50.リーセと魔物たちとニュータウン開拓
市街の北東の位置、海に注ぐ川の河口部には巨大な三角州が形成されている。そこが新市街の建設予定地となっていた。
現在は海からの潮の流れを堰き止め、川の流れは新たに作成した運河を通してそちらへ流れを変えているため、川底の泥が見えている状態になっている。リザードマンたちが川幅の拡張と川底を掘り下げる作業をしていた。
他にも多くの魔物たちが三角州に架ける石橋の工事をしている。
龍ほどの大きさではないが、巨体を持つ魔物たちは、重機以上に効率よく作業をこなしている。その集団に紛れ込むようにして魔王の奴隷となっている人々が魔物たちへ指示を出していた。リーセの構想をもとに彼らが設計を行なっているのだ。リーセは奴隷の身から解放されるまたとない機会なのだから逃げ出せばいいのにと思うが、不思議とそう言った者はいなかった。魔王の下は居心地がいいのだろうか。
また三角州には、石竜が石の息で作り上げた巨大な石柱が何百本も打ち込まれ、そこに土の雨を降らせて盛土を行っていた。
さらに竜たちはその上で暴れ回り大地を踏み固める。その周囲は石竜が作り出した石によって石垣がくみ上げられていった。
地上へと戻ってきたリーセたちはその様子を眺めている。
「埋め立て作業の際に設置した下水管、あれは壊れたりしないのかな?」
リーセは錫杖を突き、竜たちが暴れることによって引き起こされる地震に耐えながら、引きつった顔を浮かべる。石橋や石垣を組む作業者たちもこのような状況でよく作業ができるものだと感心をする。
ただ、文句があったところで竜たちを相手に抗議ができる魔物はいないだろう。
「魔法でコーティングしているから効果が切れるまでは大丈夫だろう。だがお前が注意しろといっていることを伝えてくる」
烏の魔物は答えると飛び立っていった。
汚水や雨水の排水の為に地下下水道を張り巡らせた。下水は堀の外側にある汚水施設に集め魔法石の魔力によって固形物と水に分離、さらには活性化させた微生物の浴槽を通過させたあと、長い地下排水路を通して平野の外へ送り出す。湾内に流すことも考えたが、設備が壊れた場合に汚物が湾内に流れ出すことは回避しかかった。
上水も同じく、山脈から水路を通して街へ流し込む。
これらの作業は数体の土竜が担当する。彼らは他の竜とは違い見た目も格好もモグラであったが、リーセの体よりも大きな体をもっていた。
「水害に合わないように街の基礎に盛土をして高くするのはわかる。だが、どうして全体を平面にせずに、段々畑のように土地の高さを変えるんだ?」
ラメールが声を張り上げる。周囲は喧騒に包まれ、指示の声や工事の音、そして竜の動きにより地も揺れる。リーセは錫杖の助けがなければ立っていられないが、ラメールたちは最初こそふらついていたものの慣れてくると体のバランスをとって立つようになった。さらに、リーセが倒れそうになったときはラメールやデンメルングが彼女の腕をとった。
「街の防衛の為に段々畑のようにしているの。曲輪っていうんだけど」
「何だって? 街の中に敵を攻め込ませる気か?」
リーセは首を振って咳払いをする。
周囲は景色が霞むほどに砂埃がまっていて、目や喉が乾いてしまい、何度も瞬きをせざるを得なかった。
また雲龍に雨雲を集めてもらうことを考えたが、元の街が冠水する可能性があるので堪える。
「先ずはこの街を包む水堀と石垣で敵の侵入を防ぐ。それが破られた時、一番低い曲輪に敵を侵入させて一段高い曲輪から攻撃を仕掛ける。守備側には逃げ場はないけれど、攻撃側の退路も塞いで圧力をかける」
「それを一番高い曲輪まで繰り返すということか? 攻撃側を疲弊させるため?」
「どちらかと言うと、敵を順に誘導して打ち取る為の仕組みかな」
街の外角に施設する堀は外堀にあたる。さらに市街と街の行政区となる中枢をになう施設を分けるように内堀を設けている。攻め手がこちらの中枢を攻撃するには幾重もの曲輪を越えて行かなくてはならない。
