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美少女は邪教の教主様 -勇者が断罪にやってくる!?-  作者: 波留 六
瀬替えをしたら周辺の街が攻めてきた

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70.膝の上の獅子(後編)

「帝国と東の王国の連合軍が迫っているはずなんですけどね?」


 副司令のコンラートは本当に嫌そうに顔を歪め、すでに艦上に乗り込んでいるリーセを見上げた。

 彼は今日も街の西の平原で軍事演習をしていた。そこを烏の魔物(シュヴァイグラーベ)たちに連れてこられたのである。


「作戦が終わったら、元に戻してもらうから」

「ついでに連合軍を迎え撃つための大方針を立ててもらえませんか? いくら総力戦研究所の奴らがこちらが勝つと見込んでいても、この時期まで何も決まっていないとなるとさすがに焦りますよ?」

「そのために演習をしているでしょ?」

「いつも同じところで同じ演習を繰り返していてもねぇ……」


 コンラートは黒ひげをなでた。


「この際、海軍にも司令を作ることをお勧めしますよ」


 リーセにコンラートが答える。海軍といってもリーシの街にはガレー船が二隻しかない。独立した組織とするには早すぎる。


「エクセシュは?」

「今日は休暇のようですが?」

「演習にいないの?」

「はい、昨夕に街に帰還しているはずですけど?」


 もう一人の副司令である蜥蜴王リザードキングのエクセシュは軍勢をほっぽり出して一体どこをほっつき歩いているのか。ただ、休暇とのことなのでリーセは深く追求しないことにする。

 そうしていると、兵がこちらへ走り寄ってきた。


「出撃の準備が整いました!」


 兵の言葉にコンラートは軽く頷いた。


「出撃せよ。目的地はリーシの街沖の漁礁っ」


 コンラートの声が響き渡り、その声に応じるように櫂を握る者たちから怒声に似た歓声が響き渡った。



 一隻の巨大な木造船が海を突き進む。

 その船体は薄く細長く、三角帆用の帆柱が二本突き出ているが今は使用していない。そして船の先端には金属製の衝角しょうかくが取り付けられて太陽の光を受けてまばゆく反射している。船体には横一列に窓が設けられ、そこから百足ムカデの足のように無数の櫂が伸びていた。船首にいる男が銅鑼を鳴らすたびに櫂が水面に叩きつけられるように振り下ろされ、海水をかき上げた。

 それが白い水しぶきとなり、甲板にいるリーセたちの周囲に強い潮の香りを漂わせる。

 河口には海岸浸食の防止と防波を目的とした突堤が突き出ている。それを超えると波が強くなり、船体がギシギシと音を立てたが、船はそれをものともせずに突き進み続けた。


「リーセ様。海の上とはなんともいいものですね!」


 デンメルングが目を細めて周囲の海を見渡す。体毛が潮風に吹かれ揺れている。


「思ったより揺れる……」


 リーセは帆柱を抱き寄せるように掴み、口元を塞ぐ。


「リーセ様? 肩まで震わせて……大海原を駆けることに感動なされているのですか?」

「違うっ……」

「一体どうしたのですか?」

「気持ち悪い……」


 リーセは甲板にうずくまる。デンメルングとコンラートが困ったように目を寄せ合った。


「船酔いでしょうな。目的地はすぐ近くなのですが……」


 コンラートの視線の先には多くの船が集合している場所があった。リーセは口の中に溜まっていく唾液を飲み込んで顔を上げると、その場所は波が白く、そして海鳥たちが集まっていた。


「なにか対策は……」

「ここで吐かれては甲板が汚れます。船首に艦首像フィギュアヘッドとして縛り付けておくのはいかがでしょう? 我々はルセロ教徒です。その教主であるリーセ様を艦首に祀っておけば、我々の航行の成功は約束されたも同然です」


