二歌(3)
「ストーカー事件なんて随分とベタなものね」
「それが結構悪質みたいで……」
恋歌さんに協力をお願いした最大の理由。それは今回の相手が暴力を振るってくる可能性があったからだ。
残念ながら一般的な成人男性どころか、近所の中学生なみの体力、腕力しかない僕にとって、リアルファイトというのは中々に難易度が高い。
「恋歌さん、この前の鍛錬、またお願いしますね」
「まったく、有理君は読み切り漫画の主人公みたいなチート能力持ってるっていうのに、弱いったらありゃしないのね」
そのチート能力は恋歌さんの吸血行為によって封印されているわけで、そもそも僕は自由にその能力を操れた試しがない。
つまり、僕なんていうのは世間一般の大学生にも劣るただのもやしっ子でしかないのだ。
「恋歌さんもやっぱり強い男の人とかが好きなんですか?」
「そんなの気にするわけないじゃない、だって私の方が強いもの」
それはそうだ。
恋歌さんが体得している武術は腕力の差なんてハンデにならないかのように、相手の力を利用している。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、なんて無双する光景を何度か見せられた。
曰く、合気道的なそうでないような、ものらしい。
もっとも、そんなスキルがなくたって、恋歌さんなら口八丁手八丁で暴漢なんかどうにかしてしまいそうだけど。
「あ、ここです、このアパート」
「依頼主のお名前は……、草薙美香さんね。お金にはならないけど、たまにはいいわ」
恋歌さんは愉快げに口元を釣り上げると、スタスタとアパートの玄関へと向かっていく。
確かに今回の仕事はお金にならない。まあ、僕らが行っているこういう行為は、慈善事業みたいなもので、恋歌さんがどこぞの調査機関に報告している超常現象レポートの対価こそが、僕らの飯の種なのだ。
「なんていうか、いよいよもって、なんでも屋が板についてきたみたいですね」
今回にいたっては、超常現象すら関係ないわけで。
まあ、僕としては単位の……行く行くは卒業のかかった大事な交換条件だったから、仕方がない、となんとか納得しておくことにした。恋歌さんも、大学ぐらいは卒業しろって五月蝿いし。
「なるほど、これがアパート用の郵便受けね」
「それもあさられたりしているらしいですよ」
恋歌さんが部屋の番号を指で確認しながら、郵便受けの中を覗き込んだ。
僕もその後ろでこっそりと覗き込む。単調で派手な彩色が施された広告チラシが数枚、押し込まれていた。どこのアパートも同じようだ、僕も部屋に帰るといつもこんなのが待ち構えている。
「ピンクチラシ、見る?」
「なんでですか……」
適当に選びとった一枚のピンクチラシを手に取り、恋歌さんは僕の目の前でチラチラさせる。
それにどんな意味があったのか、考えるまでもない。こんなのはただのセクハラでしかないのだ。