一
「わ、見て。四天王だよ。」
「なにそれ?」
「えー!知らないの?」
「今年度の入試主席から4席までのことだよ!みんなAクラスで、同じグループなんだって!超仲良しらしいよ!」
「ほら、そこも違うんじゃない?」
「ああ、もう!なんであんたに指摘されなきゃいけないの!?」
「君がバカだからじゃないかな」
そう言って隣に座る少女に声をかけるのは、金色の滑らかな髪をひとつに纏めた少年、アルバート・ローズウェル。
一方、ローズウェルにいちいち指摘されて自暴自棄になりかけているこの少女はフィオラ・グリムハート。
その向かいには、彼女たちと同じ授業グループのメンバーである、この国の王太子殿下、アストレア・アルドレアと彼の世話係である、マルグリット・エリンドールが座っている。
ここ、第六図書室は全くと言っていいほど人がこないので、この四人の自習室兼溜まり場となっている。四天王と呼ばれる四人だが、仲良く切磋琢磨しているわけではなく、フィオラとローズウェルのいがみ合いを、アストレアが眺めるのにハマっているため、一緒にいることが多いだけなのだ。
本人たちは、もちろんそう呼ばれている由来なんて知らないし、気にしていない。彼らはよくも悪くも、周りを気にしないのだ。
そのせいで、入学から一ヶ月で言い合いができるほど仲良くなったのかもしれないが。
「ほんと、入試であんたに負けたのだけが一生の不覚。」
フィオラは最近口癖のようにそう言う。よっぽど、彼に負けたのが悔しいようだ。
「まあ俺が君みたいな、知識だけ詰めて碌に考えもしない小娘に負けるわけないよ。」
この一言、いいや、二言三言余計なローズウェルの言葉が、フィオラの対抗心を更に燃え上がらせる。
ライバルとしてはとてもいい関係ができているのではないだろうか。
「じゃあその小娘に負けた僕は猿か何かかな。」
いつもはニコニコと二人の会話を聞いているだけのアストレアが、今日は珍しく口を挟んだ。
「えっ、」
流石のローズウェルでも、一国の王子様にそんな口は叩けない。
「いえ、殿下の勉強は学問だけではありませんから。こんな小娘よりよっぽど時間の少ない中、大変な努力をなさられているのだと感じます。」
ローズウェルの言葉は、10歳の少年が口にするには、丁寧すぎて仰々しく思えるが、紛れもなく彼から発せられた言葉である。しかし、アストレアはその丁寧さを気に入らなかった。
「もう、この学院では実力が全て!身分は関係ないんだから、敬語も殿下呼びも無しって言ったよね!?アーシャって呼んでよ」
城には近い歳が世話役のマルグリットしかいないアストレアにとって、この学院の制度はとても喜ばしいものだった。実力主義で、身分を問わない。
実際、フィオラは男爵の愛人の娘で、男爵令嬢ではあるものの、母を亡くした今、ほとんど身分は平民と変わらない。
そして、ローズウェルは貴族なら誰もが知っているだろう公爵家の四男。
そんな二人が今こうして言い合いをしている。
今はまさに学院の特徴が出ている場面だった。平民でも王族でも、教師から同じ態度を取られる。
それが、堅苦しい世界で生きるアストレアにとって、最大の利点であった。
そして、彼はこの学院で気を使わずに話すことのできる友達を欲しがった。
フィオラも最初は戸惑ったが、今ではすっかり相性のアーシャ呼びである。
しかし、小さい頃から貴族の世界を生きてきたローズウェルにとって、王太子殿下を呼び捨てにするなど、恐れ多い行為。決して簡単にできるものではない。
「いいじゃん、アーシャがいいって言ってるんだし。」
「お前なぁ…」
気楽に殿下の名前を口にするフィオラに、ローズウェルは呆れた様子を見せる。
しかし、この場ではフィオラの対応こそが相応しいと言えるだろう。
殿下がそれを望んでいるのだから。
「これだから外に出たこともないお嬢様は」
ローズウェルに悪気はなかったのかもしれない。いつもの言い合いの一環だったのだろう。
しかし、それはフィオラにとってあまりにも酷い言葉だった。
「っ……!」
勉強していた道具をさっと纏めて持ち上げて、ガタガタと音を立てて立ち上がる。
