52.会議は踊る、そして魔物は殴る(前編)
リーセは左右にツヴィーリヒトとデンメルング、後ろにノノとラメールを連れて宮殿の会議室の扉を開く。会議に参加する彼女たち以外のメンバーは既に集まっていた。
「遅いっ!」
叫び声を上げたのは蜥蜴王エクセシュだった。ほかにも彼に付き従う三名のリザードマンたちがいた。
反対側には一〇名の人間。元の街の人間の代表が五人、ルセロ教団の者が五人。
五羽の烏の魔物たち。
この部屋は、以前、世界教団の者たちが訪れた時に招き入れた部屋だ。中央の長テーブルを囲むように彼らは座っていた。
そしてリーセたちに向かって三頭の山羊がトコトコと歩いてくる。
「「イプシロン、ソユーズ、アリアン!」」
リーセとノノが同時に驚きの声をあげるが、彼らはそれを意に介しないようにリーセたちの横をすり抜けて外へ出て行った。
「だ、大丈夫なのでしょうか? 誰かに襲われるんじゃ……」
さすがのノノも彼らとの意外な再会に動揺をしているようだ。
彼女の声を聞いた烏の魔物の一匹が立ち上がる。
「三頭の山羊に害をなした者は死罪。お触れを出してくる」
「おい、それはいくらなんでもやりすぎだろ!」
ラメールが思わず突っ込みを入れる。烏の魔物は彼ではなくリーセを睨みつけた。
「じゃあ何か? あの山羊どもが誰かの胃袋の中に入ってもいいというのか?」
「い、いえ、そんなことは言っていないけど……」
「だろ? 今夜の食卓に並んでからでは遅い。あいつらには農業用の開墾地の除草をしてもらう」
一羽の烏の魔物が山羊たちを追いかけるように出て行った。リーセはその背中を見送ったあと、咳払いをして席に着いた。隣にはノノとラメール。そしてツヴィーリヒトとデンメルングが会議室の一同を睥睨するようにリーセの背後にたった。
「今から新しい街の運営について第一回の会議を始めます」
その言葉を聞いたエクセシュがじろりとリーセを睨んだ。相変わらずの巨体だ。どのようにしてここまで来たのだろうか。部屋の扉よりも大きいのではないだろうか。
彼が座れるような椅子がこの宮殿にあったことも驚きだ。
「このメンバーで街を運営していくのか?」
「そうです。このメンバーが政府です。今後は必要に応じて人数を変えていきますし、今、法律を定めています。それが完成すればこの政府は解散し、法律に乗っ取り新しい組織を立ち上げます」
「どういうルールで決めようってんだ?」
「具体的には決まっていませんが、街に暮らす者には市民権を与えます。その中でも一定額以上の税金を収めた者から元老院議員を募ります。さらに全市民で選挙をして元老院議員を選出します。さらにその中から元首となる街の代表者を選出します」
「まて。お前はどうするんだ?」
「どうもしません」
「今まで街を治めてきた俺はどうなる?」
「街の支配者になりたければ、頑張って街の人から愛されてください」
リーセの言葉にエクセシュの口元がひくひくと震えた。
「お前のような小娘のいうことなど聞いてられるか!」
エクセシュが椅子を蹴って立ち上がろうとしたときである。
デンメルングがそれよりも素早く机の上を駆け、エクセシュを殴りつけた。
「てめぇ! さっきから聞いてりゃ誰に向って口を聞いてやがるんだ!」
デンメルングはさらに拳を突き出したが、エクセシュがその拳を手で受け止めた。
「犬は黙っていろ!」
「誰が犬だぁ?」
デンメルングの全身の毛が逆立った。それに応じるようにエクセシュの全身の筋肉が膨れ上がる。そして彼の周りにいたリザードマンたちも立ち上がった。それを見た烏の魔物たちも立ち上がる。
「ひいっ、とめて……、ツヴィーリヒト!」
リーセは青ざめた顔をツヴィーリヒトに向けた。彼女のすがるような眼差しを受けて、彼は剣を抜く。
「何をする気なの?」
「お前の望み通り、エクセシュの息の根をとめる」
