58.リーセVS十二卿(前編)
リーシの街の建設が始まって、二ヶ月が経過していた。
居住区となるエリアには空き地が多く目立つものの、旧市街からの移住は完了している。他にも信者たちや、魔族たちも住み着き始め住民は一万人程度になっていた。
そして一部の地域では賑わいも見せ始めていた。
ただ、街の規模が大きすぎた。10万人の生活を想定した都市なのである。街で働く者には不便は少ないが、船で海へ出る者や農場で働く者にとって、街の外への移動は不便だった。特に堀を渡って市街へ出る者たちは、毎回橋を渡らねばならず、その場所が混雑していた。
新しい橋を建設しているが、巡回馬車を走らせるなど、移動速度の向上も考えねばならない。
「市街地に畑を作ろうとしている者たちがいる」
烏の魔物の報告を受けてリーセは眉をひそめる。
会議室にいつものメンバーが集まり、情報交換を行っていた。現在は初期のメンバーに加え大魔導士ウンエンドリヒ・カイザーと、魔王の奴隷の技師たちも参加している。会議室が少し手狭に感じるようになっていた。
いよいよとなると大聖堂へ移るつもりだ。信者たちのお祈りを妨げることになってしまうが、街にも教会を建てているので信者はそちらへ移ってもらう他ないと考えていた。
政治の中枢を中心に置くべきである。
「中庭や小さな区画で菜園ならいいけど、居住区を開墾するのはだめ。新しく移住してくる人たちのためにあけておかないと」
「分かった。街の中に畑を作った者は死罪だ」
「だからっ!」
烏の魔物たちと何百回と繰り返したやり取りだ。そろそろ柔軟に落としどころを考えてほしい。リーセは頭を抱えた。
「小娘は市街に人が埋まると思っているのか?」
「何を今更。私は最初に、元の街の人とルセロ教の信者たちが暮らせる空間があればいいと言ったのに!」
「器の小さい小娘だ。そういうときは嘘でもいいから『埋まる』と答えろ」
リーセが一万人の街を作ると言ったときにも器の小さい女だと、だから大きくならないんだと理不尽な叱られ方をしたことを思い出した。
「実際、この街を運営していくだけの人もお金も必要なの。人が集まらなければそれだけ住民の負担が増える。そうすると移住してきた五千人もやがては去っていき、ゴーストタウンになる」
「ゴーストどもを住まわせるというのか?」
「……そういうことじゃなくて」
息を飲んで言葉を止める。ゴーストが実在することをリーセは知らなかった。
「いるの? ゴースト!」
リーセは目を見開きラメールを見た。
「いる」
ラメールの短い返事にリーセは身震いをする。
「ど……、どうして? そんな話を聞いたら夜中に……」
この世界はツヴィーリヒトといい、ウンエンドリヒといいリーセを怖がらせるものたちであふれかえっている。リーセは、椅子に座っていなければ、膝をつき両手を床についていたところだ。
「夜中に?」
烏の魔物がオウム返しに尋ねる。
「一人でトイレにっ」
口を開きかけてリーセは思わず口元に手をかざして言葉を止める。
しかし、烏の魔物は耳ざとく聞きつけるとため息をついた。
「急に青ざめて震え出したかと思えば……。さっさと用を足してこい! これだから小娘は……」
「ち、違うっ、今行きたいわけじゃない!」
「それと、行動するときは誰かを呼べ。お前は一人で行動をするな」
烏の魔物の言葉に反論をするために勢いよく立ち上がると、そっとノノにやさしく肩を抱かれる。振り返ると彼女は目を細め暖かな笑顔を浮かべていた。周囲を見ると誰もがリーセに生暖かい眼差しを送っている。彼女の頬はみるみる赤く染まっていく。
「リーセ様、行きましょうねっ?」
「『ねっ』て何? ノノ、子ども扱いしないで! 違うのっ。みんな聞いてっ」
「あーっ、そういえばノノも行きたくなっちゃいました」
ノノの生暖かいフォローが痛い。
「だーかーらーっ!」
リーセの言葉を遮るように烏の魔物はバサッと翼を振るう。
