三歌(7)
敵が銃を持っているというのは、ある意味想定内だった。けれど、予想できていたからって対処できるわけじゃない。
「激しい銃撃戦っぽいのが始まってしまったんですが……」
「あらあら、頑張らないといけないわね」
なのに、社長は余裕綽々な風に高見の見物という感じだ。
車が地下駐車場に乗り入れてきてからの行動はさすがはプロ。車を盾に、入り口を塞ぎつつ、実行部隊が攻めてきた。
「有理くーん。こっちも援護してくれよ。さすがにこの数はきつい」
黒塗りのワゴン車で現れた屈強な男が6人。銃を主体とした兵装、隊列での攻撃。
当然僕たちは防戦一方なわけで……。僕は囮役として入り口付近で戦っている工藤に近づくため、恋歌さんお気に入りの藍色スポーツカーを盾にするはめになっていた。
「っく、銃なんて生っちょろいもん使ってんじゃねぇよ!」
工藤が叫ぶと、空中に赤い炎が輝き始める。高熱が帯のように広がって、銃弾を防ぎきっているようだ。
「ベタな能力なんですね、工藤さんのって」
「うるさい、俺は熱い男なんだよ」
工藤はおちゃらけた雰囲気が消え、言葉使いも乱暴になっている。
「有理くーん、私の見たところ、敵は能力者が3人。残りが対能力者装備のプロってところね。工藤みたいな能力頼みの奴らじゃなくて、全員ちゃんと訓練を積んだプロみたい。物量と火力で制圧するつもりだったんでしょうね」
「思ったより、異能者は少ないみたいで」
「その方が、チームとしては優秀なんでしょ。所詮は異能なんてのは、異常だからこその、副産物だから」
そういう相手の方がやっかいだった。
異能バトルなんて、馬鹿馬鹿しいものを始めるつもりはないけれど、所詮戦闘力皆無の僕は、正攻法で勝てるわけがない。必然的に奇襲やら能力の隙をつくなり、一方的に攻撃できるチャンスが必要だった。
「私は念のため一階事務所側に移動するね。別働隊がいるみたいでさ」
「れ、恋歌さん? 気をつけてくださいよ……」
車の陰から一歩足を踏み出し、前へ出る。恋歌さんも心配だが、今は目の前の敵を倒しきるのが先決だ。
「あらあら、ごめんないね。別働隊がビル側に回ってるとは、わたしなりに誘導したつもりだったのだけど、十分じゃなかったみたい」
「いざって時は頼みましたよ」
社長からの着信に、そんな言葉を返す。
少なくとも命だけは、命ぐらいは守ってほしいものだ。
「喋ってる暇も、ないか」
舌を噛む、ってほど素早い動きをするつもりはない。だけど、避けなければ銃弾の餌食になってしまう。出来ないことは出来ない、けれど、やらなければ死んでしまう。
そういう危機感が大切だ。そういう危機感が、僕の奥底の何かを覚醒させてくれる。銃弾が顔の傍を通って行くのが見えた。意識は結果へ、そして自分が行動するべき事だけを頭の中で一杯にさせる。避けなればならない、移動しなければならない、近づかなければならない。
相手は二人。工藤に一番近い位置にいる奴らだ。
「失礼、なんとか間に合ったようです」
工藤が炎で牽制していた、映画に出てくるアメリカの特殊部隊みたいな男たちから、物騒なごちゃごちゃした銃を奪ってやった。
突然現れた僕に面食らっているのか、敵の反応が一瞬止まる。そこを見逃さないのは、さすが殺し屋ってところか。
「こいつら、俺のこと知ってるからって、炎の対策しやがって……。こんな攻撃しなきゃならんとは、めんどくさい」
工藤の綺麗な回し蹴りが、巨体を浮かせる。
回転の遠心力をそのままに、殺傷力の高そうな拳が連続で、もう一人の男に叩き込まれた。二つの巨体が地面に転がる。銃撃戦の形を一瞬無くし、一対一の奇襲が通じる状況をつくればこんなものだろう。
「では僕はこのあたりで」
工藤の近くにあった、株式会社うんたらとボディに書かれた軽自動車に隠れる。そして敵に利用されないよう遠くへと銃を放り投げた。遠距離攻撃のほとんど効かない工藤がいるおかげで、なんとかやっていけるが……。
さすがに銃撃戦のど真ん中に突っ込むというのは、肝が冷える。
