晴天
一年半ぶりとなり、本当に申し訳ありません。
日もまだ低い午前中。
土曜日の朝は静かだった。
たまにすれ違う人は風景の一部に見える。
それぐらい穏やかだった。
「学校は休みです」
これ以上なく単純な話であった。
「ああ、休日か。まぁ、なんだ。こんな生活をしてると曜日に疎くてな」
ワタルは、水でさっと洗っただけの髪をぼりぼりとかきながら答えた。
「今日は、日曜か」
「いえ、土曜日です」
「うぉい!!まさか、週休二日制ってやつか。あーーーー」
天を仰ぐとはこのことか。ただ、仰いでいる理由は、空の青さに比べてすごくどうでも良かった。
「俺も週休二日制の時代が良かったぁぁーーーー!!」
隣で見ている光彰は、ワタルのあまりにオーバーな反応に戸惑っていた。仮にも不審人物である。目立っていいことはない。
光彰は、何を答えたものか考えた結果、あまり良い事はないと言うにとどめた。
「授業が遅れるとかで、大変ですよ?」
少し困りながら言う言葉は、自称坊さんが我に返るのには十分であった。
「んん?そうか、そうか。まあ、良いことだけなんてないよな。痛し痒しってやつか」
一人騒いだ後に、なるほどと一人得心している様は、どこをどう見てもお坊さんには見えない。
「それで、今からどこへ行くんですか?橋とは逆みたいですけど」
これ以上騒がれるとまずいと思ったのか、これからの話へと持っていく。
「大した事じゃあ、ない。だが、光彰も来れば良い、と思ってたところに丁度のこのこと現れたから連れて行くだけだ」
ついで、というのは分かっても、質問の答えにはなってはいなかった。
来れば分かると、出会い頭に無理やり連れてきたときから、それは変わっていない。
そのときの戸惑いを思い出して、また苦い顔をする光彰。
「本当に困ってばっかだな、ぼうず。将来が心配になるぜ」
将来を不安視されているのは、別段、困り顔が板についてきた少年だけではない。
「昔から良く将来設計がどうだと言われたが、しかし、人間タフさも必要だぞ。将来安泰で、かつ、図太ければ何も言うことはない」
そして、自分の事を棚に上げてのたまう。これでも、光彰の事を一応心配しているのだ。しかし、である。
「はい。でも、大丈夫だと思います」
少年なりの強情さを見せたところであった。
「そうか」
少し間が空いた。
空はどこか突き抜けるような青色をしていた。風が冷たい。花は咲かずとも、遠くの山々は秋という見事な色に染まっている。これからは、次第にその色を失っていく季節になるだろう。やがて、雪に覆われて、山は掃き清められたかのようになる。自然の変化とは、人よりも存外忙しない。
「寒くなるな。冬が来ると、さすがに家に戻らないといけないか」
「家って・・・あるんですかっ!?」
驚きが素直に声となる。
「あるよ。当たり前だろ。一体俺は何に見えてるんだ」
不審者とは迂闊に言えない。飛び出しそうになる言葉をかき消して、当たり障りのない言葉を探す。
「えっと、そうですね・・・たぶん、あまり見かけない人・・かな?」
「見かける人であった方がおかしいだろ。ここに来たのはつい最近だ」
「ええ、まあ、そうですけど・・・」
安易な嘘をつけないこの少年は、自分をごまかす手段に長けてはいない。
宿無し坊主は、少し面白そうにしている。根が悪戯っ子であるのかもしれない。
「そうではなくて、あまり・・・じゃなくて・・・・」
おかしな、とか、変な、とかはすぐに出てくる。しかし、そのまま言うわけにはいかない。
考えれば考えるほどに妙な人であった。
時が立つ。悩み過ぎた。
「そんなに、困るのか?なんだって、言い繕えるだろうに。そんなに、俺って言いにくい人間だったのか!!」
表現しづらいというよりは、率直に表現するとまずい人間である。
「おい、そこの不審者。少し静かにしてくれんか」
二人にとって、文字通り降って沸いた言葉である。そして、適確でもあった。
「少年も困っておるではないか。奇抜な格好をして、休日の朝っぱらから何を怒鳴っておる」
古めかしい声を辿って右を向けば、着物姿の見た目も古風なおじいさんがこちらを向いていた。