三歌(9)
社長、恋歌さん。
この二人の趣味趣向というのは、似ている。要するに彼女たちがもっとも楽しいと思うこと。それは人の中身を丸裸にして、手助けしたり、きっかけを与えてやったり、分析してみたりする、正義のヒーロー? みたいなことなのだ。
そのやり方や手口はあまり趣味の良いものとは言えそうもないけど。
「よっ、お疲れさん。皆無事だったみたいだな」
階段を降りたどり着いた地下駐車場の奥、『組織』とやらが置いて行ったワゴン車にもたれかかりながら、工藤がタバコをふかしていた。
「一番大変だったのはあなただったでしょうに。目的わ達成できたかしら」
「あんたの差し金だろ……。ったく、ケッタイな舞台を揃えてくれたもんだ」
工藤が顎で指す先には、乗り込んできた組織の連中が簀巻きにされ、まとめられていた。けれど、僕の記憶が確かなら、一人足りない。
最後に僕が見た、工藤と一対一で戦っていた中年の男の姿がなかった。
「工藤さん。あの人は?」
「あいつか……。ったくあいつめ、空気中の酸素をいじれる能力だったか? 俺の炎がまるで効かないでやんの」
「いやいや、戦いの結果は工藤さんが無事なのを見れば勝ったってわかるけど、そうじゃなくて」
「タイマンだったよ。男と男同士のな」
それだけ言うと、工藤は再びタバコに集中し始めた。先端の赤い熱に心奪われたように、ゆっくりと確認しながら、そこだけを見つめ続ける。
「そう、ですか」
ここは素直に引き下がっておくことにした。
工藤の能力だ。もしかすると、灰になるまで相手を燃やすこともできるのかもしれない。それに、卑怯な方法を使えば、後日恋歌さんにでも訊けば事の詳細はわかる。
でもまあ、こんな変態でおちゃらけた奴にも、知られたくないことぐらいは、あるのだろう。
「それじゃあさっさと行くのだわ。せっかく追手を一時的に撃退したのだから、逃げるなら今、なのよ」
さあ行こう。僕たちは何も戦いたくて、戦ったわけではない。
困っている人がいたから、その人を助けるために、戦ったのだ。なら、ここで焦燥感に身を任せている暇はない。
「そういえば、恋歌さんの姿が……」
駐車場出口付近のワゴン車から、振り向いて恋歌さんを探す。
「私の、私の車が……」
恋歌さんは愛車の変わり果てた姿に絶望し、涙目になりながらボンネットに頬ずりをしていた。そのボンネットには痛々しい無数の銃痕が残っている。
「うぇええええええん、私の、私の可愛いカプチーノが」
「れ、恋歌さん。きっと、治りますよ、これぐらい。たぶん、きっと、絶対」
思わず飛び出した変な日本語で、恋歌さんを慰める。言えない、言えやしない。交戦中、仕方なくこの車盾にしてましたなんて、とてもとても。
にしても、子供のように悲しみ、涙目になる恋歌さんは予想以上に、可愛かった。正直、恋歌さんには悪いが、もうしばらく眺めていたい欲望にかられる。
「ほらほら、そこの二人、さっさと行くのだわ。恋歌もいつまでもそんな軽自動車のことで悲しんでないで、わたしの愛車に乗るのだわよ」
「おいおい、今度はFCかよ……」
工藤はなにやら、ロータリーがどうのこうのと言いながら、助手席に乗り込んでいた。
駐車場の奥のほうにでもしまわれていたのか、完璧に無傷な白色の社長の車。恋歌さんの軽自動車と比べると、随分大きく、ずっしりとした安心感があった。
「恋歌もロータリーにしなさい。良い機会だし」
「なんで社長の車は無事なんですかぁー。どうしてですかぁ?」
伊達メガネを外し、とうとう泣き出しそうな恋歌さんに寄り添い、背中をさすりながら、社長の車へと向かう。
よほどショックだったのだろう。ごめんなさい、恋歌さん。
「さて、空港までフルスピードだわ。そこいらに転がってる侵入者の後始末わ安心して、すでに手わ回しておいたのだわ」
僕らが後部座席に座ると、早速社長はアクセルを踏み、急発進。
恋歌さんよりも乱暴そうな運転に、僕はシートベルトをしっかりと装着するのだった。
予想以上に長くなった今回の話。もうちょっとだけ続きます。
社長は思いつきで口調設定を加えましたが、良く味が出て、動かしやすいです。
ではでは、何か御座いましたら、お気軽にweb拍手やらで私のやる気支援、または技術向上のためにフルボッコにしてやってください。読了ありがとうございました。