83.二人のリーセにも花を(エピローグ)
デンメルングは深々と突き立てた白旗を纏った槍を引き抜くと肩に担ぐようにして歩き始める。
リーセは一行と共に歩き始め、ふと足を止めて振り返る。
そこには同じようにリーセたちを見るヴィルトの姿があった。
「できれば、威嚇しあうことなく話し合いをしたかった」
「お互い背に軍を抱えていたんだ。これは十分な話し合いだった」
リーセの口元が自然に緩む。その表情を見たヴィルトは驚いたように目を見張る。
「最初にその微笑みを……、いや……」
ヴィルトは目を伏せて首を振った。
「そう言えば、薄明……、明けの明星、宵の明星の交わりを見たと言ったな?」
リーセは小さくうなずき、わずかに錫杖を持つ手に力を込める。
「俺も見てみたいものだ」
ヴィルトは手を上げると背を向けて歩き始める
「見れますよ」
ヴィルトが振り返るのを待って、リーセは「見れます」ともう一度呟いた。
「この錫杖には二つの星の言葉が刻まれています。一つは星々の光をあつめ世界を遍く照らす言葉。そしてもう一つは……」
リーセは錫杖を掲げ、軽く瞳を閉じる。風は緩やかに流れてリーセのピンク色のツインテールと白の法衣を揺らしていた。太陽がもたらす穏やかな暖かさと、大地が育んだ草原の香り。
そのすべてを体内に取り込むようにリーセは大きく息を吸い込んだ。
「星の秘めし力よ、今こそ大地を満たす命の奔流となれ、『スターグローイン』」
錫杖の水晶が虹色の光を放ち、リーセたちを包み、そして丘陵地帯で対峙する軍団を包み、リーシの街を包み、平野を包む。遥か遠くの山脈を越え、無限に広がっていった。
「この光はっ……」
手を差し伸べるヴィルトの身体にシャワーのように降り注ぎ、その光の雫は大地に落ちて弾け、花となった。
ぽつぽつと咲く小さな花。握りこぶしほどの花は様々な色の薄い花びらをもち、風に揺られ薄く甘い香りを漂わせる。
「もっと花を……」
世界中に花を。色とりどりの花々を。リーセはそう願いさらに錫杖に魔力を込める。
瞬く間に二人の足元を埋め尽くすほどに、花は咲き誇る。
その花々を見てリーセは思う。
世界が一つにまとまらないことはわかっている。
世界には様々な人びと、様々な魔族が暮らしているのだ。
決して一つに纏まらないことを知っている。だって、みんながみんな華やかに咲き誇りたいんだから。
いつしか、戦場が咲き誇る花で埋め尽くされていた。同じ形の花はなく、様々な花が咲き誇っていた。
この戦いを止めることができたとしても、それは一時の休戦でしかない。必ず次の戦いはどこかで始まる。
だから、花を。今この瞬間だけは咲き誇ってほしい。そして世界を埋め尽くしてほしい。
リーセの視界の全てが花畑へと変わっていく。
そして、リーセは感じていた。彼女の内に眠るリーセが目醒めようとしていることを。
これで旅は終わるのだろうか。ノノ、ツヴィーリヒト、デンメルング、ラメール、カーク、みんな大好き。
だから、本当のリーセと一緒に咲き誇って欲しい。
ふと気がつくと、花畑の中にひとりリーセは立っていた。
自分の手を見るが、おぼろげで自分のものという実感はない。着ていた法衣もすこし灰色がかりみすぼらしくなっているように思えた。
どの方向も花畑だ。自分の進む道はわからなかった。
背後を振り向いたその時、花畑に埋もれるように白い法衣を着た少女が背を向けて座っていた。耳の上で結んだふわふわのピンク色の髪が見えた。
その少女に近づき、背中越しに声をかける。
「はじめまして。リーセちゃん」
少女が驚いて振り返る。白い肌。長いまつ毛の下の憂いのある瞳を見て息を飲む。
本当にお人形のような美しい顔立ちだった。
「あなたは誰?」
人差し指を顎に当て、自分に良い名はないかと考える。
「私は誰でもない。でも、名乗るとしたらルセロ」
「あなたが……ルセロ?」
「みんなが私のことをそう思い始めている。あなただってそうでしょ?」
錫杖を軽く持ち上げ、リーセの手のひらの上でトンと突いた。
そこに一輪の花が咲いた。花は茎を伸ばし、また新しい花を咲かせる。茎は円環を象り、そして花の冠となった。その冠を手に取り、リーセの頭の上に乗せる。
リーセは不思議そうに見上げるが、彼女の視界からはそれを見ることができないだろう。
この美しいリーセを独り占めできるのは唯ひとりだった。
彼女の手をとり立たせてやる。そして錫杖を渡した。
「あなたが私を呼んだのでしょう?」
「私にはどうすることも、何かをすることもできなかった」
リーセの言葉を聞いて少しやるせない思いになる。何かをしてもらいたくて誰かを呼んだのに、その誰かはもっとリーセの置かれた状況を理解していなかった。
「私は少しだけ世界を変えた。あなたの居場所をつくった」
めいっぱいの微笑みを作る。
「だからあとはリーセちゃんに任せた」
リーセに背中を向ける。どこに行けばいいのかわからないが、この世界はリーセのものだ。この世界に留まることはできない。
世界がにじんだようにゆがんでいる。
とにかく歩かなきゃ。そう思って一歩踏み出そうとしたとき、手首を掴まれた。
白く小さく、少し冷たい手。やはり彼女はお人形のようだ。
「待って」
リーセがそう言った。
「あなたはルセロ様じゃない。だってあなたは……」
桜色の小さな唇が動いた。
「リーセ」
その瞬間、二人の身体を眩い光が包んだ。
世界に花を。
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