 デンメルングにコンラートが嫌みたっぷりに言葉を返している。やはり、演習中に呼びだされたことを相当根に持っているようだ。いつかこの埋め合わせをしなければならない。

 リーセは気持ち悪さで思考が塗りつぶされそうになりながらも思案し、よろよろと立ち上がる。

 そのとき、コップを持った兵士が彼女たちのもとに走り寄ってきた。


「リーセ様、生姜や酢が酔い止めによいとされています。これは生姜のはちみつ漬けを水でといたものです」


 兵士に差し出されたコップを受け取る。船体が揺れ思わずこぼしそうになると、デンメルングが彼女の身体を支える。

 これをこぼさずに揺れる甲板の上を走ることができるのはよく訓練されている証拠だろう。リーセはそんなことを考えながらコップの生姜のはちみつ漬けを口にする。

 生姜の刺激が舌を刺激するのと同時に、蜂蜜の甘さが口の中に広がる。こみ上げていた吐き気と、どうしようもなく口の中を満たしていく唾液が引いたような気がした。

 それは喉越しもよく、気がつけばすべてを飲み干していた。


「美味しかった。すっきりした気がする」


 ありがとうと礼を言ってコップを返すと、兵は頬を赤らめて頷いた。


「こんなくだらないイベントでキスを振る舞うくらいなら、ああいう若者に振舞って頂きたいですな。きっとリーセ様のために獅子奮迅働いてくれることでしょう」


 引き上げていく兵の背中を見つめながらコンラートが嫌みたらしく呟く。


「だから、勝手に決められたんだって!」


 リーセの叫び声にコンラートは肩をすくめる。


「それで、リーセ様は何をお望みで?」

「あそこにいる漁船からすべての魚を徴発ちょうはつする」

「へっ? それは卑怯なのでは?」

「ルールには釣った魚とある。自分が釣ったものとは書いていない。だから正々堂々と宣戦布告して魚を奪う」


 コンラートはぽかんと口を開いてリーセを眺めたあと、助けを求めるようにデンメルングに視線を送った。


「おい、リーセ様はまだ酔っ払っているぞ! これは船酔いじゃない。さっきの飲み物に酒精が含まれていたんじゃないか?」

「酔ってない。私は私のやり方でこの魚釣り大会に優勝をする」


 リーセが口を挟んだ。


「やっぱり、酔っぱらって頭がおかしくなっている。一度海にお沈めして差し上げてさっぱりして差し上げたほうがいいんじゃないか?」


 コンラートも呂律が回らないおかしな言葉遣いになっていた。そんな彼の肩にデンメルングは手を乗せてぎゅっと力を込める。


「このキリッとしたお顔立ちのリーセ様はヤルときのリーセ様だ。むしろ絶好調だ」


 そう言ってニヤリと笑い、親指を立てた。

 コンラートはその様子を見て肩をすくめてため息をついた。


「兵士諸君拝聴せよ! 只今より前方の漁礁にたむろしている漁船からすべての魚を徴発する。抵抗する者には容赦をするな。ただ、これは演習の一環として実施される。石弓による威嚇は行っても構わないが決して掃射するな。刃物による攻撃も禁止する。決して死者を出してはならない。いいか、穏便に友好的に恫喝して一切の釣果をまきあげろ!」


 コンラートの言葉に兵士たちは困惑したように首をかしげていた。しかし、コンラートが兵たちを睨みつける。


「いいか? 我らがお姫様の唇を何としても守らなくてはならないのだ。不貞の輩に渡すな!」


 その言葉に応じる兵たちの声は大音量となって海原に鳴り響いた。



 この海域の漁船を操るのは、熟練の漁師たちである。

 港に逃れようと海原に逃れる者はいない。どれほど巧みに操っても、速度でガレー船には敵わないことを知っている。彼らは漁礁の間へと逃れていく。そこに沈められた旧市街の建物は干潮時には海面に頭をのぞかせることがあるが、今は完全に隠れている状況だ。それがこの海域での航行をより困難なものにしていた。

 この漁場になれた漁師たちは躊躇することなくその先端の上を抜けていく。そしてガレー船を誘うかのようにあえて速度を緩める。

 ガレー船は船底の浅い作りとなっているが、それでも小さな漁船と比べれば喫水は深く、船底をこすったり最悪は乗り上げてしまう可能性があった。

 甲板では何人もの水夫が海面を睨みつけ怒号のような指示を飛ばす。

 そして、本当の百足が得物を追い詰めるかのように浅瀬を回避しながら漁船を追い詰めた。


「見事なものでしょう」


 コンラートは漁礁から追い出されようとする漁船の群れを見つめ、胸を張った。


「こちらの乗組員も元々は漁師だから……」

「集団でこれほど見事な操舵ができる大型船は、そうそういませんよ」


 コンラートの声を聞きながら、リーセは眉をしかめ口元を抑える。細かな船体の動きで再び気持ちが悪くなっていた。

 帆柱を掴む手も放せない。放した瞬間に船首から船尾まで甲板の上を転げまわることになりそうだ。しかし、コンラートもデンメルングも、そして兵士たちも平然と立っている。


「いっそうのこと吐いちまえば楽になるかもしれません。海に吐けば撒き餌となって大物がよってくるかもしれませんよ」


 コンラートが相変わらず嫌みを飛ばしてくる。

 笑い声で肩を震わしていたが、その揺れがピタリと止まった。リーセも気になって彼の視線を追う。

 幾艘もの漁船が逃げていく先にはリーセたちが乗る船と同じガレー船の船影があった。

 漁船はその船の背後に隠れるように逃れていく。


「異国の船?」

「いえ、あれは間違いなく我々の船です……」


 リーセにコンラートが答える。コンラートは彼女以上に困惑をしている様子だった。リーシの街が抱えるもう一隻の軍艦は湾の先端にある岬に向けて航海をしているはずであった。湾内には幾つかの集落があるがリーシの街に敵対する勢力はない。たとえ敵対したとしてもガレー船を乗っ取れるような戦力を有していない。

