二歌(6)
「これはこれはこれは、有理君。首をながーくしてお待ちしていましたよ」
えらいオーバーリアクションで、黒のコートをはためかせるスタイルのいい男が、出迎えるに現れた。
「どうも、お久しぶりです。クロネコさん……」
恋歌さんと別れ、一人いつも待ち合わせに使っている電柱の前。ここから徒歩10分ぐらいの、僕らの事務所へ帰りたくて仕方がない。
「しばらく見ない間に、また成長されたようですね。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんちゃって」
そっと僕の頬を撫でながら、心底嬉しそうに笑う男は、長めの前髪からのぞく切れ長の目をキラキラと輝かせている。いちいち、バッ! とか ドド! なんて効果音が聞こえてきそうな機敏な動きは、実際こんな普通の街路で見る限り、不自然でしかなかった。
近所に立ち並ぶ、一軒家やアパートの住民に見られてやしないかと、自意識過剰に辺りを見回してしまう。
「さて、いつものお約束。われわれ、悪の組織にいったいぜんたい何のごようですかね?」
頭にかぶったシルクハットを右手で押さえながら、黒のスーツの上から羽織ったコートが風もないのになびいている。曰く、これが彼にとっての正装で、悪の組織としてのプライドなのだそうだ。
「悪の組織って……これがですか?」
クロネコさんの足元に、どこからともなく野良猫たちが寄ってくる。時間がたつといつもこうだ。さすがはクロネコ、と名乗るだけあって、猫には好かれているようだ。
「そちらの皆さんは私の同士ですよ。全国に広がるネットワークの構成要員なのですから」
「ほんとに、古風なインターネットですよね」
クロネコさんの持っている情報網の詳細まではわからないが、どうやら彼は小動物に好かれているようで、動物たちの力を借りたネットワークを形成している。知りたい情報はどこからともなく、構成要員とやらが持ってくる。本当に便利な情報屋。
「恋歌さんから聞いている通りです。人助けのため、ご協力お願いします」
「はい、わかりましたよ。こうやって直接会っていただけましたし、恋歌君のおかげですでに報酬も振り込まれております。と、いうわけではい、どうぞ」
コートの下から、さっと取り出される一枚の茶封筒。
それを受け取ると、開けて中身を確認したい気持ちを抑え、脇に抱えた。クロネコさんは、執事みたいにお辞儀しながら、こちらをニマニマと見つめている。
これ一枚渡すだけでいいのに、さっさと最初に出しやがればよかったんだよ、という気持ちが膨らんでいく。
「最近楽しいですか?」
「楽しいですよ」
「最近仕事は儲かっていますか?」
「ぼちぼちですね」
「ふふ、聞きましたよ。宮城邸での活躍」
「それはどうも」
「どうぞ、存分に正義のために働いてください」
「そうさせて、いただきます」
最初っからすべて筒抜けだというのに、今更何を聞くつもりなのか……。受け取るものは受け取ったわけだし、さっさと帰らせてもらいたい。
「そういえば……最近人を殺しましたか?」
「……」
途端、鋭い視線が僕を睨む。クロネコさんは僕の中の奥の方を探るようにこちらを見ていた。
「冗談ですよ、冗談。相変わらず、恋歌君はあなたをきちんと教育されているようで、羨ましいかぎりです」
「なにがですか、なにが」
まったく……。
この人、ほんと何考えているかわかんないな。