輝石モザイクの天使
古くなった大聖堂に多くの人と美しい輝石が持ち込まれた。ここの大聖堂にはきらきらと輝く輝石をはめて絵を作る【輝石モザイク】と言う壁画を直すからだ。
もう夜なのだが、月の輝きで輝石モザイクは未完成でも美しかった。細かく砕かれて壁に貼り付けた藍色のラピスラズリの夜空が広がり、金と水晶などの様々な輝石が埋め込まれた月や星がひときわ輝いていた。
そのため星を降らす天使や神が輝石を組み込まれていなくても、その輝きで下書きの木炭の跡が幽かに見えていた。
そんな作りかけの壁画の下では、輝石モザイクを作る少年たちが親方に急かされながら廊下の隅をランプで照らして何かを探していた。
「よーく探せよ! お前たちの指の爪と同じくらい小さなダイヤモンドは、ランプの明かりでさえ輝くんだから!」
そう言う親方が居なくなると、探している少年たちが「自分で無くしたくせに」「本当だな。偉そうだよ」と文句を親方に聞かれないように小さく言い合う。
そう、高価で小さなダイヤモンドを親方が管理していたのだが、無くなってしまったのだ。そのため弟子の少年たちは、もう寝る時間なのに必死で探しているのだ。
「もう、寝たいよ……」
「明日も早いのに」
「もう、どこに行ったんだよ、ダイヤモンド」
弟子の少年たちは親方が居ない時にぼやいていると、カンカンっと甲高い音が響いた。弟子のチャロが梯子を登って、高い所に壁に輝石を埋め込むための足場へと向かっていたのだ。
「チャロ、何しているんだ?」
「もしかしたら足場にあるかもって」
「やる気があるね」
「だって見つけたら、天使の壁画のモザイクをやっても良いって親方が言っていたんだもの。俺、人物のモザイクをやったこと無いから、ダイヤモンドを見つけてやらせてもらうんだ!」
そう言って他の弟子よりも、やる気を持ってチャロは足場に登ってダイヤモンドを探す。
しかし細い足場を必死に探してもキラッと光るダイヤモンドは見当たらなかった。チャロは不満げな顔になったが「もう一度、探そう」と言って、探した足場を屈んで歩き始めた。
その時、キラッと輝きがチャロの目に入った。その場所を見るとまだ輝石が埋め込まれていない下書きの絵が描かれた壁だった。しかし木炭で下書きされた天使の絵にキラキラ光る物をチャロは見つけた。
「あ! 下書きの天使の目にダイヤモンドが埋め込まれてる!」
チャロは「誰だよ! こんな悪戯したの!」と言いながら、壁に埋め込まれた輝石を取るヘラを出してダイヤモンドを取り出そうとする。しかしなかなか取れない。
そんな時、『ちょっとやめてよ!』と女の子の声が聞こえてきた。
「え? 女の子?」
チャロは驚いてキョロキョロ見るが女の子は居ない。もちろん下の廊下でダイヤモンドを探す弟子たちはみんな少年だ。女の子がこんな所にいるわけが無いはずなのに……。
『どこを見ているの? 私はここよ』
澄ました感じで壁画に書かれた下書きの天使はそう言って微笑む。壁画の天使が喋った事にチャロは目を丸くして「え? 喋っている!」と驚いた。
チャロの反応に壁画の天使はクスクスと笑って話し出す。
『知らないの? 強い願いを持った壁画はね、動き出すのよ』
「その話しは知っている。酷い出来の壁画は怒って動き出して、恐ろしい事を製作者達にするっていう怖い話でしょ」
『まあ、素敵な話なのに! 怖い話にして失礼しちゃうわ!』
壁画の天使は拗ねた表情をする。笑ったり怒ったりとコロコロと表情が変っていて、普通の女の子にチャロは思えた。下書きとして木炭で書かれた絵の天使なのに……。
だが動く天使の下書きよりも、瞳の方に目が行く。
「ねえ、その瞳」
『えへへ、素敵でしょ。きらきらしていて』
拗ねた顔からすぐに得気な顔になって瞳のダイヤモンドを自慢する壁画の天使。確かに幽かなランプの光でもダイヤモンドはきらきらと輝いて美しいと思う。
自分の物のように自慢する天使にチャロは申し訳なさそうに言う。
「悪いんだけど、その瞳のダイヤモンドは神の杖につけるものなんだ。天使の目は紫色のアメシストを付ける予定だから、返してくれないか?」
『嫌!』
「えー、何でだよ」
『だっていつまでたっても輝石を埋め込んでくれないんだもの。だから自分でつけたんだ。だから絶対に返さない』