 このような海域で出会うはずがないのである。

 いくつもの疑問を抱えながらリーセたちの船がそのガレー船へと近づいていくと、相手の甲板の様子が鮮明に見えてくる。

 そこには、巨躯の男が腕組みをしてこちらを見据えていた。一見、人の姿に見えるが、彼の肌は緑色で細かいうろこでできており、陽光を滑らかに反射していた。何よりも異形といえるのは爬虫類そのものの頭と長い尻尾である。


蜥蜴王リザードキング、エクセシュ……、どうして彼が……?」


 リーセが呟くと、エクセシュは大声で笑った。


「リーセ様、こんなところで出会うとは奇遇ですな!」

「どうしてこんな場所にいるの?」

「決まっています。魚釣り大会に参加するためです」

「だから軍船を持ち込んでどうするつもりなの?」

「それはリーセ様も同じでは?」

「こちらはこの海域での演習です。そちらは服務違反です。それにあなたは休暇のはずです。軍船を指揮する権限はありません!」


 リーセの言葉を受けて、エクセシュは肩を震わした。


「そんなものクソくらえだ! 俺はこの日のために、この魚釣り大会で優勝するために準備をしてきた」


 彼の言葉を受けて、リーセ、コンラート、デンメルングは顔を見合わせた。


「エクセシュはそんなに魚釣りが好きなの?」

「そんな訳はないでしょう。彼がこの地域を支配していた頃、彼が漁に出たという話は聞いたことがありません。とにかく私的に軍船を持ち出すのは完全に服務違反です」

「それだと、それはリーセ様も同じでは?」

「この街の意思決定はリーセ様の判断にもとづき行われています。リーセ様を裁くという考えそのものが間違っています」

「これはクーデターなの?」

「さあ、私にはリーセ様同様にエクセシュの考えていることもさっぱりわかりません」


 リーセたちがぼそぼそと話をしていると、エクセシュがくわっと目を見開いた。


「俺が欲しいのは魚じゃない! リーセ様だ!」

「「「ええっ?」」」


 エクセシュが指先をデンメルングに突きつけた。


「リーセ様が何人かの男にラブレターを送ってデートを申し込んでいるのは知っている。なのに、そこの人狼ウェアウルフにはラブレターを送って俺には送らないというのが納得できない」


 彼の言葉を聞いてコンラートは目を見開いた。


「エクセシュ……、まさか、こんな娘のままごとに焼きもちを……、あ、いえ、リーセ様のことが好きなのか?」

「コンラート、ひどい……」


 リーセがコンラートに詰め寄る。


「ち、違います。リーセ様のことは認めています。反抗の精神など一片もありません。それにお綺麗です。でも、リーセ様はまだ子供ではないですか?」

「子供じゃない! 私はもう15歳なんだからっ!」

「その割には、まったくご成長されていないような……」

「ひどいっ、ひどい! これからめちゃくちゃ成長するんだからっ!」


 そのとき、空気を裂く鋭い音が鳴り響いた。リーセは一瞬の瞬きのあと、身体にロープが絡みついていることに気がついた。


「な、なに?」


 リーセがそのロープをはがそうと身体をうねらせた瞬間、強烈な力で彼女の身体が背後へと引き寄せられた。


「ひょわわわわわわっ!」


 リーセは自身の悲鳴とともに、宙に浮きあがる。甲板が一瞬で視界から消え、天地がひっくり返ったように目まぐるしく海と空が入り乱れ、また凄まじい速度で甲板へと吸い寄せられていく。

