存在理由(2)
「おじさんは一体何者なんですか?」
みつあきは持ってきたパンを一匹と一人にあげたあと、おもむろに質問した。
「坊さんだ。他に言うとすれば・・・お兄さん?」
自称坊さんはもらったパンを食べながら答えた。
みつあきが何を言うべきか迷っていると、幽霊少女が言った。
「そんな自身なさそうに言うってことは、よほどショックだったんだな」
「えっと、すみません。お兄さん」
即座に訂正するみつあき。
自称坊さんは何かを確かめるようにうむ、と頷いた。
「改めて言われると、結構傷つくかもしれない」
「ごめんなさい」
暗い橋の下で全員が沈黙する。
三者三様の時間がすぎる。
少年は気まずそうに、少女は不満そうに、そして自称坊さんは何かを堪えるように。
突然、自称坊さんが笑い出した。
「ははは、ぼうず。そんな謝ってばっかだと、日本人の鏡になっちまうぞ。もっと、こう気楽に行こうぜ。こいつみたいに」
戸惑っている少年のかわりに少女が怒る。
「おまえが謝らせたんだろ!!」
そうだな、悪い悪いと言いながらも、彼に反省の色は見えない。
「そんなにかっかするなって。これからしばらくこの橋の下にいるんだ。毎回怒ってたら神経擦り切れちまうぜ」
「げっ、さっさとどっか行ってくれよ」
全身で拒絶を表現する少女。
少年がまあまあと少女をなだめる。
「お・・・兄さんはお坊さんなんですよね?」
「そうだ。ついでにいうとお兄さんでなくワタルと呼んでくれ。お兄さんと呼ばれるたびに、俺の小さなハートが削れちまう」
少女は全部削れて無くなってしまえと思ったが、口には出さなかった。
少年が話を続ける。
「はい。ワタルさんは何故ここに来たんですか?」
ワタルはすぐに複数の回答を思いついた。
しかし、この問は何を聞いているのか。
単なる好奇心からなのか、怪しい人物かどうかの疑いをかけられているのか、僧侶としての答えを求められているのか。
結局、当たり障りの無い無難な回答をした。
「宿なしが来る場所といえば、橋の下が定番だろ?」
「そう、ですか」
「馬鹿!!鵜呑みにしてどうする。絶対怪しいからな、こいつ」
怪しさで言えば負けてないとは思うのだが、やはり二人とも口には出さなかった。
「ところでぼうず。名前はなんていうんだ?いつまでも、ぼうずじゃ不便だろ」
「光彰です」
「光彰か。で、幽霊の嬢ちゃんは?」
「名前は覚えてない・・・」
落ち込む幽霊少女。
その顔は寂しさと苛立ちがないまぜになったものだった。
その様子を見て、ワタルはある提案をした。
「ユーと呼ぼう。お前は今からユーだ。光彰もそれでいいだろ?」
「え?ああ、いいですけど・・・」
「はい、決定。よろしくな、光彰、ユー」
「本人の確認ぐらいとれよ!!それに、ユーって幽霊の頭文字からとったんじゃないのか!!」
「なんだ気に入らないのか? ぴったりだと思うけどな。な、光彰」
否定はしないワタル。
「いいと思うよ? ね、ユー?」
光彰も呼び名がないことには困っていたところだ。
だから、呼び名を付けることに意義はない。
そんな二人に挟まれて、ダメ押しの声が聞こえた。
ニャー。
小さな声が鳴く。
「お前もか!!いいよ、いいよ!!もう、なんとでも言え!!」
二人にしか聞こえないユーの諦めの声が響いた。
夕暮れ時に影二つ。
大きい影と小さな影だ。
赤い日を受けた長い影が歩く。
大きい方はワタル。
小さい方は光彰だ。
冷たい風が吹き抜けて、周囲の草木をざわめかす。
小さい方が口を開いた。
「あの・・・」
か細い声に力はなく。
見えない何かに脅かされているみたいだ。
「なんだ?」
答える声は素っ気ない。
これから来るであろう質問が分かっているからだ。
もともと、二人だけで歩いているのは光彰がワタルを連れ出したからに他ならない。
「ユーは何なんですか?」
「光彰はどう思う?」
問いに問いを重ねる。
光彰は顔を少し歪めながら答えた。
「幽霊だと思います。とても、明るくて元気な」
「そうだな。そのとおりだ。で、まだあるだろう?」
さらに続きを促す。
「幽霊ってもっと冷たい感じじゃないんですか? なのに、ユーは暖かい。まるで、生きているみたいに」
言葉が途切れる。光彰の瞳は潤んでいるように見えた。
「生きているみたいな幽霊か。悪くない表現だな。でもな、あいつは間違いなく幽霊だ。そもそも、幽霊っていうのはどんな存在だと思う?」
「・・・分からない」
「一般には人の器を失った魂だけの存在だと言われている」
「器を失った・・・」
「そう。だがな。普通、魂ってもんは器があってこその存在だ。だから、魂だけ残ることは普通は起きない。けど、よほどの何かがあったときに、その魂の残滓が残ってしまうんだ」
「残滓?」
「魂の残り滓みたいなもんか。表現が悪いのは許せ。でな、要は魂の一部が取り残されてるみたいなもんだ。実際の魂には遠く及ばない。だからこそ幽霊って言うのは希薄で不気味に感じるんだよ。人であって、人でないものってな」
「じゃあ、ユーは魂の残り方が多かったってこと?」
「そうなるな」
二つの影が止まる。
「そういう事だ。その泣きっ面を明日持ってくんなよ。じゃあな」
軽く光彰の頭を叩いたあと、ワタルはそれまでと反対方向に歩き出す。
光彰はまだ止まったままだった。