71.異国の街の二人(前編)
リーセとラメールは、リーシの街の外郭にある小島に来ていた。
街の中へ向かう橋と外へ向かう橋が架けられており、往来も多く行き交う人々は朝日を浴びて長い影を曳いている。行商人や旅人、それを監視する衛兵の姿もあった。彼らの声は石畳を踏む足音と重なり、街の喧騒となっていた。
小島の中心部には、整然と石畳の並ぶ円形の広場があり、その中央には巨大なクリスタルの柱が立っている。柱は太陽の光を受けて、虹色の光を反射させていた。その光は周囲の建物や人々の衣服に色とりどりの影を落とし、まるで人々の賑わいを祝福するかのように広場を包んでいた。
この柱の周辺で転送石を発動させることにより、別のクリスタルのある場所へと空間を移動することができる。今もまた、空間に歪みが生まれ、その隙間から人が姿を現した。先頭の髭面の男はしゃれた服を着込み、それに続く下男たちは大きな背負子を担いでいた。どこかの街の商人なのだろう。髭の男は短く周囲を見回したが、特に興味を惹かれる様子もなく、リーセの姿を見ても気にする様子はなく、街に向かう橋を渡っている。
転送石は六角形の金属製のプレートで、その中心には宝石がはめ込まれている。この石は魔力を持っており、その魔力の量によって転送できる上限が決まる。最大で十人程度を一度に転移させることが可能である。プレートの表面には、細やかな幾何学の紋様が刻まれている。それこそが転送のための術式なのだ。その石を握りしめるリーセの手にはうっすらと汗が滲んでいた。
隣に並ぶラメールはリーセの様子を気難しそうな顔で見下ろす。
「やはり、二人だけで行くのは問題があるんじゃないか? 護衛を連れていくべきだ」
「大丈夫。街娘の変装をしているし、それに今日は……」
リーセはいつもの白い法衣ではなく、リネン製の巻きスカートに同じく長袖のシャツに編み上げのベストを着ている。そして頭には布製のヘッドカバーをしており、その両脇からピンク色の艶やかな髪を垂らしていた。
それに対してラメールは刺繍などの装飾はないが、光沢感のある生地でつくられた服を着ていた。かれは着心地が悪そうに襟元を弄りながら、リーセの足元に置かれた革製のトランクを見下ろす。
そのトランクに添えられた錫杖を見て、表情にさらに深い皺を刻んだ。
一見、地味目の衣装に見えるが、その錫杖の存在がただの街娘でないことを強烈に主張している。
彼の不安を取り払うかのように、リーセは杖で石畳を強く突いた。
「デートなんだからっ!」
転移石に魔力を注ぎ込んだ瞬間、リーセとラメールの身体はクリスタルの輝きの中にいた。
眩い光に目がくらんだかと思った瞬間、彼女たちは何本もの石柱に取り囲まれた広場にいた。やはりその中心にはオベリスクのようなクリスタルの柱が立っていた。
先ほどまで漂っていた潮の香りは消え、色濃い緑を含んだ匂いへと変わっていた。
見上げると先ほどよりも太陽の位置は高く、肌をさす熱を持っている。
広場から伸びる道の先には高く長い城壁があり、その中央には二つの門塔に挟まれた城門がそびえていた。
「ここが、東の王国の首都、イストラザール……」
目を細め城壁の続く先を眺める。
彼女がかつて勇者一行に連行されたフールハーベントの街の城壁と比べると、ずっと壮大で大規模に見えた。この街の推定の人口は二〇万人であり、リーシの街の倍の大きさになる。
「本当に行くのか?」
「ここまで来て何を躊躇っているの?」
リーセはスカートのポケットに転移石をしまい、錫杖と鞄を持ち上げると街に向かって歩き始めた。ラメールがその背中を追いかけてくる。
「ラメールは子供の頃に来たことがあるのよね?」
「ああ、親父の隊商に混ざり何度か訪れた」
クリスタルのオベリスクは大型の魔物を討伐することでしか手に入れることはできない。
そのため、規模の大きな街や、帝国や東の王国が戦略上必要と考えている街にしか設置されていない。ラメールの父親は荷馬車を率いて、街から街へと旅をする隊商をしていた。
二人は城門で通行証を買って街の中に入る。
眼前に石畳の大通りが広がる。両脇には露店が立ちならび遠くまで続いていた。その奥にはさらなる城門と城壁がみえた。その城壁の上には城郭と思われる尖塔を持った建物が見える。
「二重城壁になっているの?」
リーセは周囲を見渡すようにして眺める。
「リーシの街だって多層式の城構えだろ?」
「そうだけど……」
「なんだ? 攻めるつもりだったのか」
「そんなつもりはないけど……」
