二歌(学食)
「あ、草薙さん。おはよう!」
「ひっ! ごめん。じゃあね」
露骨に女の子に避けられるリアクションというのは、思いの外心に深い傷を刻み付けるものだ。
「えー、なにかした……かな」
ついつい小さく呟き、愚痴をもらしてしまう。
時刻は早朝。午後からのテストに向けて、今日も今日とて学食の窓側の席で、勉強に興じていた。そんな僕に気づいた草薙さんのリアクションが、アレだった。
つい先日、土日の時間をつかってストーカーの心配を解決してあげはずなのに……。好感度はあがっても、なにか彼女に嫌われるようなことをした覚えはない。おかげさまで哲学のテストは乗り越えれたけれど……。
とはいうものの、中間テストはもう少し続く。今週さえ乗り切ればという最後の踏ん張りどころだった。もっとも、夏も本格的になってくると今度は期末テストの心配をしないといけないわけだけど。
ああ、宮城さんの家にいったりしたGW辺りのことが懐かしい。
精神ダメージを一旦忘れ、再び勉強モードに入る。
「さて、さっさと中国語のお勉強に……」
「やっほー、有理君。勉強進んでる?」
「れ、恋歌さん!?」
学食に突然現れた意外な人物。
あきらかに、学生の集団に馴染まない雰囲気をまとった大人な女性は、健全な男子生徒たちの視線を集めていた。夏っぽいキャミソールやひざ丈のジーンズは大学生っぽいラフさだったけれど、それだけでは恋歌さんのもつ大人っぽさは隠し切れなかったようだ。
「どどどどど、どうしているんですか?」
「いや、なんか大変みたいだから、応援しにきただけだけど」
シレッと言いながら、恋歌さんは当たり前のように、僕の横の席に腰掛ける。寂れた、油臭い学食に不釣合いな光景だった。
「……疲れで昨日の夜から爆睡してたじゃないですか」
「いや、なんか目覚めがよくてねー。はっはっはっは」
草薙さんの事件の件で疲れが溜まっていた恋歌さんは、昨日は小学生みたいな時間に就寝して、僕が大学に出掛ける時も、布団を抱きしめて眠りこけていたのだった。
「もういいですよー。そういえば、さっき草薙さんに会いましたよ。露骨に避けられました……。ひどいと思いません?」
「はっはーん。にやにや」
恋歌さんはそんな僕の愚痴を聞くと、抑えきれないみたいにニヤニヤと頬を緩め始めた。
「まあ、そのね。彼女の身に何かあってからだと遅いから、実は報告書の後ろのほうにこそっとね、注意書きというか蛇足の説明というか、例の同性カップルの片割れが交通事故で亡くなったって話を付け加えてて……」
「なるほど、気づいて、しまったと。窓際にご注意なんて、忠告までしてましたもんね」
「まあ一般的にいって、害はないとはいえ、あんな場所さっさと引っ越すにかぎるでしょうね。ふっふ、愛し合うカップルの思い出の部屋に、他の女が居座るのも変な話しだし」
死んだ後の人、幽霊のような存在の肩をもつ恋歌さん。
やっぱりこの人は根本的にロマンチストなようだ。
「でも幽霊ってたって、モノを少し動かしたりなんて物理干渉しかできないんですよね。あのレベルだと……精々、アパート入り口の郵便受けに入ってた郵便物を、自室に持ち帰るぐらいしか」
「それでも十分にすごいのだけれどね。やはり習慣化していた行動というのは、物理現象化しやすいみたいね。おかげでお上の方に良い報告書が提出できそうだわ」
「にしたって、そんなの気のせいレベルですよね。よく気づきましたね、ストーカーがいるかもしれないなんて」
どうしても、その理由がわからない。
おそらく、草薙さんの身の回りで起こったのは、郵便物が移動していたとか、部屋の物が勝手に整理されていたとかその程度のはずで、そこからストーカーに結びつけるなんて、いささか自意識過剰だと思えてしまう。
「有理君はわかってないねー」
「なにがですか?」
こういう時の恋歌さんは大体僕をいじめてくる。
曰く、お姉さんとしてのサガがそうさせるだの、そんなナリをしている僕が悪いだとか、めちゃくちゃな理屈だ。
「女の子はそういう意味では、見えないもの、聞こえないものを感じてしまうことが多いとも言えるわね」
「それは要するに、霊感が強いということですか?」
「うーん、恋する乙女は、好きな人に心配してほしい……なんて。恋する乙女はみな、悲劇のヒロインなのかもねー。ま、今回のはドンピシャ、事前に手を打ててよかった、よかった。二つの意味で」
恋歌さんは意味深なことを言うと、一人で満足したように、さてっと切り替え、ずいっとこちらに寄って僕のテキストを覗き込んできた。
「あー、中国語ね。昔ちょっと話したことあるわ、これぐらいなら教えてあげれるかな」
「是非、お願い申し上げます」
「いいけど、交換条件。また今度、私のお願いなんでも聞いてもらうから」
ニカッと、気持ち良い笑顔をした、恋歌さんの個人レッスンが始まる。
その『お願い』とやらの重さというか、なんかとんでもないこと頼まれそうだなー、なんて危機感もあったけれど、どうせ僕は二つ返事しかできない。それが好きな人からのお願いとあれば、尚更だった。
ええ、これにて二歌目、終了でございます。
今回はオカルト(心霊)現象が主なようにみえて、結局は恋愛がらみだともいえるお話。
私は言葉を濁したがる典型的な日本人なため、抽象的な部分は察していただければ幸いです。
恋歌さんが妙にやる気だった理由とか、草薙さんが有理君に依頼した理由とか、とか……。まあ有理君はただの唐変木なわけですが(笑)
次回、三歌目はオカルト(超能力)編です。有理君やら恋歌さんの変な体質をちょろっと説明していけるかと思います。多分、バトルもあるよ(笑)
では今回はこの辺りで、ではでは、また次回。
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