59.リーセVS十二卿(中編)
ノノとツヴィーリヒト、デンメルングの他に烏の魔物が一羽ついてきた。
黒く鋭くとがった嘴、黒い瞳、そして、黒い羽毛に覆われているが、頭頂に生えた羽に一本だけ白い羽根が混ざっている。思えば、いつもリーセの傍にいたのは彼だった。
リーセが逃げ出したときに最初に迎えに来たのも彼だった。リーセはじっとその烏の魔物を見つめる。
「小娘を一人にしておくと碌なことにはならないからな」
そう言って、彼は顔を背けた。
「そろそろ名前を教えてくれないかな?」
「我々の名前など覚える必要はない。烏の魔物と呼べばいい。そんな暇があるのならこの街を栄えさせる方法を考えろ」
いつものやり取りのように、彼は答えをはぐらかそうとする。
「私はどうしてもあなたの名前が知りたい」
リーセは烏の魔物に詰め寄る。烏の魔物は突き放すようにリーセの身体を翼で押した。
「……カークだ。だが名前で呼び合うのは同胞だけだ」
「……わかった。カーク。私はこれからあなたをカークと呼ぶ」
リーセたちは屋根付きの渡り廊下を通り抜け、大聖堂の翼廊へと入る。
巨大な柱が並ぶ回廊に彼らの靴音が幾重にも響く。
三枚の肖像画のある場所を通りがかると、ツヴィーリヒトが足を止めた。
リーセは彼の隣に並ぶ。
「ツヴィーリヒトは私の母を知ってる?」
「知っている。私はお前の祖母の代から仕えていると言ったはずだ」
ツヴィーリヒトが、微かに目を見開いた後、視線を絵画に戻した。こうして肖像画を眺めていると、勇者が教会に攻めてきた夜のことを思い出してしまう。
思えば、あの時から、リーセは一人ではなかった。絶えず誰かが隣にいてくれた。
「私のお母さんはどんな人だったの?」
「お前よりも素直だった」
「……そうでしょうね」
「ずっと純粋で、お前の祖母の教えを頑なに守ろうとしていた」
リーセは母の顔を改めて見つめ直す。優しい微笑みの裏には強い意思もあったのだ。ルセロ神が指し示す救いの先を、彼女は見据えていたのだろうか。
「彼女は教会の教えを乞う者、救いを求め手を伸ばす者すべてに加護と施しを与えようとした」
「祖母もそうだったのですか?」
ツヴィーリヒトは首を振る。
「お前の祖母は良く言えば聡明で世界の流れ、魔族や人の心の移ろいを読んでいた」
「祖母は教会を立ち上げた人だから、世間の流れを読みながら布教活動を行ったのね。教会で育った母はある意味純粋で、ただ、祖母の教えであるルセロ神による救いを信じていた」
ツヴィーリヒトは頷く。
バランスを保ち『加減』しようとしていた祖母、そして教えこそが秩序だと信じていた母。
「枢機卿団の十二卿との対立が明確になったのは、お前の祖母が病で亡くなった時だ。枢機卿団は純粋に教えに従えば教団はいずれ破綻すると祖母の教えではなく彼女のバランス感覚を保とうとした。しかしお前の母は教団のありかたをより純粋に推し広めようとした」
リーセはツヴィーリヒトの言葉に目を見開く。
「祖母は病気だったの?」
「急激な症状の悪化に思えた。枢機卿団もお前の母も毒を盛られたのではと疑うほどに」
「真相は?」
ツヴィーリヒトは首を振る。
「自らが病んでいることを隠していたのだ。私が気づいた時には既に手をつけられないほどに悪化していた」
「どうして祖母は黙っていたの? ツヴィーリヒトに言えば治してもらえたかもしれないのに?」
「それは私には分からない」
リーセは瞳を伏せる。どのように言葉を尽くしても、祖母の本当の心を伺い知ることはできないのだ。そのときの気持ちをツヴィーリヒトに尋ねれば、彼は答えてくれるだろう。
しかし、その言葉を聞けたとしても、それが彼の本心であるか知ることはできないのだ。
そのとき、ツヴィーリヒトの歯噛みをする音が、本当に小さな音がリーセの耳に届いた気がした。
「……そう。祖母の死後、母も殺され、枢機卿団が教団の実権を握った。そして、彼らの選択は世俗に染まることだった……。やがて腐敗し、極端な方向へと暴走していったのね」
リーセは天井を見上げた。フレスコ画の星々が滲んで見える。これは、リーセの涙なのだろうか。それとも、『本当のリーセ』の涙なのだろうか。
彼らにも正しさはあったのだ。誰もが、ルセロ神という実体が証明できない存在に振り回されている。
「リーセ」
ツヴィーリヒトが彼女の名前を呼んだ。その声色はどこか管楽器のような美しい響きを持っているように思えた。
「何?」
「お前にはリーシとリース、二人の想いが詰まっている。この中の三人の中でお前は最も聡明で、最も優しくて、最も美しい」
その言葉にリーセは微笑みを浮かべる。
「口説かないで。私は本当のリーセじゃない。だからこの体に想いが詰まっているとするなら三人分ね。それに、最も美しいのは本当だけど、私は何も答えを出せないし、ずっとひねくれている」
ツヴィーリヒトも喉を鳴らすように笑った。
「お前は、まず本音で話をしない。お前の心のうちは私にはわからない」
「私だって、ツヴィーリヒトが何を考えているのかなんてわからない」
人はだれしもが芯の部分で触れ合うことなどできないのだ。
「泣きそうな顔をするな。どんな答えを出してもいい。少なくとも私とデンメルングはどこまでも付き従う」
「ノノだっていますよ!」
胸元で拳を握りしめてノノがずいっとリーセに迫ってきた。
「……その言葉が、本当に重くって嫌なんだけどっ!」
リーセは錫杖を握りしめるとトンと床をついた。
「でも、これから私のすることをみんなには見守っていて欲しい」
彼女の言葉にノノたちは頷いた。
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