一歌(2)
「すっごいわね。あるところにはあるもんだわ。こんなお屋敷ってさ」
「なんだか恋歌さんと来る場所はなんちゃらサスペンス劇場の舞台みたいな所が多い気がします」
軽自動車のくせにやたら速い車で20分ほど走った先、僕たちが訪れたのはバカでかいお屋敷だった。
洋風のたたずまいのまま、横にも縦にも長いお屋敷がただっぴろい庭園の中にぽつりと存在している。恋歌さんの家も風流な日本家屋でそこそこ良いお金がかかってるはずだが、この場所はきっとそれ以上だろう。
お金の使い方が真逆というか、ココは派手な方向に走ってしまったようだけれど、僕としては少し寂れたぐらいの日本的な屋敷の方がワビサビがあってよいと思う。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。わたくし井上と申します」
バカでかい洋館に圧倒されていると駐車場までお手伝いさんが出迎えにやってきていた。名前を尋ねられることもなく本人確認が完了したのか、執事服に身を包んだ初老の男性が頭をさげ玄関までの案内を開始する。
「有理君。すごいわね、執事よ、執事」
「ついついセバスチャンと呼びたくなりますね」
「真顔でボケるのは止めてくれない? とてもシュールだわ」
僕としてはくすりと笑えるナイスジョークを繰り出したつもりだったが、どうやら無表情すぎたらしい。
「私もメイドさんでも雇おうかしら。好条件だせばひっかかりそうなものだけど」
「僕なら応募しませんね。もしくは一週間で辞める自信があります」
「いえ、ひっかかるわね。有理君はいつまでも私と一緒にいたいみたいだから」
「それはそうですね。僕はモノ好きなので、メイド服を着せられないかぎりは付き合いますよ」
さりげなくメイド服に対する予防線をはっておいた。
例えばこの屋敷でメイドやら執事に感動した恋歌さんが家に帰ってから僕にそれを求めるなんていうのは、ありがちな展開だった。
「それではどうぞ、お待ちしておりました。恋歌様に、有理様」
「どうもありがとう」
「すいません、おじゃまします」
玄関から館の中に足を踏み入れる。
ベタな螺旋階段なんかが存在していた。そして、床に敷き詰められたジュータンは一目で高級なものだと判別できる。
ところで、僕たちのことは名前でしか呼ばれなかったが……なるほど、この業界ではそんな感じで通じてしまう所まできてしまったらしい。
「すっごいわね。こういう派手なのって一度は体験してみたいっていうのが乙女心ってところかしら、お姫様みたいなベットとかさ」
本名かまではわからないが、恋を歌うなんて乙女チックな名前をした成人女性がうっとりとした風に呟いていた。
「なに? 私みたいなおばさんがこんなこといってちゃダメかしら?」
「いえいえ、恋歌さんはまだまだお若いですよ」
恋歌さんはタチの悪いことに地獄耳かつ読心術の達人だったりする。ポーカーフェイスな僕の心が読めるのだからきっとそういうことなんだろう。
「この部屋にて旦那様がお待ちです」
廊下をしばらく進み、大きな部屋の前につくと、執事さんが優雅に扉を引いた。
ゆっくりと室内に足を踏み入れると、優しそうな顔をした中年男性がこちらを向いた。
「これはこれはようこそいらっしゃいました。わたくし、この屋敷の主人の宮城家永と申します」
「こちらこそおじゃまさせていただきます」
宮城さんと恋歌さんが大人の対応で挨拶を交わす横で、僕も子供ながらに頭を下げながらちらりと室内を眺め回した。
思ったよりも家具やデザインはシンプルで、綺羅びやかに装飾された屋敷の中にしては少々地味なぐらいの装飾だった。
「はっは、少々地味ですかな。他の部屋と違いここは私の趣味よりな装飾なもので」
「いえ、そんな……。僕もこういう部屋の方が落ち着きます」
ついつい室内の装飾にたいする感想が顔に出てしまったのか、宮城さんにフォローされてしまった。
成金というイメージを持っていたがどうやらこの館の主人さんは中々に常識的な感性をお持ちのようだ。
「すいませんうちの子が……。って、別に実の子供とかそういうことではないんですよ。断じて、ただの助手みたいなものですから」
妙におばさん臭い反応に自分自身ショックだったのか、恋歌さんは自分で自分をフォローしていた。
大人にも色々な人間がいるのだった。
「思っていたよりも普通の人で安心しました。これなら家の娘をおまかせできます」
宮城さんは優しげに微笑ながらも、どこか影のある表情で椅子から立ち上がった。
「それではご案内します。娘のところまで……」