「有理くん。今のどうやった?」
「ちょっとした手品みたいなものですよ。集団戦闘だと、あれぐらいしかできませんが」
「十分、十分、おかげで敵さん随分こちらを警戒してくれたみたいだし」
車の陰から覗き込むと、勢いにノッた工藤はいつの間にかさらに二人をのして、もう一人を追い詰めているところだった。
「うわ、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「銃弾曲げるとは、器用なもんだ。屈折? 反射? 念動力系か? 俺の能力知ってるだろうに、もっとましな使い方しろよな、せっかくの能力なんだから」
僕には目視できなかったが、工藤の周りに展開された炎の壁の四方八方からじゅーっと、金属の焦げた煙があがっていた。
どうやら、僕の出番はないようだ。ちょと残念だけど、仕方がない。能力者がいても関係なし、工藤は相手の銃を熱でひしゃげると、ハイキックを頭に叩き込み、そのまま敵は地面に急降下。
「工藤さん、強かったんですね」
「まあ俺は殺し屋だからさ。銃撃戦は得意じゃないけど、殺し合いは得意だぜ。蹴りや殴りも、能力の使い方次第で威力ぐらいはアップできるしな」
むこうだってプロだろうに……。所謂パイロキネシス能力があるといっても、相手を圧倒できるのは、工藤自身の戦闘能力も十分高いからだろう。
応用、転用、異能というのは奥が深い。使い手次第で、どんな形にも、どんな事にも利用出来る。
「さって、後一人……だな。つっても、こうなるのを待ってたんだろ、なぁ!」
ついには後一人。通話越しではない、直接地下に響くほどに声を荒らげて工藤が叫んでいた。
相手が弱すぎる、とは僕も思っていた。社長の手回しがあったとしても、これほどすんなり行くのには違和感があった。
「工藤、よくもうちの部下をこんなにもやってくれたな」
「手抜きしてたのはあんただろう? それに、殺しちゃいねぇよ」
「ふん、『あいつ』のことは殺したのになぁ!」
最後に残った男は、装備していたヘルメットを脱ぎ捨て、白髪頭をさらけ出した。悲しみや怒りや感情がグチャ混ぜになったような奇妙な表情をした、中年の男。白髪頭ややつれた表情も相まって、随分老けたようにも見えるが、姿勢や雰囲気はまだまだ若々しく、戦士として現役だと教えてくれた。
「銃はいらん。どうせ、効かんしな。お前は直接俺の手で殺す……というのが、この気持を晴らす方法かもしれん」
「あんたの能力は、聞いたことなかったな。なんでも眠るように静かに人を殺すのが得意らしいが」
「お前なんぞを楽に殺してやるほど、お人好しではない」
銃を投げ捨て、ボクサーのような構えで、工藤に対する中年の男。工藤のようなひょろひょろの身体ではなく、ガッチリとした鍛えこまれた姿からは、強敵の雰囲気がある。
「始まった、わね」
「社長ですか……、これ知ってたんですか?」
「依頼人の抱える『問題』を解決する。恋歌風にいうのなら、研究調査する。っていうのがわたしたちの生業なのだわよ」
社長が電話越しに、くすりと笑う。
どうやらこの戦いの舞台は仕組まれたものらしかった。僕は彼らの再開をお膳立てしてしまったらしい。
「そんなことより、ドアの前の音を聞く限り、恋歌が苦戦してるみたいだわよ。フォローに行ったほうが良いかもしれないわね」
「それを早く言ってください!」
車の陰から走りだす。タイミング良く、敵さんは銃を手放し、工藤と昔ながらのタイマンっぽいのをはっていた。
恋歌さんがいる一階事務所前の廊下へ向かいながら、二人の男を横目で見る。工藤が炎も出さずに、苦しげな表情で蹴りを繰り出しているのが確認できた。
その姿はどこか、死に急いでいるようにも見えたのは……僕の気のせいだということに、しておいた。
戦闘シーン? って描写が大変ですね。意味不明な言葉を書いていないか、心配ですw おかげさまでめずらしく一話が3千文字近くに……。
そろそろ三歌も終わりが近づいてまいりました。