53.会議は踊る、そして魔物は殴る(後編)
「わかった。もう、お祖母様の名前にしましょう」
ルセロ教の教祖である祖母の名前なら、納得をしてもらえるような気がした。
しかし、リーセはそういった所で祖母の名前を知らないことに気がついた。あわててノノに視線を送る。
「リーシ様ですね。リーシの街ですね。素晴らしい名前だと思います」
ノノが微笑んだ。
リーセは思った以上に自分の名前に似ていて失敗をしたと後悔をしたが、ノノが胸元で手を組み合わせて祈る仕草を始めたので何も言えなくなった。
「あまり私の名前と変わらないわね。もしかしてお母様の名前は『リース』なの?」
「その通りです」
「語尾をずらして変えているだけなのね。なんて安直な……」
そういうルールならリーセの子供は『リーソ』になる。かなり可愛そうな気がした。
リーセは想像を打ち消すように首を左右に振ると会議に集まった者たちに改めて視線を送る。
「街の名前は決まりました」
「待て! それはルセロ教に関わる名前ではないか? 我々には関わりのない名前だ」
エクセシュが再びリーセを睨みつける。
「関わりのないことではありません。この街に暮らす者はルセロ教の信者になって頂きます」
「なんだと? 嫌だと言えば?」
「それならそれで別に構いません。ただ、特別に税金を納めてもらいます」
「払わないと言えばどうする?」
「その場合は、街はその人をルセロ教の信者であるとします」
「ならば、その両方を拒否した場合は……」
エクセシュが低い声を出してリーセに迫った。彼の前で烏の魔物が手刀で首元を軽く叩いてみせた。
「死罪だな」
「だからどうして直ぐに殺してしまうの!」
リーセは大きくため息をついたあと話題を変えることにした。
「さしあたって困っていることはありますか?」
リーセが視線を送ると、元の街の住民の一人が手を上げた。リーセは頷く。
「元の街が水浸しになっています。それに泥で海が濁って漁に出ることができません。塩づくりのものも困っていますし、平野の奥に住む者たちもなにかと困っていると思うのですが……」
「漁ができないことは申し訳ありません。ただ元の街の住民は新しい街に移ってもらいます」
住民が思いつめたような顔をしてリーセを見つめた。
「移るのが嫌だと言えばどうなりますか?」
その言葉に鳥の魔物は鼻を鳴らす。
「既に半分は水に沈んでいるのだ。このまま水の底に沈めてやろう」
「簡単に沈めないで!」
リーセが慌てて口を挟む。
「移転を望む者には、家の移設をします」
「この宮殿のようにですか?」
「はい、移住先の区画の案をまとめていただければ」
質問者は息を飲んだあと、眉をゆがめた。
「みなさんの懸念される通り、リーシの街の河岸から海に出ることは確かに少し遠くなります。しかし荷上場の近くには大きな市場をつくります。その分、利益は増やせるようにします」
この件について、納得を得られることは無理だろう。リーセは住民たちが唇を硬く結ぶのを眺めて思った。住み慣れた環境、生活を手放すのは容易なことではない。移転先が大きな港、大きな市場であったとしても人が集まらなければ有効に運用できないのだ。それはリーセの不安でもあった。
そして、不漁のあいだは彼らに食料を配給する必要があると考える。残された教会の財産でいつまで住民の支えきれるのか調べる必要があった。
それのための調査と、財産を売りさばき元の街の住民を支えるための糧を得ることができる人物を考えたが、ベルナールしか思いつかなかった。
他にも彼に仕えていた二名の司祭の顔が思い浮ぶ。リーシの街の運営が軌道に乗り出してからの話にはなるが、彼らにはフールハーベントの街をはじめとするルセロ教会が枢機卿を送り込んだ街から信者を呼び寄せる役割を与え、上手くいけば元の役職に戻ってもらおうと考えていた。
しかし、信頼の置けない現時点で任せてもいいものなのか判断がつかない。
「食料なら、魔王様から預かっている分がある。1年分はあるはずだ」
烏の魔物が発言したのでリーセは頷いた。
「それで、塩づくりをしている者たちや、平野の奥で暮らしている者たちも魔王様の属領の民でしたね?」
「そうだ。この平野一帯が魔王様の領土だ」
烏の魔物の言葉を受けて、リーセは元の街の住民に視線を送る。彼らも頷いたので勝手に領土を主張しているわけではないことの念押しをする。
「わかりました。彼らにも代表者をたてて貰って、この会議に参加してもらいましょう」
「分かった。早速手配する」
烏の魔物の一人が立ち上がって会議室を出て行った。
「ところで、烏の魔物さんたちは、いつまで街の運営にかかわってくれるの?」
「お前に魔王様から預かった街の運営を任せられるはずがないだろう! シルダン様から街が完成しても一〇名はここに残るようにと指示を受けている」
「そうなの……」
リーセは少し安心して頷いた。
その横顔をエクセシュがじっと見つめていることに気がついた。
「俺から提案がある」
「提案?」
リーセが聞き返すとエクセシュが深く頷いた。
「お前は見た目、ただの小娘だ」
「中身もただの小娘ですけど?」
「やはり、この街の領主としては心もとない。我々が守ろうと思っても、その時には死んでしまっている可能性がある」
「それは戦いになった時のことをいっているの?」
エクセシュが再び頷くと、強い眼差しをリーセに向ける。
「そうだ。一年ほどお前の時間を俺に預けて欲しい。一人前のリザードマンの戦士として鍛え、俺の肉体に劣らぬ筋肉の甲冑を身につけさせてやる」
「むりでしょ! いくら頑張ってもそんな風にはならないから! そんな事態を防ぐ仕組みを考えて!」
リーセはエクセシュの無理難題を跳ねのけようとしたが、会議のメンバーたちには重い空気が流れていた。
「小娘。エクセシュ殿の発言は一理ある。少し鍛えてみたらどうか?」
「鍛えたところでどうにもなるものではないでしょ?」
リーセの言葉に烏の魔物は首を振った。
「腕力を鍛えたところで所詮小娘であることは変わらない。そんなことは分かっている」
「では、どういうこと?」
「お前には魔法の才がある。合間でもよい。講師となれる者を呼んでやるから学んでみてはどうか?」
烏の魔物の言葉には拒否しづらい重みがあった。
その迫力に押されるようにリーセはおずおずと頷く。
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