二歌(4)
「あ、有理君こんにちわ! 美香、待ってたんだよ!」
「こんにちは、草薙さん」
アパートのチャイムをならすとすぐさま元気に草薙さんが飛び出してきた。
「こんにちは、恋歌です」
「えっ……すいません、どなたですか?」
僕が事情を説明する暇もなく、恋歌さんがすっと間に入って自己紹介を始める。
「一応、有理君の上司にあたるものですわ。なんでも、お困りのようで。是非当社がお助けしますよ」
普段自分たちのことを『会社』なんて思ってもいないくせに、白々しい台詞だった。
「ええっと……、そうなんですか」
草薙さんは引きつった笑いを浮かべながら僕らを招き入れるようにドアを引いた。
「お邪魔します」
靴を脱ぎ、少しドギマギしながら家へとあがる。
ほんのりと芳香剤の臭いが鼻孔をくすぐる。そんなところに女の子を感じながら、ゆっくりゆっくり足を進めた。
「有理君。どしたの、はやく」
さくさくと奥まで進んだ恋歌さんは案内されるままに座布団の上に腰掛け、差し出された麦茶をすすっている。
やはり機嫌は未だ良くなっていないようだ。
「すいませんね。一人増えてしまって」
「うん、いいの。さあ有理君も座って」
あわてて用意したのか、新しい座布団と麦茶を持って草薙さんが僕の方を向いた。
恋歌さんの対面側に置かれた座布団の周りには、ぬいぐるみやら可愛い小物が転がっていて、そんなところで一々自分との違いを感じてしまう。
「えーっと、それじゃあその相談に乗ってくれるってことですよね」
「ええ、私たちはそのために来ましたから」
草薙さんも僕の傍に腰掛け、さっそく話を切り出した。
テスト対策の交換条件として要求された『依頼』。それは彼女に付きまとうストーカーの影を見極めること。
「そうですね、最初は郵便受けの中身が勝手に持ち出されたりとかです。マンションの入り口にあったのが、勝手に? 自室の郵便受けに入れられてたり」
学校に行く前に確認した封筒が、勝手に移動したりといった違和感が続いているようで、草薙さんは怯えたように話を続ける。
「気のせいだとは思ったんです。あたしも無意識にやったのかなとか……。でも、例えば最近は部屋の中で妙な人影を考えたり、物が微妙に動いてたり……」
「その言い方からすると、やはり違和感があるという感じで、ストーカー本人を確認したわけではないのね?」
「そうですね。なので今回もそのストーカーの影がないかをきちんと調べてもらって、いないならいないで安心したいなってのが本音です」
恋歌さんは仕事モードに入ったのか、顎に手をあて考えこむような姿勢をとる。
「わかりました。それなればきちんと調査いたしますわ。あなたが安心できるように」
「はい、お願いします」
突然現れた見知らぬ人物に最初は戸惑っていた草薙さんも、恋歌さんの気配に押されたのか、すっかりこちらのペースに巻き込まれている。
ある意味、何時もの僕らの仕事と変わらない雰囲気だった。