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友達

少女の朝は早い。

ひんやりとした空気の中、今日もゴミ拾いだ。

「ふあぁーーーあ、眠い眠い。今日も晴れか。昨日の猫はどうしてるかなー」

大あくびをしながらも、足取りは軽く機嫌が良い。

――いなくなってても仕方ないけど、あともう一回ぐらいなでてやりたいな

そんな事を考えながら、ダンボール箱のあった場所まで急ぐ。

少し歩くと、ダンボールが見えた。

ボロボロのダンボールが草に紛れて置いてある。

少女は自分の寝床と同じくらいボロボロだなと思い、なんとも言えない気分になった。

しかし、そんな気分は一瞬で吹き飛ぶ。

中を覗き込むと少女は喜びの声をあげた。

「おっはよーーー。寒かっただろ。最近の朝は冷たいからな」

言いながら、猫の体をなでる。

「こんなボロ箱、さっさと出てった方が身のためだぞ」

猫が小さく鳴いた。

果たして少女が見えているのか見えていないのか。

そもそも、なでられている事が分かっているのか、いないのか。

それでも、少女はなでる手を止めなかった。

猫も相変わらずおとなしかった。

「さて、行くか。じゃあな」

最後に猫の頭をポンポンと叩いてから立ち上がる。

今日も昨日と同じゴミ拾い。

だけど、今日はいつもとちょっと違う日なのかもしれない。

そんな期待とともに、少女は作業を開始した。





正午もとうに過ぎたおやつ時。

小学生は家路につく。

ぱらぱらと黄色い帽子が見受けられる。

土手沿いが通学路になっているのだ。

しかし、少女に気付く者はいない。

誰かに声をかけられるはずもない。

誰かに名前を呼んでもらうこともない。

第一、名前が思い出せない。

だから仮にそんな誰かがいても意味はないのだろう。

それに記憶だって曖昧だ。

何年もここで同じ事をしているような気がするし、そんなに長いことやっていないのかもしれない。

一体いつから、ここにいるのだろう。

しかもゴミ拾いをしながら。

自分が幽霊になった時期さえわからない。

もちろん、何故なったのかもわからない。

膨大な時間が記憶を薄れさせたのかもしれない。

もしかしたら、思い出したくないだけなのかもしれない。

どっちにしろ、やることはわかっている。

少女はため息を一つつき、土手を行く小学生たちを見上げる。

見た目の年齢からすれば、自分と同い年ぐらいだろう少年少女たちが楽しげに、ときに足早に帰っていく。

羨ましいかと聞かれればそうなのだろう。

でも、自分とは住む世界が違うのだ。

関わる事などありえない。


そう、今日もいつもと変わらない。


暗い思考を振り切るように顔を上げた。

すると、遠くに誰かがいるのが見える。

今日は確かに変わらない。

だって、自分と同じ世界の人がいないのだから。

けれど、この川原に自分と違うやつが一匹いた。

自分とは違う、彼らの世界の住人が。

「捨て猫のところか!」

悪い予感を覚え、少女は全力で走った。

近づくと、小学生であろう少年3人がダンボールを囲んでいる。

何かを見下ろしていた。

自分より弱いものを見下すような笑みを浮かべて。

「どけ!!」

走った勢いを全て力に変える。

全力で体当たりをした。はずだった。

どん、と強い衝撃とともに少女はひっくり返る。

少年はびくともしない。

体当たりをしたことすら気づいていないのだろう。

幽霊である少女はあまりにも無力だった。

だが、少女は諦めない。

猫に手を伸ばそうとした少年の腕を必死に掴む。

しかし、引っ張っても叩いても、少年の腕は止まらない。

そして、少年が猫を無造作につかみ上げた。

「こいつ川に流してやろうか」

いいんじゃね、と残り二人がはやしたてる。

「離せ、離せ、離せえええええ!!!!」

少女は少年の腕に噛み付く。

が、全く意味がなかった。

少女は住む世界の違いを痛感した。

見ているものは同じなのに、流れる時も同じなのに、決定的に違う。

その違いが重くのしかかる。

けれど、少女は諦めなかった。


「やめろおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


少年たちの動きが止まる。

もしかして声が届いたのかと思ったが、どうやら違うようだ。

いつのまにか、少年たちの後ろに奇妙な男が一人立っていた。

大きなつばの麦わら帽、そして全身真っ黒な服。

服というよりも浴衣を真っ黒に染め上げたようなものを着ていた。

そして髪は金髪だった。

「やめときな」

男は低く、そして透き通った声で言った。

「うわぁ!!」

その一言で少年たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。

しばし、少女は動くことを忘れていた。

その間に、男はよしよしと猫をなでながら、ダンボールの中に戻す。

そして、そのまま立ち去ろうとしていた。

「ありがとう」

少女は聞こえないと知りつつ感謝の言葉を告げる。

男は何事もなく去っていく。

その背に向けてもう一度大きくお礼を言った。

「ありがとう!!」

少女は男が見えなくなるまで、じっとしていた。

そよ風が河原を静かになで上げる。

少女の心の中は感謝の気持ちで一杯だった。

だが同時に、少女は自分がとても小さく感じた。

目の前の小さな命より、さらに小さかった。

頬にあたる風が恨めしい。

自分がどんなに頑張ってもこの風よりも無力なのだから。

やがて、少女の思考回路が動き出した。

「・・・にしても変な服着たやつだったな。いい奴なのは間違いないが、見た目は相当怪しい」

少女はその男が学校で不審人物扱いされていることをしらない。

まして、先程の少年たちがそのせいで一目散に逃げ出したことも。

とはいっても、大抵の少年はあんな服装の男にいきなり後ろに立たれたら逃げ出すかもしれない。

遠目に見ても、近づかないようにするのが懸命だろう。

「ま、いっか。それより、大丈夫だったか?」

心配そうに猫をなでる少女。

さきほどの事も相まって、それはそれは丁寧に大切に、一心になでまわしていた。

だから、後ろに気付かなかったのかもしれない。


「何してんの?」


「うわぁ!!」

少女は先程のいじめっ子?の少年たちと全く同じ台詞で驚いた。

「猫? 捨てられたの? 可哀想に。そうだ、いいもんがあるよ」

そういって後ろの少年はランドセルからパンを取り出した。

驚いて固まっている少女には目もくれない。

「お腹空いてるでしょ。おーー、可愛い。よしよし。はいどうぞ」

少年は猫の頭をなでながら、パンをダンボールの中にいれた。

「こんなところじゃ寒いんじゃない? 明日何か持ってきてあげるよ。毛布?は無理そうだから、新聞紙とか」

可愛い、可愛いといいながら、ずっとなで続けている。

「家じゃ飼ってあげられないんだ。残念だけど・・・」

そこで、ようやく少女に魂が戻ってきた。

「な、な、なにしてんだ?」

「えっ?もしかして、パンあげちゃいけなかった?」

「それは別にいいけど、そうじゃなくて・・・」

「そうじゃなくて?」

少女の態度に少年は心底不思議そうな顔をしている。

「そうじゃなくて、おまえ・・・私のこと見えるのか?」

それから、長い時間が経ったように思える。

けれど、ほんとは短かったのかもしれない。

質問の意味がわからなかったのか、少年は最初きょとんとしていた。

しかし、次第に顔が青ざめていった。

血の気が引くというのだろうか。

「え?、え・・、えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!??」

少年の絶叫が響き渡った。



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