75.戦場に現れた二人のメイド(中編)
カップを持った兵士たちに鍋から掬ったカレーを注ぎ、平たく伸ばし焼いたパンを渡していく。
パンはナンを目指したものだが、グルテンの含有量を見極めることなどできる筈もなく、発酵乳も使いたかったが軍の携行を想定しているのだ。さすがに遠征を考えての食材には使えなかった。
配給は大変な作業だった。よそっても、よそっても、兵士の列は途切れない。さらにはカレーに入れられたスープの具材はほぼ溶け込み、ペースト状になっているが、中には形を残したものもある。それが前の人のカップに入っているのを見かけた後ろの兵士は、「えこ贔屓だ」と言って怒ってくる。最初のうちは形を残している具材を鍋の中から探したが、たちまちリーセの所に並んでいる兵士たちの滞留が始まった。仕方なく、「贔屓じゃない!」と言い返して追い返そうとしたが、今度はそれを聞きつけた兵士に囲まれてケンカになりそうになり、余計に滞留は酷くなった。
隣の列に並ぶ兵士たちは、ノノが見事に捌き、次々と食事が配給されている。他の列も同じだった。食事係の兵士はてきぱきと作業をこなしていた。
それを見たリーセは絶望感に駆られ、涙目になった。
しかし、しょげ込んでいる彼女の姿を見た兵士たちは、それ以降、文句を言うことがなくなりリーセの列も徐々に捌けていった。
そもそも、ノノにふさわしい男性を見つける余裕などなかったのである。そして当初の目的を忘れ、必死になって配給を続けていると、彼女の前に一人の兵士が立ち塞がった。
ナンを差し出しても受け取ろうとせず、お椀も差し出そうとしない男の姿を見上げると、黒髪、黒ひげの壮年の男が立っていた。
「コ、コンラート……っ」
固まったように視線を注いでくる彼の後ろには蜥蜴王エクセシュの姿もあった。二人の副司令がお椀を握りしめて、他の兵士たちと並んでいる姿は奇妙な光景だった。
「なんで二人が並んでいるの? 誰かに取らせに行かせれば」
「作戦行動中は他の兵士と一緒になって食事を摂る。あなたの方針を受けついだだけです」
コンラートが咳払いをした。
「リーセ様、こんなところで一体何をしているのです?」
「私はリリです。人違いをしているのでは?」
リーセの言葉にコンラートとエクセシュは顔を見合わせる。
「この軍にはスパイが紛れ込んでいるのかもしれません」
「へ? そうなの? それは大変……」
「はい。この時期に敵国の間者にわが軍の編成を知られるのは致命的です。そしてリーシの街にはリリなどという娘はいません」
「なっ! 私がスパイだとでも言いたいの? リーセ様からの命令書もあるのにっ」
リーセの言葉にコンラートはにんまりと笑う。
「それはこれから調査します。拘束して二、三発殴れば吐くと思います」
「ひっ」
「顔は殴らないように配慮しますので安心してください。それでは行きましょうか、リリ。そして隣のメイドも」
コンラートは腕を伸ばしリーセの肘を掴んだ。
リーセはコンラートに連れられ、天幕の中に連行された。人払いがされ、中には二人のほかにエクセシュとノノがいるだけである。
「私は多分、拷問に耐えることはできません」
リーセの言葉にコンラートは大きく瞬きをした。
「なぜあなたが拷問に耐える必要があるのです?」
「私はそういうことになったら、何でも話してしまうと思います」
「リリ……、いえリーセ様」
コンラートがリーセを見つめた。
「私たちは何があってもどんなことをしてでもあなたを守り抜きます。あなたの命が天秤にかけられているとき、私たちや街の情報などどうでもよいのです。そういった事態になったときには、リーセ様は何としてでも生き抜くご判断を。もし、それを卑怯だと罵しりあざ笑う者がいれば私がこの手で討ちます」
彼の淀みない眼差しにリーセはたじろぐ。そして、エクセシュに視線を移し、最後にノノを見たが、彼らもまたコンラートと同じ瞳だった。リーセは彼らに何と返事をしていいのかわからずに、ただ、うつむいた。
そんなリーセにノノがカレーの入ったお椀を差し出す。彼女は四人分の料理を持って来ていた。
「リーセ様と料理長が研究した味ですから。気になりますよね?」
ノノは微笑み、コンラートとエクセシュにも渡した。四人はそれぞれ席に座り、食事に手を付ける。リーセはまたナンをちぎって、カレーを掬って口の中に運んだ。
味見したときと同じ香辛料の風味が口の中に広がる。それとナンの感触を味わった。ナンというよりもパンのぱさぱさした食感でもちもち感が足りないように思え眉をひそめた。
「それで、そろそろ連合軍をどう迎え撃つつもりなのか教えてくれませんかね? 糧食の質を上げていったい何をしようというのです?」
コンラートがリーセに尋ねてきた。
「まだ、なにも考えていないと言えば……」
「構いません。適当な場所に吊るしておけば、そのうち何か思いつくでしょう?」
コンラートの口調はいつものものに戻っていることにリーセは少し安心する。
「この場所に連合軍を引き込みます。ここで彼らと対峙します」
リーセの言葉を聞いて、エクセシュが割って入ろうとしたが、コンラートは止めた。
「こちらの軍容は?」
「人間の軍、二万で待ち受けます」
「それは囮ですか?」
「違います。この地で決着をつけます」
ガタリと椅子を倒してエクセシュが立ち上がった。
「バカな! 王国軍は後方に回って打って出ることはないかもしれねぇ。だが、そうなっても敵は七万だ。勝てるわけがねぇ!」
「勝てます」
「どういう作戦を考えているのか分からないが、相当の被害が出るだろ。なんの遠慮があって魔族に参戦させねぇんだ?」
「魔族と帝国が戦えば、リーシの街と帝国の戦いが魔王国と帝国の戦いにエスカレーションします。そうなったら、被害はもっと大きくなります」
「ちっ、被害が増えるのは人間だけだろ?」
エクセシュは忌々しそうに呟くと椅子を立て直して座ろうとする。しかし、一脚が折れているようで、身体をグラグラと揺らしている。
コンラートが注目を引くように片手を上げる。
「帝国は魔族と戦うことは折り込み済みでしょう。奴らの中に勇者が加わっています。そうなってくると、我々の力だけではどのような戦術を用いてもどうにもなりません」
「勇者?」
リーセが尋ね返すと、コンラートが深くうなずいた。
「今朝、烏の魔物からもたらされた情報です。山岳を進む帝国の兵団に六人組の勇者一行が合流したと」
「ま、まさかっ」
「フールハーベントで見かけた勇者だ」
「ヴィルト……」
リーセは手を握りしめ、目を伏せる。最後に会ったのはフールハーベントの防衛線のときだ。リーセはヴィルトに仲良くしたいと申し出た。その答えをリーセはまだ貰っていない。
「彼らが隊列に加わったことで、偵察飛行ができなくなった」
「まさかっ、偵察隊の誰かがっ?」
コンラートが首を振った。
「魔法による狙撃を受け、一羽が翼にダメージを受けた。他の者の手を借りて帰還した」
「……私は聞いていない!」
「誰もリーセ様がこんな所でおままごとをしているとは考えてもいないでしょう」
コンラートが肩をすくめた。
「愚かだな。人間どもは我々を打ち破り、勇者の能力で街を守るつもりなのか?」
エクセシュが腕組みをして鼻息を鳴らす。
「だが作戦は変えた方がいい」
「いえ、勇者様が来るのならむしろ好都合です。作戦は変えずに行きます」
リーセがエクセシュに答えた。
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