二歌(7)
「うっはー。いやーひと仕事終えると気持ちがいいわぁ」
草薙さんから依頼を受けた次の日、早朝から恋歌さんは変にハイテンションだった。
昨日クロネコさんの相手をしたせいで、なんとなく精神的に披露した僕にその元気をわけてほしいもんだ。おかげで、昨日は事務所に帰ってきてから爆睡してしまった。
「コーヒーは自分で入れてくださいね。好みもありますし」
「うぃー、了解」
仕事熱心とは到底呼べないような先輩ながら、これほど働いたというのは、趣味に関しての並々ならない情熱が発揮されたからだろう。こういうのも、趣味を仕事にしているとかいうやつかもしれない。もしくは自称研究者の探究心というやつだろうか。
事務所のキッチンでノホホンと朝食を作っていた僕は、追加で恋歌さんの分の卵を手に取る。
「オムレツでいいですよね?」
「お願い、いつも通り、いや、いつも以上にふわふわのじゅくじゅくで」
Tシャツと、ジャージというラフな格好。
襟をパタパタさせながら、ぐったりと食卓の椅子に座る。ちらちらと何か柔らかくて幸せがつまってそうなものが見える。
胸とか、そういうの気にしてほしい……。もちろん、見たくないわけじゃないけど。
「結局、徹夜ですか?」
キッチンの作業スペースに向き直り、それなりに集中。
フライパンの熱に細心の注意をはらいながら、といた卵を投入する。
「そうよそうよ、クロネコさんの情報がビンゴでさー、ついついしなくていいのに報告書までつくちゃったわよー」
卵が半熟で仕上がるぎりぎりのタイミングを見計らい、フライパンの縁でオムレツの形を整えていく。
「っていうことは、やっぱり超常現象がらみなんですか?」
「たしかにモノが無くなったり、動いたりってのはさー、超常現象にはありがちだよ。だけど、それと今回のが繋がってるってのはどうなのかなー」
ニマニマと恋歌さんが笑っている。
ああこれは僕をいじめている時の顔だと理解した。理解した時点で、今回の事件にオカルト的な要素が含まれているのは明白だった。
「どうぞ、恋歌さん」
「ありがとう、やっぱ徹夜明けは熱々のコーヒーとコレにかぎるわねー」
自分で入れたらしいブラックコーヒーを飲むことで、恋歌さんの表情が微妙に覚醒していく。……ような表情。
「コーヒーってそんなにいいものですか?」
「そうねー、ブラックの美味しさのわからない有理君に教えてあげると……。これがあると目が覚めるし、気が引き締まるのよね、なんとなく!」
「なんとなく、ですか……」
なら、僕は甘々のミルクで砂糖なコーヒーで充分です。
「さて、朝御飯終わったら行きましょうか、我社は迅速解決がモットーですから」
「そんなモットー初めて聞きましたよ」
なんだかいつもよりも、恋歌さんは今回の案件に対するモチベーションが高い気がする。
よっぽど草薙さんを助けたいと思ってくれているんだろうか。
「結局僕はクロネコさんのところにおつかいに行っただけなのに、もう解決ですか」
「いやー、私もびっくり。こんなスムーズに終わるなんて……。気分がノっちゃって、報告用の資料も一晩で出来ちゃったし」
これが恋歌さんの本気というやつかもしれない。基本、やればやるほどできる人だから……。
「あ、やっぱりちょっと待って、このオムレツいつもより美味しいから、いつもより時間をかけて味わうわ」
「それはどうも、是非ゆっくり味わってください」
褒めてくれたのは単純に嬉しかった。
恋歌さんは、オムレツを一口食べ、なにやら頷いた後に、ちまちまコーヒーを飲むという作業を繰り返している。どうやら、出発まではもう少しかかるらしい。