存在理由
学校帰りの昼下がり。
一人の少年が帰り道を歩いていた。
周りを見渡せば、同じような背格好の少年少女が何人もいる。
街路樹は黄色の葉を散らし、味気ない灰色の道に彩りを添える。
時節吹く冷たい風が散らばった葉を巻き上げる。
葉の擦れる音と風の鳴き声が聞こえてきた。
切れた雲の合間から顔を出す陽の光が暖かい。
少年は急ぎ足だった。
まわりの流れよりも速く歩いていく。
今も小さな集団を追い越したところだ。
橋が見えてきた。
あまり大きくない川に架かったあまり大きくない橋。
この橋を渡り終えると、左に折れて川沿いの土手を歩く。
ここまでくれば、目的地はすぐそこだ。
やがて、一つの古い橋が見えてきた。
土手を降りて、橋の下へ。
「だ、誰かいますか・・・?」
さっきまでの勢いはいづこかに。
まるで何かを恐れるように、か細い声を出す。
少年は自分で自分の声に驚いた。
そして、今度はしっかりと声を張る。
目的の相手の名前を呼ぼうとし、名前を知らないことに気付いた。
「誰かー?」
「はーい」
返事が聞こえる。
しかし、期待した声とは違う。
全くもって、これっぽっちも違う。
低い男の声だった。
「誰?」
疑問の声が自然と漏れる。
同時に得たいの知れない恐怖が体を包み込んだ。
「誰とはご挨拶な。呼んだのはそっちだろ? 俺は返事しただけだぜ」
ゆらりと橋の影から男が出てきた。
黒い法衣に麦藁帽で金髪。
「え・・・」
絶句して固まる少年。
「そんな怖がるなよ。俺だって人並の心は持ち合わせてるんだ。昨日の今日で結構傷ついてるんだぜ? 会うやつ全員、危険人物に出会ったみたいな顔するし」
頭を掻きながら、言葉を続ける。
「おまえ、昨日のやつだろ。あの幽霊の嬢ちゃんと一緒にいた」
「・・・」
少年は再度言葉を失くした。
動かない少年を見て、男も沈黙する。
そんな少年に救いの声が訪れた。
「おーい、どうしたんだーー?」
壊れた人形のように後ろを振り向く。
走ってこっちに向かってくるのは、まごうことなき昨日の幽霊少女だった。
軽快に走るその姿はとても幽霊とは思えない。
少女は走る。
残り3歩。
後2歩。
1歩。
ストンとこけた。
顔面を見事に地面に打ち付ける。
音がほとんどしなかったのは幽霊だからだろうか。
少女は顔を抑えながら起き上がる。
「痛い・・・」
少年と男は二人して唖然とする。
「・・・朝から思ってたけど、お前ドジッ娘だな」
男はしみじみとした声で言った。
少女は涙目で抗議する。
「だって・・・、そこらへんの石ころだって私には重いんだ。いつもは気をつけるんだが・・・」
「だが?」
「友達が危ないやつに襲われると思って、急いだから転んだ」
「まるで、俺が原因みたいな言い方だな。あと一応言っとくが、これでも坊さんだ。聖職者だ」
少女は半信半疑の目を向ける。
例え坊さんでないとしても、普通の人ではない事は確かだ。
見た目も、こうして少女と会話をする事自体も。
「なあ、ぼうず。俺、そんなに危ないか?」
男は傍らにいた少年に救いを求める。
少年は痛そうに少女から目を背けると、今度は自称坊さんの男からも申し訳なさそうに目を背けた。
「うぉい!!そんな残念そうな顔して、そっぽ向くな!!」
「ほらな。そういうことだ」
慌てる男に少女は勝ち誇った態度をとる。
「おまえも残念な中に入ってるんだよ!!」
「う、嘘だ!!適当なことを言うな!!なあ、みつあき?」
少年は考えた。
このままでは、針のむしろだと。
それでなくても、今の状況がよく掴めない。
幽霊少女はまだいいとしても、学校で注意された不審人物そのまんまの男が一緒にいるのはどうしてだろうか。
「そ、そうだ。今日はパンと新聞紙を持ってきたよ。あの猫はどこ?」
逃げた。そして、逃げ道は正しかったらしい。二つの意味で。
「おお!!ありがとな!!猫はこっちだ」
少女は橋の下へと走る。少年はそれを追う。
「おお!!すまねえな。朝から何も食べてなかったんだ」
自称坊さんも少年のあとに続く。
こうして、猫のもとに妙な組み合わせの3人が集った。