三歌(6)
「こちら有理です。どうぞー」
「はい、大丈夫ですわよ。有理君」
耳に装着されたヘッドセット。ハンズフリーで会話ができるように装備されたものだ。本職の仕事の人が付けているような、本格的なものではない。携帯電話に繋いだだけの簡易的な通信手段。
場所は先程の地下駐車場、無造作に止められた大型車の影。折角上がったオフィスは早々に追い出されて、階段の下に逆戻りした形だ。
「なんといいますか、毎回ながら社長様の手腕にはびっくりさせられっぱなしです」
「それわそれわ、毎回ごめんなさいね。でも、これわ期待の裏返しなのだわよ」
奇妙なイントネーションが、耳によく馴染む。なんだかんだで、この人は恋歌さんに似ている部分も多くあって、嫌いなタイプではない。
単に、出会うたびに、酷い目に会わされるのと、威圧感というか王者の貫禄みたいなのが強すぎるのが、小市民な僕には辛いだけだ。
「相手は殺し屋の組織。わたしの方から情報をリークすれば、あなたたちを追わせるなんていうのわ、朝飯前なのだわね」
「それを僕らみたいな素人だけで返り討ちにしようってんだから、恐れ入ります」
「まあいざって時わ、命ぐらいわ助けてあげるわよ」
もっとも恋歌さんだけでなく、社長が出張ってきている時点で、僕らに負けはない。こうやって社長がブレイン役をやっているのは、僕らの力を試しているだけなのだろう。
「恋歌さーん、大丈夫ですか?」
「大丈夫もなにも、今回の私はフォロー要員だからね、有理君こそ大丈夫? 久しぶりじゃないの、こんな実戦って」
一旦社長との通話をきり、恋歌さんへと繋ぐ。
「なんとか頑張ってみます。自信、ないですけど」
掌を開き、ゆっくりとぐーとぱーを繰り返す。
感覚は悪くない、だけど握力やら腕力はいつも通り、絶望的に足りてはいなかった。
「まあ工藤も頑張ってくれるみたいだし、最悪あいつになすりつければいいんじゃない?」
仮にも依頼主だというのに、ひどい扱いだった。
「おーい、有理君。聞こえるか?」
「なんですか気持ち悪い」
そんな僕たちの会話に割り込む形で、工藤から通話が入った。仕方なく恋歌さんとの会話を中断して、工藤の相手をする。
「おいおい、いくら俺がゲイだからって、その反応は傷つくじゃないか」
「いえ、ゲイとか関係なく、工藤さんはそこはかとなく気持ち悪いですから」
第一印象からして、そんなのだからタチが悪い。イケメンなのに、これほど人に嫌悪感を抱かせる容姿や雰囲気というのはどうなんだろう。
「わかってないねー。そうやって嫌がる相手を籠絡していくのが楽しいんじゃないか」
ほんとに、どうしようもない人だった。
「まあ冗談はこのぐらいにして、どうやら戦闘要員? っぽいのは俺と君だけみたいだから、軽い打ち合わせを、と思ってな」
「社長から必要最低限の説明しかされなかったですからね」
すぐに追手が来るから準備しろと、今の配置に付かされるまでに5分もかからなかった。まあ、社長の作戦だから、僕らが普段どおりに動けば成功は容易いのだろう。
「有理君はどうなの? だいぶ強かったりするわけ?」
「戦闘力は成人男性より遥かに劣ります。能力、というのが使えれば……まあ大概のことはなんとかなる思いますよ」
「使えれば、ってことは不安定だったりするのか?」
「普段は封印されている、と思ってください」
恋歌さんのおかげで僕は普段、一般人として生活できている。けれど、今回は荒事になりそうだからと、吸血タイムはなし。
もっとも吸血行動を封じられて、一番辛いのは恋歌さんのはずだけど、……なんとなく寂しく思ってる僕は随分と調教されてしまったらしい。
「さて、楽しい楽しいお話の時間はここまでみたいだな。ま、俺にまかせろ。良い男の前では張り切らないわけにはいかないからな」
「気持ち悪いですが、戦力としては期待させていただきますね」
さて、と気分を切り替える。
駐車場に入ってくる車の音が、工藤の携帯越しに聞こえてきた。ドキドキと高鳴る胸を抑え、気持ちを落ちつかせる。
というのが、リラックスする方法だと思ったのだけど……。
どうもそうはいかないらしい。
僕は、というより人間というのは、異能の力なんてのを振るうのが、楽しくて、嬉しくて、待ち遠しくて、しょうがないらしかった。