66.カークと白い砂浜で(前編)
国交を結ぶには双方の代表者が接触し、外交関係の樹立に関心があるか確認するところから始まる。
恋愛と同じで一種の片思いから始まるとリーセは考えていた。
しかし、木陰から相手を望み、その国を想うだけでは成立しないのである。足元に彼が蹴ったボールが転がってくるなど、二人の距離を縮めるイベントが必要なのだ。それが戦争だというのは、寄り添っていた木が突然自分に倒れかかってくるようなものだ。しかも、その木に亀裂を入れたのは、思いを馳せていた相手なのである。
今更になって下駄箱にラブレターを投函するところから始めたいと考えていたが、その投函先もわからない状況である。
「ふむ」
リーセは小さく頷く。彼女が各所に送ったデートのお誘いは簡単に届くのにと、頭を捻る。
「魔族はあんなにバラエティに富んでいるのに、どうして一枚岩でいられるんだろう」
「魔王様という絶対的な支配者が存在しているからだろうな」
隣を歩く烏の魔物のカークの答えは簡潔だ。今日は彼と二人でリーシの街から少し離れた塩田の集落を訪れている。
彼女たちの視界には白い砂浜が広がり、その先には青い海水が陸との境界を取り込もうと波を送り込んでいた。
「じゃあ、どうして人間は魔王様に従わないの?」
「それを言うなら、お前は魔王様の婚約者だろ。こんなところで油を売っていないでさっさと嫁に行け!」
「……なるほど」
カークの言葉にリーセは頷いた。強い力の前でも反発し、同じ人間同士でも反発しあう。誰かがいれば競い合わずにはいられない。リーセには理解できないが、自分自身がそうなのだ。本能的なものだとすれば、この先もずっとこのままなのだろう。
粒子の細かい砂浜を裸足になって踏みしめると、足が埋もれていく感触のなかに少し大きく滑らかな粒にたどり着く。屈んでそれを拾い上げると桜色の貝殻だった。
「きれい。もう一つ探してペアのネックレスにして、今日の記念にしよう!」
リーセの言葉にカークは立ち尽くしたまま、わずかに目元を歪めるだけだった。
「小娘。お前はその容姿に見合わず、豊かな想像力をもっている。ただの知恵者とは違う、聡明さと賢明な判断能力をもっている。なのに、時折、どうしようもなく幼稚で稚拙なことを始めるのはなぜだ?」
「はあっ? カークは二人のネックレスを作ることが、幼稚で稚拙なことだと言いたいの? 私がデートのお誘いの手紙を渡したときだって、付き合ってくれるって言ったのに『我々にはそのような遊んでいる時間などないっ』とか言い出したりして。だいたい、私とカークが仲良くして何が悪いの? 仲良くできない世界は何なの? 何のために私たちはリーセの街を良くしようとしているの? あなたは私が嫌いなの?」
リーセは頬を膨らませ口を尖らせて手をパタパタとさせた。
「なんだその仕草は? もしかして私の真似をしているのか?」
「そうよっ。カークはいつもこんな風にパタパタさせて、私に怒っているんだからっ」
「……、デートの話は戦いの終わった後だと思っていた。それなら、いつでも付き合ってやるつもりだった」
「つまんない。帰るっ」
リーセは海辺から背を向けるとザクザクと砂浜を踏みしめて歩き始める。
カークがその背中を追って駆け寄る。
「待て、待て、小娘一人でどうやって帰るつもりだ? ……いや、ダメだ。お前はラメールから変にサバイバルの知識を注ぎ込まれているんだった」
「ふんっ!」
リーセは頬をふくらませたまま、そっぽをむく。
「頼む。待ってくれ、一緒に貝殻を探そう。そして二つのネックレスを作ろう」
カークは翼を広げると大きくはためかせ始めた。瞬く間につむじ風が巻き起こり、そして周囲の砂をまき散らし始める。
「私のこの能力で砂を吹き飛ばせば、形と色合いのよい貝殻などすぐに見つかるだろう!」