そして、なにも言わないまま図書室を去った。
「は、」
残されたローズウェルは、思っても見なかったといったような驚きを顔に表している。
彼はあまり表情を変えないことでも知られているが、フィオラを前にした時は、そうではなかった。
「あーあ、言い過ぎちゃったね。」
今ではアストレア殿下のニコニコとした笑顔も嫌味に思える。
「君は彼女のことを知らないからね。いつかこうなるんじゃないかと思ってたけど…」
案外早かったね、と笑って言うアストレア殿下に、ローズウェルは全く笑えない。
「君は彼女のどこが嫌いなの?アルバート。」
ま、あんだけ言い合ってたら側から見たら嫌い同士なのかな、なんて指をくるくるしながら言う。
ローズウェルは、アストレアのその問いにすぐに答えを出せない。
「てことはさ、嫌いじゃないんでしょ?」
君は嫌いな人には関わらないようにするからね〜ほら、何年か前の僕みたいにさ。なんて嫌味ったらしく言う必要があったのかはわからない。
「僕も決して詳しいわけではないんだけど、彼女は男爵の私生児だ。」
本当なら簡単に口に出していいものではない。
そして、10歳の子供が知る必要もないそれは、彼らの身近な人にとっての現実。
「だからって…、」
「そうだよ。だからって男爵令嬢であることに変わりはない。」
フィオラの他にも、そういった子はたくさんいる。そして、そういった立場で生まれた子が家を継ぐことだって、全くないわけじゃない。女児ならもっと可能性は低いが。
ならば、なぜ彼女はアストレアが気にするような人間なのか。
「彼女はきっと、何か隠している。そして、そのせいで今までずっと外に出れなかったんだろう。僕が口に出せるようなことじゃない。本当に、国を……世界を動かすレベルの。」
それは子供の単なる妄想だと言われるかもしれない。一方で、王家の人間のみが知る情報かもしれない。
変に大人びているせいで、この子供が言っていることの真偽はとてもわかりにくい。
しかし、アストレアの隣にいるマルグリットでさえ、俯いて黙ってしまうような秘密が、彼女にあるという。
いきなりそんなことを言われたって、ローズウェルはまだ10歳。
知らなかったし、こうなるとも思っていなかった。
それでも自分が彼女を傷つけたと言われれば、彼女に申し訳ないと思うくらいには、大人だった。
「本人に聞くかどうかは任せるよ。ただ、これだけはわかって欲しい。本当に、彼女の秘密は簡単に人に教えれるようなものじゃない。だからどうか彼女を責めないでやって。」
どうやら、隠し事というのは本当らしい。
「当たり前です。あいつに非はない。」
思わず、逃げてしまった。
(ローズウェルは何も悪くないのに…)
自身の心が弱いばかりに、とフィオラは反省する。
フィオラが外に出れないのには特別な事情があった。そして、それはきっと、他の人には理解されないもの。
わかっていても、実際に言葉にされると悲しいものがあった。
「謝らなきゃなあ……」
彼の言葉が自分にはキツく感じても、彼には何の悪気もない。
それなのに自分は走って去ってしまった。
(ただ勉強ができるようになればいいだけじゃない。精神的にも成長して、一人で生きていけるようにならないと…。)
彼女は確かにあの場を走り去った。
しかし、一人になってからも、目に溜めた涙を溢すことはなかった。
ローズウェルは、フィオラを探して謝るというまでの気概はなかった。
しかし、次に目を合わせた時には、心ばかりだが、謝罪の言葉を述べようと思っていた。
「…昨日は悪かった。あんたのことなんも知らないのに悪いように言って」
フィオラは謝られると思っていなかったのか、目を丸くした。
「違うの。私が気にしすぎただけ。私の方こそ、あんな態度取っちゃってごめんね」
これで仲直りね、とフィオラが小指だけを立たせた右手をローズウェルに向ける。しかし、彼はそっぽを向いてしまった。
「別に元から仲良くねーっつうの……」
金色に輝く美しい髪から覗く、赤色に染まった耳に気づいたフィオラは、柔らかく笑った。