「どうして、みんな極端なの! 殴り合いをとめて!」
再び全員が席につくまでにはしばらく時間がかかった。魔物たちは殺気立ち、人びとは怯えてしまっている。リーセもまた恐ろしくなっていたが、自分が仕切らなくては会議が進まないし、終わることもない。
「先ほど言った政府のあり方は私の案の一つです。正解だとは思っていませんのでこの街にあった運営方法を探っていくことになりますが、最初はこのやり方で進めます」
「それで街の名前はなんとするのだ?」
烏の魔物がリーセに尋ねた。その言葉にリーセは大きく瞬きをする。
「そういえば元の街の名前は?」
「エクセシュ王国」
エクセシュが間髪を入れずに答える。リーセが住民たちに視線を向けると彼らは気まずそうに視線を逸らした。
「我々は『東方の海の見える属領』と」
烏の魔物が言った。それはあんまりな気がした。リーセが住民たちに視線を向けると彼らは今にも泣き出しそうな顔になっていた。
「本当の名前は?」
「灯台の街と」
住民たちの言葉にリーセは首をかしげる。元の街の名前を使えばいいと考えていたが、移転すると意味の分からない名前になってしまう。
「リーセ様。ノノは思うのです」
ノノが手をあげ、リーセの思考を遮った。
「リーセ様がお創りになる街なのです。『リーセの街』でよいかと思います」
「何が『良い』のっ!」
リーセの返しにノノはぽかんと口を開いた。
「その娘の提案でいいだろ? 何が駄目なんだ?」
「だって恥ずかしいっ!」
烏の魔物に答えると、全員がノノのようにぽかんと口を開いた。
「何が恥ずかしいんだ?」
「おかしいでしょ! 私の名前が街の名前なんて! この街を訪れた人に変な顔をされる」
「おかしいのはお前だ。小娘のお前が何を考えているのか、さっぱりわからん」
「はいいいいっ?」
リーセが反論をしようと息を吸い込んでいると、デンメルングが彼女の肩を叩いた。
「リーセ様と最強人狼デンメルングの街」
「なんなの! それだったらデンメルングの街でいいでしょ」
「リーセとゆかいな仲間たちの街」
「わたしの鼻は伸びない!」
「プロジェクト・リーセの街」
「それを言うなら『リーズ』じゃないの? どうして知っているの!」
「ジョーダンワリーセの街」
「それを言うなら『よせ』だから。古いし誰も知らないし、だから、どうしてそういうこと知っているの!」
「パパス&リーセの街」
「なんなの? もう意味がわからない!」
「リーセントリーの街」
「『私の名前』と『最近』をかけてうまいこと言ったつもりかっ!」
リーセは怒涛のボケに答え続けたあと、肩で息をした。そして頬を膨らませた。
「もういいっ! この街はトラウィスカルパンテクートリの街。わかった?」
その言葉に一同が黙り込んだ。その反応にリーセがひるむ。
「ひどいっ! 私は頑張ってみんなに突っ込んだのに。みんなはどうして『長すぎる』って突っ込んでくれないの?」
「冗談だったのですね。強く言われたので決定かと……」
デンメルングが答えた。一同も彼の言葉に深く頷いている。ここにいる者たちはリーセの言葉に逆らえないということを改めて思い知る。エクセシュだって同じだ。反抗的な態度はとっているものの、本気でリーセを排除しようとは考えていない。それが良いことだとは思えなかった。人ひとりで考えられることなど知れている。できれば全員で考え、まとまらない時はリーセが間に入ってまとめるという体制にしたかった。しかし、それを言ったところでここにいる者たちは頷くものの、結局はリーセの言葉を待つだろう。
ただ、会議の雰囲気が変わったのはよかった。最初は高圧的な態度をとっていた魔物たちも、それに怯えていた人間たちも今は落ち着き、打ち解けた雰囲気が流れ始めていた。
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