49.天地創造と地獄絵図
リーセたちはシルダンの背中に乗り、平野部の上空を飛行していた。
彼女たちの周りを烏の魔物たちがせわしなく飛び交っている。その一羽がリーセの近くへと飛行してきた。
「まず、この平野部に流れる二本の川のうち一本を東側の山脈の向こう側にある川と合流させる」
「本当に大丈夫なの? 生態系に深刻な影響を与えるかもしれない」
「生態系?」
「ここで生息している生き物たちと、それを取り巻く環境のこと。全ては相互に影響を与えあってこの平野の自然を形成しているの」
「お前は、ここの土壌を変えたいのだろう? なんだったか……粘土質土壌や泥炭土から、黒土とやらに。それに、人が暮らす街を作るのだろう。遅かれ早かれ生態系とやらは破壊される」
「それは私は可能性を言ってみただけなの。本当にこんなことをするなんて思っていなかったの!」
「心配するな。失敗すればもとに戻せばいい」
「やってしまえば、元にもどらない物がたくさんあるの! 山の向こうだって分からないし!」
「小煩い娘め。今更だ!」
烏の魔物はリーセとの会話を無理やり切り上げると、青龍ブラウラッヘの方へと飛んでいってしまった。そして耳元で大声を張り上げている。
ブラウラッヘはシルダンと同じ魔王に仕える四天王の一人だ。
長くうねる蛇のような胴体を持っている。黄金の鬣が頭から尾の先まで伸び、尾の尖端は筆のようなふさふさとした毛並みとなっていた。髪をもたない部分は青い鱗に全身が覆われており、さらには四本のするどい爪を持った手足を持っている。頭部は馬に似ているが、奥深くまで裂けた口には獰猛な肉食獣を思わせる牙を持ち、やはり黄金色の長い龍髯をなびかせていた。深く青いクリスタルのような瞳の上には長いまつげ、さらにその額の上には牡鹿を思わせるような角が生えていた。
なによりもその大きさである。大河を思わせるような長くうねるその体は全容を視界に収めることは難しい。
ブラウラッヘは体をくねらせて空中を縫うように上空へと体を舞い上がらせたあと一気に下降し、東側の山脈に向き合った。
「どうやって飛んでいるのかな?」
「魔力だろ? 俺にはシルダンが飛んでいる理由もわからん」
リーセの言葉にラメールが答える。
ブラウラッヘの体中が青白く発光をしていた。それは輝きを増し、龍の体を覆いつくすと巨大な光球へと変化する。
眼下の森がざわつき揺れた。異変に気がついた動物たちが逃げはじめたのだ。何万羽もの鳥たちが森の中から一斉に飛び立っていく。
「ちょっと! やっぱりなしっ! 中止っ!」
リーセが叫び声を上げるのと、ブラウラッヘから一条の光の束が放たれたのは同時だった。
全ての音をかき消すほどの轟音と共に眩いばかりの光は大地を裂き、そして山を砕き、遥か先まで亀裂を作り上げた。
しばらくすると川の水流がその亀裂に沿って流れ始める。しかし、切り裂かれた場所は高熱を持っているようで激しい蒸気が舞い上がった。さらにはその周辺からも火の手が上がり始めた。
リーセはわなわなと震えながら腰が抜けたようにしりもちをつきそうになる。その体をデンメルングが支えた。
「なかなかの見ものでしたね。四天王の最大出力の魔法はその準備に時間がかかるし、魔力の放出後に無防備になりますからね。戦いの中でも見られない貴重なものです」
「ひ……」
「リーセ様も感動で声が出ないようですね」
「火、も、森が燃える……」
「なるほど、それは困りましたね。さっそく雲竜に火を消してもらいましょう」
デンメルングが顔を上げると、一羽の烏の魔物が心得たと言わんばかりに飛び立っていった。デンメルングと烏の魔物たちは、先ほどのリザードマンとの戦いで仲良くなったそうだ。お互いに多数の怪我人を出したが死者はでなかったという。
「しかし、見事な川になりそうですね」
デンメルングが目を細める。その視線の先には雲竜がいた。