「うぱっぷ。カークがやる気になってくれたのはいいけど、砂塵で何も見えないし口に入ってくるっ。ちょっと止めて!」
リーセは目をつぶって両手で顔を覆った。
「ふはははは! 今日は徹底的に遊んでやるぞ! まずは砂浴びだ! この巻き上げた砂塵で作る砂山に、お前の首だけ出して埋めてやろう」
「どうして? どうして、一緒にネックレスの貝を探すって言ったじゃない!」
リーセは逃げ出すが、カークの作りだす砂塵はすぐさま彼女の追跡を始めた。
「そんな少女じみた遊びなどに付き合ってられるか!」
二人が盛り上がっていると、老婆が二人の従者を連れて近づいてきた。
「リーセ様。あまりおはしゃぎになられては困ります。砂が塩田のほうへ飛んでいきます」
老婆はその白髪と深く刻まれた皺には似合わず、背筋は伸び、声もはっきりとしていた。
カークが砂塵を巻き上げるのを止め、リーセも体についた砂埃を払い落とした。
塩田で生計を立てる集落は湾内に点在しており、それぞれ百人程度の人々が暮らしている。その集落を束ねているのがこの老婆である。名前をゲーツァと言う。
集落の家々は潮風の影響を受け、鄙びた雰囲気を醸し出していたが、彼女が暮らす屋敷の真白な漆喰は、海の青さ砂浜の白さ、そして空の青さに良く映えていた。
二階建ての角張った屋敷の周囲にある木々は南方を思わせる植物が生えている。
リーセとカークは屋敷の中へと案内され、ゲストルームと思える部屋に案内される。
部屋の内装は木の梁が剥き出しになっているが、壁は白を基調とした漆喰で塗り固められ、板張りの天井も美しい白木が使われていた。
足元にはモザイクの紋様が描かれたラグが敷かれ、その上に背もたれの高い椅子が二つ並べられていた。リーセはそのうちの一つに案内され、その横にカークは立った。
ゲーツァがもう一方の椅子に腰を下ろそうとしたところで、カークがわざとらしく咳払いをする。彼女は皺深い肌の奥にある鋭い眼光を一瞬だけリーセに向ける。そして、何事もなかったかのようにリーセの前で跪いた。
「リーセ様。本日はどういったご用向きでこのような辺境の地にまでいらっしゃったのでしょうか?」
そう言いながら、ゲーツァはカークを睨みつけるような視線を送る。ちらりとカークを見ると、彼もまた見下すような冷たい眼差しをゲーツァに投げかけていた。
ゲーツァはリーシの街に服従の意を見せ従者をよこしたものの、これまで一度も街を訪れることはなかった。リーセのような小娘に頭を下げることに絶対の屈辱を感じているのだろう。それに対してカークは、リーセを小娘と呼び蔑む言葉を投げかけたりするものの、篤い忠誠心を持っていた。リーセにたてつこうとする存在を絶対に赦さないのである。
リーセはため息を隠すように、口元に拳を上げて小さな咳払いを一つして立ち上がった。そしてゲーツァの手を取って立たせた。
「ゲーツァ様。突然押しかけてしまい申し訳ありません。本日はあなたのお力を借りに来たのです」
リーセはゲーツァを椅子に座らせようと誘う。
「ふん、この街でこの娘と並び座ることがどういうことなのか、あとで思い知らせてやる……」
カークが独り言のように小さく低い声で、しかし、ゲーツァにしっかりと届くように呟いた。それを聞いたゲーツァは表情を引きつらせ、さすがに座ろうとしなかった。リーセが握る彼女の手が小刻みに震えているのは、怯えなのか、屈辱によるものなのかは読み取れなかった。
「この部屋は椅子の数が少ないようですね。喉も渇いちゃったし、椅子がたくさんあってテーブルも置いてある部屋で、何か飲みながらお話がしたいなーっ」
リーセの乾いた笑い声が響いた。
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