみ続けるのだわ。生きていれば、どうにだってなるのだから」
そんな、社長の言葉に送り出されて、工藤が搭乗ゲートと歩き出した。キザったらしく、額に指をあてカッコをつけていたのを伸ばして、挨拶を返してくる。
最後まで一貫して、楽しいふざけた男を演じ続けてくれたのは、僕にとってはとてもありがたかった。
「やっぱり、あれって演技なんですか?」
ゲートから離れながら、こっそりと恋歌さんに話しかけた。
「さぁ、どうだかね。少なくとも工藤本人があの手の性格だったことだけは確かだよ。人を殺した後まで、そうだったかどうかはわからないけど」
工藤と何やら因縁がありそうだった、男の言葉が脳裏をよぎる。『あいつのことは殺したのにな』と……。仕事で殺しをやっていた工藤にとっては、人を殺すのは日常だ。咎められることはない。
ただ、もしも、私情で『殺し』をやってしまったのだとしたら……。
「さてさて、二人は喫茶店にでもよってゆっくりしていくのだわ。なんなら近くのホテルに泊まってもいいわよ。お金はお姉さんに任せるのだわ」
社長は豪快に笑いながら、お洒落ながま口財布から万札を三枚ほど取り出し、ヒラヒラさせ、こちらに押し付けてきた。言っちゃ悪いが、どことなく、田舎のおばあちゃんを連想させる姿だった。
「お駄賃よ。わたしは忙しいから、もう行くのだわ。工藤の後始末、クロネコさんにお願いしといてね。これ、資料」
嫌な名前があがった。
渡された資料はずっしりと重い。おそらく、ネットやらデータベースに残った工藤の痕跡の消去を、黒猫さんに依頼しに行くというお使いだろう。
それ以外にも、新しい国籍や身元の調達やら、工藤の資産の移動やら、色々あるだろうが、社長がすでに手を回しているのだろう。ほんとに、仕事の早い人だ。
「それと、あなたたちも、チマチマとやってるのだわね。噂は聞いているわよ。異能というのも、大変なのだわね」
まるで人事のように言いながら、社長は愛おしそうに、手のかかる子供を見るように、こちらを向いて嘆息した。そういうあの人だって、聞くところによると、『言霊』なんてのを使うプロらしいのに。
『力』に振り回されている側と、『力』を振り回している側の違いを見せつけられたようで、なんだか自分が情けない。しょせん僕の『異能』なんてのは、たしかに病気のようなものでしかないのだろう。
「恋歌、有理君。二人とも達者でね」
お小遣いを渡され、ポツンと立ちすくむ僕たちを置いて社長がスタスタと去っていく。
「それと、有理君。手加減以外ができるように、リハビリしといた方がいいのだわ。これからも、恋歌の隣にいるつもりなら、トラウマなんて消し飛ばしてしまいなさい。死なない程度に、死なないために」
そして、去り際に、耳元でそっとそんなことを言われてしまった。
何もかもお見通し、ということらしい。
「有理君。どうしよっか?」
恋歌さんが万札をひらひらさせながら、困った表情でこちらを覗き込む。
「そうですね。ホテルも……悪くないと思いますよ?」
そんなことを言ってやった。
今日は本当に疲れた、今から事務所に帰るのだって大変だろうし、ホテルに泊まるのだって選択の一つだ。あ、そういえば、僕の原付や恋歌さんの車も社長の事務所の地下に置きっぱなしだ。たぶん、手を回してはくれているだろうけど。恋歌さんの車……治るといいけど。
「ゆ、有理君? ほ、ホテルに誘うって、え、ええ?」
隣で目をぱちくりさせている恋歌さんは、耳まで真っ赤になりながら、混乱しているようだ。
相変わらず、変なところでうぶな人だった。普段なら、これぐらいで許してあげるべきなんだろうけど、今日の僕は疲れているし、頑張ったからご褒美だってほしい気分だ。
「さ、行きましょう! 恋歌さん」
「え、えええええええええええ?」
きちんとした行き先は、まだ言わないでおいた。
後ろには、照れた顔を隠すように、下を向く恋歌さん。
慌てふためく恋歌さんの手を引っ張って、歩き出す。
とりあえず、さっきちらっと見えた、美味しそうなパフェが出る喫茶店を目指して……。
なんとか三歌(10)にて、終わりました。
エピローグの、三歌(喫茶店)にて、完全終了。次話の四歌に入ります。詳しいあとがきは土日にするとして、とりあえず、いただいたコメントへの返信を……。
07/24 16:50 こういうの大好き!
>私も大好きです!(笑) 好きな設定、好きなキャラで小説が書けるのはやはり楽しいですね。趣味丸出しですが、そんな趣味で、皆さんに楽しんでいただけるのが一番の喜びです。
今後とも、web拍手でコメントなどいただいた際には、返信していきたいと思っています。コメント、感想、文句、批評などはメールでもかまいません→アドレスはブログへ(http://mitukou.exblog.jp/)
返信不要の場合、コメント引用に問題ある場合は、一言連絡いただければ対処いたします。
なんやかんや言っとりますが、どうぞ皆様気軽に言葉をぶつけてやってください。必死に捕球しますのでw
それではまた次回、お会いしましょう。