三歌(3)
「さて、今回ばかりはさすがに社長に連絡つけないといけないかしら」
恋歌さんは自称雇われ社員だった。僕はその社長さんを見たことはないが、形式上僕の上司にもあたる、この場所で一番偉い人。
といっても、なにやら世界中を飛び回ってるような忙しい人みたいなので、僕たちの仕事に関わってくることは今までほとんどなかった。
「しかも、都合よく今、一時的に日本に滞在してるのよねー、これが」
工藤の依頼内容を聞き終え、束の間の小休憩。
お客さんである工藤は応接室のソファに残して、僕らは生活スペースの方でまったりしていた。あんなチャラい男は適当に扱っていて良いだろう。依頼人だけど。
「今回の依頼って相当やばいんですか?」
「……まあある意味最強の有理君がいるから、大丈夫っちゃ大丈夫だけど。もしかすると荒事になるかもね」
それは勘弁願いたい。
「オカルト分野に精通した戦闘組織だもんねー。しかもそこから逃げようだなんて、命がいくらあっても足りそうもないわ」
「異能力、ですか」
「そんなもの、戦闘利用して何になるっていうのかしら。ほんとにクソ喰らえってところね」
超常現象的変化の、戦闘利用。そんなのは恋歌さんの、僕らの考え方とは真逆の思想だった。超常現象なんてのは、ただの人間が、ただの悩みで発現する病気のようなもので、それはごくごく普通の誰にでも起こる事象なのだ。
決して僕らは特別ではない。
特別だと思って、力を振るってはいけない。
ましてや、人を殺すなんていうのは……。
否定はできない、生きるために強いられる人もいるし、異能なんてハンデを背負わされれば、日常世界で生きて行くのは辛くなる。誰もかれもが、僕や霞美さんのような恵まれた人間ではないのだ。
この先、工藤のように割り切った利用されているだけの人間ならまだいいが、エゴむき出しの人間に出会った時、僕はどこまで耐えれるだろうか。
「ダイジョブ、ダイジョブ。有理くんはそんなのじゃないから」
恋歌さんが優しく頭を撫でてくれる。
それだけで、沈んだ気持ちが軽くなる。
「いざって時は守らせてもらいますよ、恋歌さん」
「頼りにしてるわよ。有理君!」
ぽんっと額に軽いデコピンを飛ばされた。
恋歌さんも単体で十分強いから、僕が守らなくても大丈夫だろうけど。そこはまあ、男の意地というやつだ。吸血鬼特有の弱点も恋歌さんには有ることだし……。
「あー暑い、暑い。毎日こう暑いとやる気も出ないわよね。太陽が憎らしい」
窓から入り込む太陽の光に、目を細める自称吸血鬼。
苦手、ではあるらしい。日焼け止めも欠かせないらしい。
綺麗な色白の肌を守っていただくのは大いに結構だが、吸血鬼としてそれでいいのかとは、たまに言いたくなる。
「危険がある分、たんまりと報酬はいただいちゃいましょう。それでエアコンやら扇風機新調するのもいいわね。ほら、あれほしい。羽のない扇風機」
知的好奇心よりも、守銭奴としての顔が覗く恋歌さんの横顔はちょっぴりいつもより悪そうだった。