そう言ってキラキラしたダイヤモンドを自慢するように首を振る壁画の天使。チャロは「もうすぐ作るから」「天使につける目は、上品で綺麗な紫色のアメシストだよ」と伝えるが、天使は『嫌よ』と言う。
『だって全然作ってくれないんだもん。待ちくたびれたわ。それにこのダイヤモンド、とってもキレイよ。絶対に私の目にぴったりじゃない』
いくら言っても返してくれない天使にチャロは怒って「全然似合わない!」と強く言った。
「だって目がギラギラしていておかしいし、元々神の持っている杖につけるものなんだから、目につけても変だよ。綺麗じゃ無いし、似合っていない!」
壁画の天使はすぐに泣きそうな顔になった。チャロもちょっと言いすぎちゃった……と思い、謝ろうとした瞬間、天使は口を開いた。
『そんなに言わなくてもいいでしょ。ずっと輝石を埋め込まれるのを楽しみにしていたのに、全然作ってくれないから、自分でつけたのに……』
そう言って涙が落ちるようにダイヤモンドが壁画の天使の目から落ちた。すぐさまチャロはダイヤモンドを取って「ごめん」と謝るが天使は何も言わないし、動かなかった。
もう下書きの天使に戻ってしまったようだ。
「おお! チャロ! 見つけたのか!」
チャロはダイヤモンドを親方に渡した。本当にダイヤモンドは小さく、チャロの爪くらいしか無い。そのため親方の大きな手のひらに納めて握ったため、砕けるんじゃないかって思えた。例えダイヤモンドは他の輝石よりも頑丈であるけれど……。
ダイヤモンドを見つけて親方は上機嫌だった。チャロの仲間の弟子たちも一安心で「やっと寝れる」「ありがとう、チャロ」と言っている。
ダイヤモンドを持って帰ろうとする親方にチャロは慌てて「あ、あの親方」と話しかけた。
「ダイヤモンドを見つけた者は天使の壁画のモザイクをやらせてもらえるって言っていましたよね」
「おう。そうだったな。どの子をやりたい?」
親方に聞かれて、チャロは話しかけてきた天使を作りたいと申し出た。
そして次の日、早速チャロは壁画の天使のモザイクを作り出した。
「ごめんな、酷い事を言って」
時折、そう言いながらチャロは輝石を埋め込んでいく。
輝石モザイクのある場所にはとても小さな窓しかない。でも完成すると小さな光だけで輝石は輝き、聖堂を明るくするからだ。だから大きな窓も必要ないのだ。
チャロが周りを見渡すと親方が真剣な顔で銀と金を組み込んで、神様を美しい白金の髪にしている。この光景を見るとチャロも弟子の少年たちは、あんな太い指でどうして細かく美しいモザイクが出来るのだろういつもと不思議に思っていた。
その周りにはチャロと同じ弟子たちが一生懸命、ラピスラズリを組み込んで夜空を作っている。
もうそろそろ輝石モザイクが出来上がる。小さな輝石をつけていくため、モザイクの壁画はちょっとずつしか進まない。でも仲間と一緒にやって、完成すると心の底から嬉しくて満足した気持ちになる。それがチャロにとって輝石モザイク作りの好きな理由だ。
チャロは丁寧に天使を作り上げていく。金箔と透明な水晶、黄緑色のペリドットを組み込んで小麦色の金髪を作り、濃かったり薄かったりするピンクのサンゴを綺麗に埋め込んで美しい服を作り、白亜の石とルビーの粉で白粉を顔につける。
最後は紫のアメジストの瞳を付けて壁画の星を降らす天使は完成した。夕日が輝石を光らせているため、聖堂は少しだけ温かみのある赤い光が混じっていた。
「出来た」
『ありがとう』
チャロの言葉を被せるように壁画の天使は話しかけた。
自分の姿を見て壁画の天使は『すごく綺麗』と言って目を輝かせて、クルクルと体を動かす。それを見てチャロも嬉しかった。
『いっぱいわがまま言ってごめんね』
「ううん。俺も酷い事を言ってごめん」
二人は謝るとお互いちょっと笑う。
そして天使は『うわあ、もうすぐ完成だね』と言って聖堂のモザイクを見まわした。
外はまだ昼だが、聖堂は金の星や月が浮かぶラピスラズリの夜空が広がり、神様や天使たちも星以上に輝いていた。そして神様が持っている杖にはダイヤモンドがつけられて、他の輝石よりも輝いていた。
満月が昇った明るい夜のようだった。
チャロも天使と一緒に見ながら、「ご満足いただけたかな?」と聞いた。天使は嬉しそうに言った。
『うん! 大満足!』