「そう簡単に上手く行くか? 敵もこの構造を知れば容易に仕掛けてこないだろう」
「それが本当の目的。戦いになる前に敵には諦めてもらう。これが総構えの構造。でも、目の前にいる竜たちが攻めてきたらどうしようもないから、戦いになる前になんとしてでも話し合いで解決するのが大前提」
問題がないわけではない。市街も包むこの巨大な城塞都市の堀を守るための兵士を確保できるのかということだ。リーセは近くの街の規模から五千人程度の小さな街を構築しようと構想していた。しかし、出来上がって行く街はその規模を遥かに超えている。
10万人近くの人口が集まっても、城塞を守るための人員を確保できる可能性は低い。しかし、その分、敵も全方位を取り囲むことは困難となる。
ただ、それだけの人数を賄うだけの穀物を生産するための平野は広がっている。
「総構え……。まあ、俺たちは魔王の手下みたいなもんだから、人間相手の攻撃を防げるのならそれでいいのかもな」
「それもダメ。最終的には何らかの力をつけて魔王たちとも対等にならなくちゃ」
リーセは数十年はかかると思っていた作業が瞬く間に終わっていく様子に視線を送った。
「それこそ宗教の力なんじゃないか?」
「ルセロ教を国是とするのは神様がいるにしろいないにしろ、今の教えはダメだと思う。私たちが広めようとしているのは神様の言葉ではなくて、祖母や母の想いなんだから……」
「別に間違ったことを言っているようには思えないが」
「神の言葉となってしまえば、変更が出来なくなることが問題なの。長く何代も人が暮らしていると、不都合が生まれてくるし、生活環境の変化、それに地質や気象条件も変わってくる。『神の教え』と現実にどうしようもない差異が生じても『神の教え』はその言葉を変えることができない。本物の神様が出て来て最新の教えを上書きしてくれるといいんだけど、そもそも神の教えではないんだし」
ラメールが腕組みをして黙り込んだ。
「リーセ様は本当に神様を信じてないのですか?」
ノノが口元を下げ尋ねてきた。
「わからないけど、人間を御するために神を創りだし世界教団を与えたのは魔王なんだし、その教えに解釈の幅を持たせたのがルセロ教団なんだから世界に救いを与える神はいないと思う。それは想像上の存在でしかないのだから」
「だとすれば、この世界はどのようにして生まれたのでしょう。リーセ様はどのようにしてこの世界にやってきたのでしょう?」
「そういった奇跡の現象を生み出したのが神だというのなら、神はいるんでしょうね。だけど、私たちにはわからないから奇跡に見えるだけで何らかの法則というか説明のつく理由があるはず」
「確かにどんなにお祈りをしても神様は答えてくれません。でもノノはルセロ神様のような優しい神様がいてもいいと思うのです」
「私もそう思う。だけど、心の拠り所にするのはいいけど、現実の助けとして求めてはいけないと思うの。神様がこの場所を見守ってくれないことを前提にこの街を創らなくてはいけない。だから、この街には別の神様を用意する」
ノノの目が見開く。
「別の神様、ですか?」
その時、リーセたちの上空を巨大な影がよぎる。それは巨大化したシルダンの姿だった。リーセたちを乗せて飛行するときよりも大きな姿となっていた。
ルセロ教の信者を運んでくるという話だったので、それだけの人数を乗せるために巨大化したのかと思ったが、その大きさは想像をはるかに凌駕している。
そしてその背中には二つの建物が乗っかっていた。
「く……、空中都市?」
「いや、あれは焦熱の峡谷にあったルセロ教会と隣の館だ! 建物ごと持ってきたのか……」
「どうやって背中に乗せたの? そしてどうやって下ろすつもりなのっ?」
リーセたちは呆然としてその光景を眺め続けた。