リーセは視線を左右に動かして街を眺める。リーシの街のような統一感はないが、地域ごとに建物は白い壁で塗り固められた街並みや、黄色などの色がついた漆喰が使われている建物、レンガか剥き出しとなっている建物などがあった。
五〇〇年程度の歴史があるのだ。建てられた時代の流行りや建築方法があるのだろう。息を吸い込むと、露店の肉や果物、パンの香りに混じって、かすかに街の生活臭が感じられた。
そして、一際高くそびえるファサードを見つける。石造りの重厚な外観に幾つもの神々の姿が並ぶ。三角形の屋根の頂点には明星をかたどる球体のクリスタルが掲げられていた。世界教団の教会である。リーセは錫杖を握りしめる手に力を込めてそれをじっと見つめた。
そのとき、背中を軽くラメールに叩かれる。
「ここで立ち止まっていると通行の邪魔だ」
その言葉に頷いて、リーセは歩き始めた。
「何が名物なの?」
「ここは東の王国の首都だ。なんでもある」
露店を物色しながら歩く。日除けの天幕が張り出されており、通りは日陰になっていた。
時折、乾いた風が吹き抜けその天幕をばたつかせていく。その風の中に黄色い砂の粒子が含まれているのは砂漠が近いのだろうか。リーセはルセロ教会がリーシの街に移る前に暮らしていた赤茶けた大地を思い出していた。事前の情報ではこの街の近くに大きな湖があるということだったが、街の中からはその情景を想像することはできなかった。
人通りは多く、進むべき方向も定まっていない。店の者たちの掛け声が響き渡り、客たちの喧騒のような声、そして、馬車が人波をかき分けるように進み、馬の蹄と車輪の音。様々な音がリーセの身体にまとわりつき、そして流れていく。
彼女は人の多さに圧倒されていた。
その人波に気を取られているうちに、気がつくと彼女はひとり雑踏の中に佇んでいた。
「ラメール……?」
リーセが不安になり、そわそわと辺りを見渡していると、後ろから頭を小突かれた。
振り返ると、木製のカップを持ったラメールが立っている。
「なにをぼさっとしているんだ? 露店の隙間のところで待っていろと言っただろ?」
「そうだっけ?」
二人で人波を縫うようにして露店の隙間に入る。
「何だが人が多くて……」
「そうか? 最近のリーシの街もあまり変わらないだろ?」
「確かに、リーシの街の朝市も人が多いけど、大人しいというか……」
リーセは行き交う人の波を眺めながら呟く。
「そうだな。あの街はまだできたばかりで、みんな他所から流れてきた者たちだから周囲の空気感を伺っている段階なんだ。ここの人々にはその遠慮がない」
「なるほど。そのうちこんな風になるのかな?」
「嫌なのか?」
リーセは首を振る。その頃には、この体を元の持ち主であるリーセちゃんが完全に取り戻しているかもしれない。その光景が見られる可能性はどれほどあるのだろうか。そう考えると胸が苦しくなり、胸に手を当て握りしめた。
その胸元にラメールが木製のカップを突き出してくる。
中を覗き込むと白い皮で包まれたプルンとした水餃子に似た玉のようなものが入っていた。
「これは……?」
「さっき、何がこの街の名物なのか聞いていただろ? 俺が子供の頃、この街を訪れるたびに親父が買ってくれたものだ」
「名前は?」
「正確な名前は知らない。肉団子といっている」
肉団子と言うからには、小麦粉の皮の中身は肉なのだろう。
木の串でその物体を一つ突き刺し、口の中に入れた。思ったよりも大きく口の中がいっぱいになる。
弾力があり厚みのある皮を噛み切ると同時に肉汁とチーズがあふれ出し、リーセの口の中を満たした。
「ほわっ、熱っ、ほわっほわっ……」
口の中から肉汁をこぼさないように上を向き、ほふほふと言いながらリーセは頬張った。
その様子を見てラメールが笑う。そして、彼もまた串で白い玉を一突きして頬張り、やはり彼もまたリーセと同じように口をほふほふとさせた。
「肉とチーズと何かの野菜が混ざっていてとても美味しいけど、熱いって先に言っておいてよね!」
ようやく口の中のものを食べ終わりリーセはラメールに抗議をする。
「この食べ物はいつもこうなるんだ。親父もそうだった。だから、先に熱いと教えておいても無駄なことだ」
「まったく……」
ラメールの笑顔をみて、リーセは膨らませていた頬を戻す。いつもより柔らかく優しい笑顔のように思えた。
そんなことを考えていると、ラメールは木の串で、また肉団子を口の中に放り込む。リーセも負けじと新たな肉団子を頬張る。
そして二人でほふほふと口を動かした。
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