「はやくいけ。ここで漏らされたら面倒だ!」
「漏らさない!」
抵抗するリーセはノノに手を引かれ会議室を出て行った。
廊下に出たところで、ベルナールと鉢合わせをする。
彼は肩を上下させて息をきらせていた。
「リーセ様、ご報告したいことが」
「なんでしょうか?」
リーセとノノは立ち止まってベルナールを見る。今日も彼の頭頂は艶やかだった。
彼には各街を回って信者たちをこの街に集める役目をお願いしていた。その成果もあって、街には二千人近い信者たちが移住を決めて暮らし始めている。
枢機卿たちに騙されて金を巻き上げられた者たちである。そんな簡単に騙した者を信用してまだ何もない街に移転を決めるのかと思ったが、それこそが宗教の頸木なのである。
リーセは彼らの生活を守らなくてはならないという責任感と、彼らを宗教という縛りから解き放たなくてはならないという使命感を持っていた。
ただ、そのための話をするためにリーセが向かうと、彼らに跪いて拝まれ、かえって信仰心を強めているようだった。彼女の想いは遠い道のりであることを思い知る。
「十二卿を集めました」
リーセは驚いて目を見開いた。
「そんなものを集めて欲しいなんて言った覚えはないんですけど!」
私腹を肥すために教会の権威を利用して信者から必要以上に金を巻き上げた者たちだ。彼らのためにルセロ教団は世界教団や勇者から糾弾を受けるはめにあったのだ。その矢面に立ったのは彼らではなく、リーセだった。
そんな者たちを収集家がアイテムを集めるように連れて来られても困る。「すぐに捨ててきなさい」と叫びたくなったがぐっと堪えた。
今更、何を考えて戻ってくるのか全く分からない。
ベルナールが戻って来ただけでも驚きで、さらに、彼が今こうしてリーセに付き従っていることも驚きだった。リーセは彼の身分は取り上げたものの、教会の者として役割を与えているのは彼を赦したからではない。
ベルナールは、そのリーセの心情を見抜けないのだろうか。
深く心の奥に沈めていたはずの怒りの感情が沸き上がってくる。幾度沈めても、繰り返し、繰り返し何度でも沸き上がってくる。リーセは廊下の先のあらぬ一点をにらみつけ、大きく胸を膨らませ、ゆっくりと呼吸を吐き出す。
彼らは教団を貶めただけでなくリーセの母親も殺したのだ。再び集まって何をするというのか。リーセは拳をきつく握りしめた。
そして慌てて首を振る。自分は転移者にすぎない。この体を借りて生きているだけなのだ。殺されたのは自分の母親ではない。許せるはずだ。誰でも間違いを起こす。それが本当に自らの意思のもとで行われたのか確かめなくてはならない。教主として彼らに更生の機会を与えなくてはならない。
大聖堂に飾られていた母親の優しい笑顔を思い出す。その笑顔の影にリーセの心は沈んでいく。
リーセの母親はこの世にはいない。彼女に過ちはあったのだろうか。自らの運命を変える機会はあったのだろうか。もしなかったとしたら、更生したからといって彼らを本当に許してもいいのだろうか。
しかし、この世界は、生きている者が生きていくための世界なのだ。
リーセは首を振る。
彼らを裁く資格は自分にはない。それが許されるのは本当のリーセのするべきことである。
「リーセ様……」
ノノの怯えたような声色にリーセは我に返った。リーセはベルナールに視線を向ける。
「みんなは何処に?」
「はい。大聖堂に集まっております」
「わかりました。今から向かいます」
リーセはなるべく平静を装ってノノに振り返る。
「ツヴィーリヒトとデンメルングを呼んで来て」
「リーセ様、会議の方は……?」
「とりまとめをラメールにお願いすると伝えて」
「トイレの方は……?」
「それは良いからっ!」
リーセの言葉にノノはぱたぱたと駆けて会議室へと戻っていった。
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