67.カークと白い砂浜で(後編)
あらためてリーセは別の部屋に案内されていた。先ほどの部屋と同じ造りではあるが、食卓のような長いテーブルがあり、リーセは一番の上座に座らされた。普段はきっとゲーツァが座っているはずだが、リーセは何も感じないことにする。
そもそも、デートとは何だったのか。海を見に行きたいといってここまで連れてきてもらったときは嬉しかったのだ。しかし、彼はしっかりと塩田の支配者であるゲーツァとの面談をとりつけていた。彼女は蜥蜴王がこの地域を治めていた頃からずっと塩田の経営者であり、リーセ体制に変わった後も特に問題が起こるようなことはなかったのである。だから、にこやかで緩やかな会談で終わると思っていた。それが、いきなりの険悪な雰囲気である。
リーセは今日のデートでカークの黒く艶やかな羽根に触れて撫でてみたいと考えていた。そんな空気をつくり出すことはもはや不可能に思えた。
そして今は彼女の右手にカーク、左手にゲーツァがそれぞれ険しい表情を浮かべて座っている。
「果物を絞った飲料でございます」
給仕がリーセの前に白く濁った液体が注がれたグラスと焼き菓子の乗せられた小皿を並べていく。リーセはグラスに手を伸ばそうとしたが、お祈りをしなければならないことを思い出して、差し出した手を戻す。
そうしていると、ゲーツァは置かれたグラスをさっと手にすると口につけた。
「おい、ルセロ教徒のくせに祈りの言葉を口にせずに飲食を始めるとはどういう了見だ?」
すかさず、カークがたしなめるように言った。その言葉にゲーツァの目じりの皺が深まり、目がすぅっと細められる。
「私はルセロ教徒ではありません」
「異教徒であれば税金を納めなくてはならないが、お前は納めていない」
「私はあなた方が訪れる前よりこの地に暮らし続ける者であり、ここはリーシの街ではありません」
ゲーツァの返事を聞いて、これ以上、彼女を煽らないようにとリーセはカークを睨みつける。だいたいカークだってルセロ教徒ではないのだ。偉そうな物言いは止めて欲しい。しかし、彼はリーセに視線を向けて彼女の意向を確認することはなかった。
「いつからこの土地で暮らしていようが関係ない。税金は納めぬ、ルセロ教団に従わぬというのなら出て行ってもらう」
「よろしいのでしょうか。塩田の技術がここで途絶えても?」
ここで作られる塩は、リーシの街から各街へと流通している。彼女はこの地方の塩田を生業とする者たちの元締めであり、商流をまとめる者でもあった。だから羽振りの良い屋敷で暮らし、他の街の有力者との繋がりを持っているのだ。カークがリーセを彼女に合わせようとしたのは、その人脈こそが目的である。しかし、こうも縺れてしまえば話し合いもなにもあったものではない。
リーセは何度もカークを止めようと視線を投げかけるが、彼は完全にヒートアップしていた。
「問題ない。塩の田の作り方などリーセ様は貴様などよりも深く存じている。一族を連れて出ていくというのならそうすればいい。新たな者が入植して今よりも優れた方法で塩田を引き継ぐだけだ」
カークが吐き捨てるように言った台詞に少し驚いたようにゲーツァは目を見張った。
彼女たちが行っている製法は天日干しで自然に塩が結晶化するのを待つ方法だ。リーセは学校の講義を依頼され、思い付きでこの地方にまつわる話題をと考えて塩田のことについて話した。それは木の枝や竹を組んで作った塩水濃縮装置を使い、釜で煮詰めて塩を結晶化させる方法であり、いま行われているような広い塩田を必要とせず生産的な方法だったのである。少なくともこの地域では行われていない製法だった。
あとでこの世界にない知識を語ってしまったと知った彼女は、間違いとしてなかったことにしようとした。しかし、聞きつけた生徒たちによって、学校で実証の研究が進められ、最近、その塩が少量ではあるが市場に売りに出てしまったのである。ゲーツァの反応はそれを知っていたようだった。
「街で新しい塩の作り方の研究をしていることは知っています。まさかリーセ様が?」
ゲーツァの言葉にリーセは気まずそうに頷いた。
「もし、ゲーツァ様も興味がおありでしたら研究に加わって下さい。その製法で塩を作りたいと言うのならば、よろこんで協力致します。そ・れ・よ・り・もっ!」
これで本題に入ることができる。リーセはようやく一息つくことができた。
