一歌(縁側)
縁側でぼけーっとしながら、一息。春の中頃、休日のさわやかな過ごし方。
庭には朝日が注ぎこみ、草木が気持よさそうに揺れている。それを見ながら、淹れたての緑茶をひとすすり。
今日は目覚めも良かったし、朝食用に作ったオムレツも綺麗な半熟具合で、朝から清々しい気分。課題やレポートなんかは忘れて、今日は一日のんびりと過ごそうと心が揺れる。
そんな中、
「あー頭痛い、有理君、お茶」
「恋歌さん、昨日遅かったみたいですね。大丈夫ですか?」
頭を押さえ、目元にうっすらとくまを浮かべた恋歌さんがからんでくる。春といっても、蒸し暑い日が続いているせいか、Tシャツにホットパンツというかなりラフな格好だ。
「うー癒される。癒されるよ、このさらさらの髪の毛に、ちっちゃい身体」
「恋歌さん離れてください。お茶が入れれないです」
直に伝わる恋歌さんの感触にどぎまぎしつつも、冷たく引き剥がそうとする。
ホントはとても嬉しい事態なんだけれど……。
「恋歌さんまたお酒飲みましたね。眠気覚ましになってるんですか、ほんとにそれ」
「なーにいってんのよ。やっぱり夜中の作業には酒でしょ、酒!」
仕事終わりのタバコと、作業の景気付けの酒。機会は多くないはずだけど、こんな時ばかりは愛する女性もおっさんくさく見えてしまう。
「僕は恋歌さんの身体だけ心配してます」
「苦労をかけるねぇ、おまえさん」
「それは言わない約束だよ……。ですか」
「ゆーり君。ノってくれたのはありがたいけど、その表情は止めて、なんだかいたたまれないわ」
僕がジト目になっていたせいか、恋歌さんが素に戻る。そして、差し出したお茶で一服、バツの悪そうな表情でこちらをチラ見。
「あのね、これはその、ちょっとだけよ、ちょっとだけ。前みたいにバカバカやってないわよ」
「そこは信じてあげます。恋歌さんも仕事で忙しかったみたいですし」
僕がほぼこっちの家に住むようになってからは恋歌さんの生活習慣もそれなりに改善されているので、実はそれほど心配はしてなかったりもする。
甲斐甲斐しく世話をし続けた結果だった。まるで通い妻みたいだ。
「なんの仕事だったんですか?」
「ん? これよ、これ」
「ああ、何時ものレポートですか」
僕らが出会った複雑怪奇な異常現象。
それを『報告』するのが僕らの仕事で、何も人助けに四苦八苦しているわけじゃない。もっとも、自称乙女の味方な恋歌さんに引っ張られ、結果的に人助けに走るなんてのはありがちな展開だけれど。
「機関、からのレポート……。それも報酬の一つですけど、僕はお給料の方だけ気にしてます」
「まあそっちの支払いも中々のもんだったわよ。もっとも、今回は依頼主さんからの直接報酬の方が大きかったけど」
宮城さん……さすがは金持ち。それなりの規模やら権力やら財力をもっているはずの僕らの上司の支払いより羽振りがいいなんて、よほど今回の仕事に喜んでくれたようだ。
「でどうだったんですか霞美さんは?」
「あら、気になる、やっぱり。ふっふっふ」
気持ち悪い笑いを浮かべながら、恋歌さんが詰め寄ってくる。
「まあ教えたげる。結果はシロ。ほとんどただのパンピーよ。組織からの評価も最低ランクのD」
それはよかった、ほんとうに、アレはただの風邪みたいなものだったのだろう。
「その方が幸せですね」
「そりゃそうよ。これからはあの子も世間一般の乙女よろしく、恋にお菓子に大忙しでしょうから」
今まで引き篭っていた分、そうやって青春を是非謳歌してほしいものだ。
「まあ今回のは乙女の心を傷つけたせいで起こった、超常現象だったわけだけど」
それほどまでに乙女の心は、巨大なパワーを秘めているようだ。
少なくとも僕なら顔のことを言われたぐらいでは、不思議パワーに目覚めるような感情の起伏を感じることはできないだろう。
「兎にも角にも、女性の心はデリケートなんですね」
「恋は顔でするものではないんだけどね」
さらりと、乙女のようなことを言いながら、恋歌さんは縁側で寝転び大の字を表現。
「今日はなんもしなーい、ぼーっと過ごす」
「それは良い休日の過ごし方だと思います、この前大学の帰りに良いお茶請けを買ってきたんです。生もみじですよ、生もみじ」
恋歌さんの世話をするため、縁側から腰をあげる。
どうやら僕にとってのより良い休日の過ごし方というのは、この人の世話をすることだったらしい。
というわけで、一話目がやっとこさ終了です。
この縁側はエピローグという名の、まとめタイムです。私の場合、よく話を抽象的なまま終わらせたがるので、このような話が必要に……。
こんな感じで二人の活躍をいくつかの短編にわけて公開していきますので、よろしければお付き合い下さいませ。