学校(2)
古ぼけた廊下。
壁も床も天井も、それ相応の時間を感じさせる。
その壁には絵が張ってあった。
多くもないが、少なくもない量の絵。
それぞれの絵の下に学年クラス名前が書いてある。
風景画だろうか。
それぞれの絵には山があったり、川があったり、それに架かる橋などがある。
決して上手とは言えないような絵でも、確かな暖かさを感じ取れる。
自分の心の中に沸く感情に戸惑いつつも、少女は歩を進める。
幽霊である少女にとって、人と同じ感情を持つことが不思議だった。
暖かくて寂しくて悲しくて楽しくて。
そんな感情を幽霊である自分が持てることが不思議だった。
自分は人とは違う。
けれど、限りなく人に近いと思っている。
橋の下で感じた孤独と、みつあきやワタルとの楽しい時間。
このどちらも、偽物であるはずがないと思っている。
そう思いたい。
でも、幽霊とは一体なんなんだろう?
自分は何故こうしているのだろう?
さっき会ったみつあきは、驚いた顔をしていた。
そのときの事を思い出し、少女は笑みを浮かべる。
でも、いつまでもこうはいかないだろう。
自分はいつしか消えてしまうのだ。
音も無く、何も残さず。
展示してあった最後の絵は、真っ赤な夕日だった。
夕日が赤く赤く地面を染め上げる。
その絵には、今までの絵で感じた暖かさは無くただ苦しかった。
世界の終わりを描いているように見えてしまう。
見れば見るほどに自分を焼かれてしまうような気がした。
苦しいのに、しかし、少女は目を離すこともできずにずっと立ち尽くしていた。
「ねぇ、そんなにその絵が気に入った?」
突然の声に驚く。
今までに聞いたことのない女の声だ。
ゆっくりと振り向くと、自分より年上であろう少女がいた。
ただ、この学校の生徒には見えない。
小学生というより中学生に見える。
実際、服は私服ではなく制服を着ていた。
そして、身長も高い。
長い髪が印象的だった。
「あれ? そんなに驚かなくても」
相手はそう言うと、ユーの隣まで移動し、絵を覗き込む。
「夕日? きれいね。ただ、ちょっと雑かしら」
そして、ユーの方に向き直る。
ユーは言葉が出なかった。
なぜなら、その少女も透明だったのだから。
太陽の光は少女を通り抜けて、廊下を照らす。
少女はクスッと笑った。
無邪気な笑顔だった。
「初めまして、奈津美といいます。よろしくね、ユーちゃん」
ユーはやっとのことで声をだす。
「・・・ああ、よろしく」
「そんなに怖がらないで。何もしないから。まだ何もしないといった方が正しいかしら」
奈津美はまた笑う。
「今日はね、ちょっと忠告にきたの」
ユーは本能的な恐怖を感じ、一歩後ろに引いた。
「何か文句あんのか?」
怯えた声には、いつもの覇気はない。
「そう。文句を言いにきたの。まあ、その前に一つ聞きたいのだけれど、あなたいつからこの世にいるの?」
いつ?
ユーは記憶はおろか名前すら覚えていない。
何も覚えていないのだ。
だから、いつ幽霊になったかなんて分かるわけがない。
「しらない」
はねつけるように短く答える。
「そう、ならいいわ。あっ、そうそう。もう一つ聞きたいことがあったわ。あれ、あなたの知り合い?」
言って、少女は窓の外を指さした。
その先には相変わらずの麦藁帽をかぶったワタルがいた。
「そうだ」
ユーはこれにも短く答える。
「やっぱり。余計なことしなくていいのに・・・。まったく」
どこか剣呑な雰囲気を漂わせる少女。
ユーにとって、この少女は恐怖の対象でしかなかった。
自分と同じ幽霊のはずなのに。
けれど、自分と同じとは思えなかった。
何かが違う。そして、どこか怖い。
もう一度窓の外を見れば、ワタルがこちらを睨んでいた。
「邪魔される前に言うこと言っとかないとね」
奈津美はコホンと咳払いを一つ、さっきまでとは違う脅すような声音で言った。
「あなた、あんまり出歩かないでくれる。邪魔よ。というかさっさと消えてちょうだい」
ユーの顔がピシリと固まる。
同時に奈津美の姿がスーッと薄くなっていく。
「あなたが原因で皆が騒ぐの。言うこと聞かないなら、無理やりにでも還すから。覚えといて」
言い終えると、奈津美の姿は消えた。
そして、ユーはまた一人になる。
窓の向こうでは、ワタルが走って逃げていた。
どうも誰かに見つかったらしい。
それを見て思う。
自分もどうやら追われる立場になったらしい、と。