その体は青龍とは異なり、蛇のような体ではなく、恐竜を連想するトカゲや鰐に似た体つきだった。そして、巨大な翼を持っていた。その翼がはためくごとに、上空に霧を集めていく。瞬く間に黒い雨雲となり雷鳴とともに激しく大粒の雨を降らせ始めた。
亀裂に落ちた雨雫は瞬く間に蒸発して靄となってたちこめたが、熱が冷めていくと、亀裂のあとには水が溜まり始める。
「これではダメ」
リーセが叫ぶ。
「なにがダメなんですか?」
「直線すぎる。流れが速くなって、岩や砂が流されやすくなるし、魚や水生生物が生きられなくなる」
「そもそも魚も生き物もさっきの一撃で、みんな死んでしまってますよ。私はまっすぐな方が効率的にみえますけどね……」
デンメルングが自分の顎をなでる。二人の会話を聞いていた烏の魔物がじろりとリーセを睨みつけた。
「わがままな奴め。これだから小娘は……」
「もうちょっと、自然にやさしくして!」
飛び去っていく烏の魔物の背中にリーセは声をかけた。
リーセは先ほどから黙ったままのノノとラメールに視線を送る。二人は特に何をするでもなく、地上で起っている出来事をただ眺めていた。
特にノノは胸元で手を重ね合わせて、じっと動かずに黙り込んでいる。
「ノノは本当に恐ろしいです。このような魔物たちがもしリーセ様に危害を加えようとしたらどうやってお守りをすればいいのか、勇者様に聞いておくべきでした」
「聞いた所でどうにもならないと思うんだけど……」
彼女に言われてヴィルトの姿を思い出すが、彼でもどうしようもないように思えた。
「でも、勇者はどうやって魔王を倒すつもりなんだろう」
「ヴィルトのことは分からないが、竜を倒したという者なら過去にいたぞ。フールハーベントの街で転送装置となった巨大なクリスタルをみただろう。それがその証だ」
ラメールが答える。
「ラメールならどうやって倒すの?」
リーセの言葉にラメールは肩をすくめた。
「わかっていると思うが、俺が対処出来る範囲の上限はとっくに超えている。だから、魔物と揉めごとをおこしても俺に問題解決を求めないでくれ」
「少し卑屈になっているような気がする。ラメールは自分の評価よりももっと凄い人だと思うのだけど」
「こんな光景を見せられた後にそんなことを言っておだてられてもな……」
リーセとラメールの間にノノがずいっと入ってきた。
「ラメール様、ノノもリーセ様を守れるように頑張ります。一緒に頑張りましょう!」
「……何を頑張ればいいのか」
ラメールが再び肩をすくめた時、青龍、雲龍のほかにも数体の竜を連れて烏の魔物が戻ってきた。
巨大な生物に囲まれ、現実感が薄れていくような感じがした。その中の一匹の竜が顔を寄せてくる。一口でシルダンごとかみ砕いてしまいそうな大きさである。
「くねった川の作り方について相談がある」
「自然を壊さないようにして!」
「烏の魔物からお前がそう言っていると聞いたから来た。魔王様が集めた人間の奴隷どもを使う手がある」
「衣食住がきちんと提供されるなら……、でもそうすると膨大な年月がかかりそう」
「そのとおりだ。川の流れを変えることよりも街づくりに注力したい」
「だから、川の流れは竜の力で手早く完成させたいということね」
リーセは腕組みをして空を見上げた。雲竜が呼び寄せた雨雲から雷鳴とともに激しく雨が降り続いている。リーセはシルダンの魔法により雨露から守られているが、この平野には多大な被害をもたらすはずだ。
さらに俯き眉をしかめて考え込む。
時間をかければかけるほど、魔物たちはこの平野の自然を完膚なきまでに破壊していくだろう。リーセの希望を聞いた魔王の指示で集まった者たちだ。しかし、最初からそれを止める術を彼女はもっていなかった。
「わかった。手早く、自然にはなるべく優しくお願いします」
「まかせておけ」
リーセの言葉を聞いて、魔物たちはこれ以上にないくらい邪悪な笑みをこぼした。
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