「つまり、リーセ様は帝国、東の王国との戦争を避けたい。そのための交渉をしたいが、帝国と東の王国との交渉をするチャンネルがない。そこで、商人たちの中に相手国と接触ができる者を探していると?」
リーセは一通りの説明を終え、ゲーツァのまとめのような言葉を聞きながら机に置かれた飲みものを口にする。果実の種類は分からなかったが、グレープフルーツのような風味だった。甘みよりも酸味が勝ち気味だったが、疲れ切った脳がリフレッシュされるようで美味しく感じる。今までの気難しい二人の雰囲気を乗り越えたご褒美のように思えた。
「はい、両方でなくてもいいのです。帝国、東の王国どちらかの国の有力な貴族の方とお話しできれば」
「リーセ様が自ら赴くおつもりですか?」
ゲーツァの言葉から感じられていた刺々しさは随分と減っていた。
「それはわかりませんが、必要とあらば赴きます。戦いに間に合わせたいですが、しっかりとした関係が構築できるなら戦いのあとでも構いません。今回は戦闘を避けることができなかったとしても、こういった事態になる前に話し合いができる交渉手段を作っておきたいのです」
リーセの言葉を聞きながら、ゲーツァはグラスを抱えるように握りしめた。
「それで、リーセ様は今回の戦いの勝算をどの程度に考えているのでしょうか?」
「おい、調子に乗るな!」
ゲーツァの言葉にカークがすかさず斬り込んでいくが、リーセが手を差し出して制止した。
「万が一にも敗北はないと考えています。ですが、これは私がリーシの街の立場にたった考えです」
「相手には相手の勝算があると? しかし、リーセ様に勝算がおありなら、何故戦いを止めようと?」
「非生産的に過ぎるからです。懲りずに二度三度と軍を送り込まれたら、その都度こちらも対応を迫られます。正直、付き合ってられませんし、被害者がそれなりに出ます。私たちが得るものはないのです。それから、私の考えている力関係は今だけのことでしかありません。いずれ、私たちが考えられないような方法でもって、この力関係が崩れ去る日が来るかもしれません」
「なるほど」
そう言ってゲーツァは顎を撫でながら、机の上を睨むようにしてみつめる。しばらくして視線をリーセに向けた。
「さきほどの話、本当にリーセの街で研究している塩の製法を教えて頂けるのなら……」
「塩の製法を教えることは取引の条件ではありません。是非、ゲーツァ様も研究に加わってください」
ゲーツァは目を見張ってリーセを見つめた。
「私の息子は塩の生産者と言うよりも商人となってしまいました。かわりに、孫をあなたの学園に入学させましょう。また、両国とのコネクションですが、心当たりを当たってみますので時間をいただけないでしょうか?」
孫の意見は聞かなくても大丈夫なのだろうか。グレたりしないだろうか。そのようなことが起ってもしらないぞと考えながら、リーセはにっこりと微笑んだ。
ゲーツァの屋敷を辞したとき、すっかりと夕刻になっていた。リーセはため息をつく。とにかく大変だった。帰ろうとするリーセたちをゲーツァは何としても引き留めようとし、また泊まっていくように勧めた。最初の険悪な空気は何だったのかと思うほどに彼女の態度は軟化したのである。リーセたちはただ謝辞を述べ続けてようやく解放された。
砂浜も海も赤く染まり、それは幻想的であったが、一日が終わってしまうという切なさもまた、潮騒と共に運ばれてくる。
「デートとは……」
リーセは砂浜に錫杖を突き立ててぐりぐりとこねる。錫杖には不思議な力があり、リーセが何をしようとしても傷一つつくことはなかった。そのくせにベルナールを殴りつけた時、何故水晶にヒビが入ったのか。あのハゲ頭は特別な加工がされているのだろうか。
とにかくくだらないことを考えながら佇んでいると、カークはその場に屈み、砂浜をさっと翼で撫でた。彼はしばらく砂浜を見つめ、また同じように砂を掃くように翼で撫でる。
「何をしているの?」
リーセが尋ねると、カークは顔を上げてリーセを見つめた。
「遅くなってしまうかもしれないが、お前に似合う貝殻を見つけないとな」
「カーク……」
「今日は本当に悪いことをしたと思っている」
カークは砂浜に視線を落として呟いた。リーセは瞳が潤んでいくのを誤魔化すように顔を歪め、そしてカークの隣にかがむ。
「じゃあ二人で、一緒に!」
二人は太陽が地平に落ちるまで、頭を突き合わせて貝殻を探した。
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