三歌(2)
「有理君はもしかしたら凄腕の営業マンかもね。お金になるかはともかくとして」
嫌味というほどではなく、今回ばかりは褒められたようなニュアンスだったのは、偏に依頼主からお金の臭いを感じ取ることができたからだろう。
「いやー、なかなか古風な事務所っすね。その奥にこんな綺麗なお姉さんが鎮座してるとくりゃ、流行らないはずはないですよね」
「どうも、お褒めにあずかり光栄ですわ」
恋歌さんはしれっと流しながら、事務所の応接室的役割を果すソファを置かれた一角で、例の男と対面する。
そんな恋歌さんの隣で僕も一応男が変なことしやしないかと、見守っていたりした。
「で、さっそく本題なのだけど……」
「俺は工藤勇太。まあ殺し屋みたいなことをしていた」
突然の工藤の告白に、恋歌さんは顔色一つ変えずに話を続ける。
「ただの殺し屋ではないみたいだけど? 持ってるのかしら、いわゆる『異能』と呼ばれるのを?」
こんなひょろりとした今時の若者の平均みたいな体型の人が殺し屋というのだから、それはただの殺し屋ではない。
銃器や格闘技や隠密行動で、敵を追い込むのが本物の仕事。僕らみたいな異質な人間は、相手を油断させるほど、世間と同じ殻をかぶれるほど、優秀な殺し屋として行動できる。
なにせ、相手の経験則や戦闘経験は役に立たず、思いもしない攻撃方法で、人を殺せるのが異能というものだから。
「まあ、それはおいおい、な。さすがにあんたらでも俺のトップシークレットは話せないぜ」
「確かにそうでしょうね」
恋歌さんはくすりと笑い、話を続ける。
「ここはなんの組織なんだ? 超常現象研究所、と気持ち程度に立て札がされていた記憶はあるが」
「建前上は調査機関よ。いわゆる中立、私達の元締めもあなたのいたところも多少のつながりはあるでしょうね」
「おうおう、そりゃあ話が早いこって」
工藤は楽しそうに口元を緩めながら、膝を叩いて喜びを表現する。
僕らはあくまで調査機関で、あくまで上に報告するのも調査だけで、結果得られる調査報酬と調査結果で運営されている、ただの便利屋。
なのに、今回は自称殺し屋の相手をしないといけないのだから、難儀なものだ。
「まあ依頼ってのは簡単なことで、俺が元いた組織から匿ってほしいってだけだ。大丈夫、結構汚いこともする組織だから、君らの良心は傷つかないだろうさ。ちなみに、報酬はそれなりに用意できると思う。殺し屋ってのは手取りがいいからな」
それはつまり、この優男も『汚いこと』をしてきたということだった。
けれど、それを許せてしまうような雰囲気が目の前の男にはあった。何故かはわからないが……。
「あ、タバコいいかな」
「どうぞ。有理君に怒られない程度になら」
「おっと、そいつは難しそうだ。残念だが、今はやめとくぜ」
工藤が笑いながら、こちらにウィンクを飛ばしてくる。
最初に抱いた印象通り、こいつは油断ならない変な奴だ。それが表情に出ていたのか、僕は彼を睨みつけていたようだった。