 落ちる。そう思って目をきつく閉じる。次の瞬間、予想していた衝撃ではなく、ぐっと支えられる感覚が身体に伝わる。

 彼女がおそるおそる開く瞳に映るのはギラついた爬虫類の瞳と、突き出た顎だった。

 リーセはエクセシュの腕の中にいた。


「ひゃあああああああっ!」


 リーセの絶叫が響くが、その叫びはエクセシュの大きな手に塞がれ、瞬く間に猿轡をはめられてしまった。


「一番の大物だ。これを持ち帰れば俺の優勝で決まりだ!」


 エクセシュがニヤリと笑った。


「港に引き返すぞっ」


 エクセシュが顎をしゃくって大声を張り上げたが、乗組員たちは動こうとしなかった。


「おい、何をしてやがるんだっ!」


 彼が近くにいる蜥蜴男リザードマンの水夫に怒鳴り散らすが彼はやはり動かない。


「エクセシュ様……、やりすぎです。リーセ様が泣いています」


 エクセシュが抱えるリーセから、ぽたぽたと雫が落ちて甲板を濡らした。

 彼を見つめる兵士たちの視線が冷ややかなものに変わっていた。漕ぎ手たちが櫂を手放して立ち上がる。


「な……なんだ貴様ら、俺に逆らうと言うのか?」


 少し戸惑うように上ずった声を上げた時、甲板にズンという音が鳴り響き、大きく船体が揺れた。

 全員の視線が音のほうへと注がれる。そこには飛び移ってきたデンメルングが立っていた。

 彼は手を合わせて指を鳴らすとエクセシュを睨みつけて犬歯を見せて笑う。


「エクセシュ、お前はリーセ様よりも大きいな。お前を吊り上げれば私の優勝だ」

「獣人風情が俺を倒せると思っているのか? だいたいお前のやろうとしていることは釣りじゃねぇ」


 デンメルングが自分の腰に巻き付いているロープを指さした。そのロープはずっと伸びて、リーセたちの乗っていたガレー船に届き、その先端を苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべているコンラートが握っていた。


「私は生餌だよ。お前を釣り上げるためのな……」


 デンメルングが凄まじい殺気を放って拳を固めて構える。

 エクセシュは抱えていたリーセを甲板に下ろし、ロープを部下に渡す。


「んんっ、んんんんんんんんっ!」


 リーセは必死で叫んだが、猿轡をしていたため何を言っているのか誰にも伝わらない。

 そうしている間にエクセシュとデンメルングは激しい殴り合いを始めた。

 二人の戦いは苛烈なものだった。その場にいた者たちは固唾を飲み勝敗の行方を見守る。

 剛腕から強力な拳が繰り出されるが、受け止める肉体もまた強靭な筋肉だった。その応酬は延々と続くものと思われたが、デンメルングの拳がエクセシュの顎を打ち抜き、その結末は一瞬だった。

 ずんっと甲板を軋ませる鈍い音とともにエクセシュが倒れた。

 デンメルングはリーセに駆け寄ると、ロープと猿轡をほどく。


「リーセ様、ご無事ですか!」


 デンメルングの言葉にリーセは顔を歪める。


「泣かれていたでしょう。申し訳ありません。怖がらせてしまいました」

「私は泣いてなんかいない……」

「でも甲板に……」


 デンメルングが甲板に視線を送る。しかしそこにはノックアウトされ伸びているエクセシュと二匹の魔物が争った痕跡として、血と汗の染みが残るだけだった。


「よ……」


 リーセがとろんとした目付きで小さな声で呟いた。


「よ?」


 デンメルングが聞き返すと、リーセは口元を抑える。


「船酔いで気持ち悪いから、もうやめてってエクセシュに言ったのに……。さっきから生唾が止まらない。もう限界……」


 リーセはデンメルングを押しのけると、よろよろと船縁へ歩いていった。



 太陽は赤みを帯び、街の円形広場には教会の尖塔の影が中央にさしかかっていた。

 広場は釣り大会に参加した人たちでにぎわっている。

 デンメルングが釣り上げたと言い張るエクセシュは魚ではないため無効だった。そして、リーセが漁船から徴発した魚も、あまりにも卑怯だという理由で無効とされた。

 結果、ベルナールが釣り上げた魚が一番大きく、量も多かった。しかし、リーセに釣果を巻き上げられた人たちの抗議に遭い、魚釣り大会そのものが無効とされた。

 今は大会の騒動も落ち着き、釣り上げた魚を調理して大食事会が行われている。

 リーセは広場の隅に設けられている石の椅子に腰をおろし、水炊きの入ったお椀をかかえると深くため息をつく。


「デートとは……」


 お椀を口元に運び汁をすする。昆布や魚、その他の具材が交じり合う絶妙な味加減だった。船の上で全てのものを出し尽くしたリーセのお腹に染みわたる。


「リーセ様、実は私にはデートというものがよくわかっておりません」

「でしょうね」


 隣で水炊きを水のように掻っ込むデンメルングを見てリーセは力なく笑った。


「でもですね。今日一日、リーセ様と一緒に過ごすことができて益々リーセ様のことが好きになりました」


 その言葉にリーセの頬に赤みがさす。


「本当に……?」

「もちろんです。またこのような機会を設けてください。もっと二人で悪ノリしましょう」


 デンメルングが手を差し出す。

 リーセは笑顔になってその手を握りしめた。力強く、熱く大きな手だった。

読んでいただきありがとうございます。

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