学校(3)
午前の雲はどこへやら。
午後の授業が終わる頃には空は青一面となっていた。
外で遊ぶには絶好の天気である。
そんな中、誰もいなくなった教室で光彰は一人座っていた。
ユーの去り際の一言を律儀に守っているのだ。
しかし、いくら待ってもユーはこない。
実際は幾程の時間も経っていないが、待っている時間というのは往々にして長く感じるものだ。
光彰は探しに行くべきかここで待っているべきか迷っていた。
今探しに行けば、入れ違いになってしまうかもしれない。
けれど、ここでじっとしているよりも探しに行った方が良いかもしれない。
さんざん考えたあげく、結局探しに行くことにした。
カバンを背負い椅子を正す。
教室の後ろの扉に鍵をかけて、教室を出る。
まず、どこを探そうかと考えてその必要がないことに気づいた。
廊下の奥の方で透明な少女が立っている。
今にも消えてしまいそうな少女。
陽の光を透過するその姿は、幻想的だった。
そこに在るはずなのにそこにいない。
全ての光は少女を素通りしていく。
天の恵みを受けられない、天から見放された存在。
しかし、少女は天を見上げ祈っているように見える。
決して届かない祈りを捧げているように見える。
光彰は声も出せずに立ち尽くした。
声をかけることも、近づくこともできなかった。
しばらくすると、ユーがこちらに気づいた。
「みつあき、授業は終わったのか?」
言いながら、かけてよってくる姿にさっきまでの雰囲気はない。
光彰は微笑みながら答えた。
「さっき終わったよ。これから帰るところ」
「そっか。でも、みつあき。・・・なんで、泣いてんだ?」
光彰は言われて始めて、自分が泣いていることに気づいた。
「あれ? なんでだろ」
袖で目元を拭う。
「ほーー、泣き虫ってのは間違いじゃないな。突然泣き始めるんだから」
うんうんと頷きながら一人で納得するユー。
「えーと、泣き虫は間違ってないんだけど・・・。さすがにいきなり泣いたりしないはず・・・なんだけど」
突然のことに戸惑う光彰。涙は止まったみたいだ。もう一度、目元をごしごしと擦る。
「全然説得力ないけどな。それ」
「そだね。・・・とりあえず、帰ろうか」
「ああ、そうしよう」
二人並んで歩き出す。
ほとんどの生徒が帰ったため、校舎はとても静かだった。
「ねえ、ワタルさんは?」
「ん? あいつならさっき走って逃げてったけどな」
「逃げていった? 先生達にでも見つかったのかな」
先生に見つかっていたら、集団下校とかになりそうだ。
でも、今日は集団下校とかにはなっていない。
けど、他に逃げなければいけない相手は思いつかない。
「さぁ、誰から逃げてたのかは見えなかったしな。そんなに気になるか? あれのこと」
「あれって・・・。ワタルさん、大丈夫かなぁ?」
「心配しても損するだけだぞ」
大丈夫だと言い切るユー。
その様子に光彰も考えることやめた。
「大丈夫ならいいか。そうだ、ユー。あの後、何してたの」
「絵を見てた」
「廊下にあった6年生の絵のこと? 気に入った絵、あった?」
その質問にユーの顔が曇る。
「いや・・・なかった」
「そう・・・なんだ」
黙ったまま、ゆっくりと階段を降りていく。
横目に見たユーの降り方は軽やかだった。
ふわっと身体が浮いたかと思うと、そのままゆっくりと着地する。
光彰のように一歩一歩降りるのではなく、スキップでもしているみたいだった。
そのまま階段を降りきって、下駄箱に向かう。
古びた靴箱。見える範囲で外靴の入っているのは、光彰の分だけだった。
「なあ、あの時計・・・」
「時計?」
靴を履き替えながらユーの指差す方向を見る。
そこにあるのは、大きな木製の時計だった。
丁度、学校から帰るときに見えるように配置された時計。
文字盤には12個の数字の他に名前が刻んであった。
寄せ書きのように時計全体を覆い尽くす名前。
「卒業制作だよ。この学校を卒業するとき、皆で作って学校に残すんだ」
「残していく・・・。いなくなるのにか?」
「たぶん、いなくなるから、かな。僕はまだよく分からないけど」
ユーはじっとしていた。
何を思ったのか。
何を感じたのか。
消えぬ物と消えゆく者と。
「・・・いいな。そういうの」
「うん」
光彰が靴を履き終えても、ユーはまだ見上げていた。
「帰ろう」
横に並び声をかける。
「ああ」
短い答え。
二人は歩き始める。
日の差す外へと。
多くの卒業生に見送られながら。