二歌(8)
「こんにちは、草薙さん」
「ど、どうも……」
引きつった顔で僕らの招き入れる草薙さん。
そんな彼女なんかお構いなく、音符マークがつきそうな満面の笑顔でズカズカと上がりこむ恋歌さん。
二人の両極端な反応に、僕まで表情が引きつってくる。
「すいませんね、朝から。お昼ごはんの時間までには帰りますので」
「は、はぁ……」
「急にごめんね、ほんとに。でも、草薙さんの身に何かあってからだと遅いしさ」
「うん、有理くん! ありがとうね、心配してくれて」
草薙さんは元気を取り戻したようで、昨日と同じようにリビングまで僕らを案内した。
「で、どうでしたか?」
座布団の上に腰掛けると、いかにも心細い表情で草薙さんが切り出す。ストーカーがいるかもしれない、というのは女の子にとってかなりのストレスなんだろう。
「依頼の方、ストーカーの有無の確認でしたので、結果から申しますと……そういった人はいませんでしたね」
恋歌さんがキリっとした表情で仕事モードに入る。
けれど、僕は見てしまった。一瞬、草薙さんの方を見て、ニンマリと意地悪な笑みを浮かべた恋歌さんの姿を……。あれは意地悪をしている時の顔だった。
「ええー、こちら調査内容の報告書でございます」
恋歌さんは、胸ポケットにかけてあった伊達メガネをかけると、封筒に入れられていた10枚程度のA4用紙を取り出した。
「恐らく、草薙さんが経験された不思議現象もイタズラあるいは、気のせいだと考えられます。付近の住民などにも聞いたところ、最近その手のイタズラも増えているようで……詳しくは報告書の4ページをご覧ください」
僕のことは置いてけぼりで、どんどん説明が進んでいく。
今回ほとんど調査に関わっていない僕の出番はありそうもない。
「郵便受けにイタズラされてたのはあたしだけじゃなかったんですね」
「ええ、まあどこにでもある悪い子供のイタズラの一種でしょうね。他の住民の方も少なからず被害をうけているようで……。話を伺った所、大家さんが今後対抗策を行使してくださるみたいですよ」
草薙さんの表情が安心したように溶けていく。
よかった、よかった、やっぱり女性はそういう顔をしているのが一番だ。
「じゃあ室内の異変とかは……」
「そちらは8ページ辺りをご覧ください。出来合いのものですが、簡単に学術的な意味での、妖精論やポルターガイスト現象の情報を載せさせていただきました。まあ、一言でいって『気のせいだった』と思ってくださって結構ですよ。この部屋に生身の人間が荒らしにやってきたなんてことはありませんから」
冗談交じりに恋歌さんが笑う。
その様子に安心したのか、草薙さんはほっと一息つくと満面の笑顔で顔をあげた。
「ありがとうございます。ほんとに……ありがとうね、有理君!」
「えーっと、僕は特になにも」
今回ばかりは本気で何もしていないのだから、そうとしか言えなかった。
しかし状況からいって引っかかることは多い。そもそも、こんな普通のストーカー事件に恋歌さんが報告書なんて大層なものをこさえるはずがないのだ。てっきり今回もオカルトな現象が絡んでいると予想していたし、安心していいなんて言葉、信じられるはずがない。
本当に大丈夫なんですよね……、と恋歌さんの方をジト目で睨む。返ってきたのは、満面の意地悪顔だった。
毎週土曜日には更新するようにしていたのですが、ズレこみ……。すいません。
次回から解決というか解説編です。本日中にもう一話更新予定です。