48.力で支配するということ
街の政庁は円筒状の堅牢な建物だった。
白い漆喰で覆われているが、石で作られたものだと烏の魔物がリーセに説明をする。
「砦のような……」
下層に窓はなく、リーセが見上げていると高い位置に小さな窓が見えた。
「百年前には街の中心部は別の場所にあったようだ。その場所は水害で今は川の底にある」
「ということはこの建物は本当に砦だったのね」
百年前からこの姿をしていたのだろうか。それだけの長い期間、崩れることなく建っていたということは、烏の魔物の言葉通り地震の心配はなさそうだ。
重厚な木製の扉の前には、金属の鎧を着こみ、長い槍を持った衛兵が立っていた。
一見、人間のように見えるが体躯は一回り大きく、緑色の鱗に覆われ、恐竜を思わせるような顔つきであり、長い尻尾を持っていた。
「蜥蜴人だ」
リーセはウーマンでもリザードマンなのか疑問に思ったが。自分もウーマンなのにヒューマンなので黙っておくことにした。
「領主様もリザードマンなのですか?」
「会えばわかるが、そうだ。蜥蜴王エクセシュ様だ」
「王……」
リーセたちは特に衛兵たちに誰何をされることもなく建物の中に入る。そこは天井の高い広いエントランスとなっていた。小さな窓から暗いイメージを想像していたが、魔法石の灯りが点されている。
石畳の床には交互に色違いのタイルがはめ込まれていた。壁も白く清潔感のあるものである。
そして中央付近にはリザードマンの兵士たちに囲まれた一際大きな体を持つ者がいた。その者は深紅のマントを羽織っている。リーセは進み出てぺこりと頭を下げた。
「蜥蜴王エクセシュ様ですね。私はルセロ教会の教主リーセと申します」
エクセシュはするどい目つきでじっとリーセを睨みつける。そして、シルダンに視線を向けた。
「おい、この小娘が本当に……」
その言葉に烏の魔物たちが一斉に殺気だつ。それに応じるようにエクセシュにしたがっていた者たちも一斉に剣を手にした。
「な、何事?」
リーセは訳がわからず周囲を見渡していると、デンメルングにケープの首元を引っ張られて、後方へと下げられた。
彼女を背中に隠すようにデンメルングが立ち位置を変える。
「リーセ様、この塔の上に登って街を眺めてきて頂けますか?」
「え? 放っておいていいの?」
「構いません。エクセシュのシルダンへの口の利き方に烏の魔物たちが怒ったのです」
「あんな些細なことで戦う気なのっ?」
「はい!」
デンメルングの振り回す尻尾の速さとあまりの元気のよさに、リーセは諫めるべき言葉を失ってしまう。いくらシルダンが許可をしたとは言え、リーセだって普通の話し方で語り掛けているのだ。そして、その配下の烏の魔物に対しては気を使った話し方をするというあべこべなことになっている。
どこに彼らの沸点があるのか全く分からなかった。
「ご安心を。この室内の戦いでは烏どもはリザードマンに勝てないでしょう。しかし、この場の者でシルダンに勝てる者はおりません」
「何を安心すればいいのか分からない」
「ささ、リーセ様はそちらの小部屋から屋上へ」
デンメルングがリーセの背中を押した。
「デンメルングはどうするつもりなの?」
「はい。最近実践不足ですので、魔族の基本精神に立ち返り殴り合いを」
「……」
リーセはデンメルングに追い出されるようにして広間の外にだされた。
政庁の屋上は胸壁に囲まれた広い空間となっていた。
リーセとノノ、ラメールは潮風を受けながら周囲に視線を向ける。
展望が開け遠くまで見渡せた。南側の海と北側の平野、その奥に連なる山脈。そしてこれらを縫い合わせるように流れる川。
リーセは平野側に視線を向けてため息をついた。
「みんな魔王の配下なのにどうして戦うんだろう……」
「ここの者たちは魔王の直参かもしれないが、おそらく別の四天王の手下だろう。そしてシルダンは魔王の手下だが、烏の魔物たちはシルダンの手下だ。同じ味方だという意識は薄いんじゃないか?」
リーセの問いにラメールが答える。
「でも、魔王が命令をすればみんな従うんでしょ?」
「人間だって一緒だろ? 別に皇帝が命令したからと言って全ての住民が彼に従うわけじゃない。派閥もあれば、皇帝の存在など意に介さず生きている奴もいるんだ。直接的に影響を及ぼせる人間など限られている」
「国を治めるためにどうやってどこまで皇帝の力を末端まで効かせるか、というより、どこまで皇帝の力を及ぼさせるかということね。魔王の世界では完全な実力の世界だから、力が正義として働く。だから今回のような力の及ばないところでは、純粋な力比べで解決を図る。魔王のお気に入りとか、そこに魔王の好みは入らないのかな?」
ラメールがリーセを見た。
「たいがいは興味がないんじゃないか? でも今回は違うだろ?」
「どういう意味?」
「お前は魔王のお気に入りだろ。力で排除という枠組みの外にいる」
「私には力がない。でも、魔王の孫であり娘だから手出しは出来ないということ?」
ラメールが頷く。
「私はそんな世界は嫌だな……」
「そうか? でも、わかり易さは必要だ」
「力が? でも、武力に頼る世界は、常に敵を必要とする。それは他の利益を奪い取るだけで、本当の進歩や国の発展にはつながらない。必ず別の力によって潰される」
「例えば……」
ラメールが言いかけて空を見上げる。
「たとえば?」
「お前が街を支配することになる」
「今の状況から見れば、その可能性はあるでしょうね」
「何回だ?」
「何が?」
「デンメルングもいなければ、ツヴィーリヒトもこの太陽の下では出てくることはできない。何回殴ればお前が俺のいうことを聞くようになるのか試してみようか?」
ラメールがパキパキと手を鳴らした。
「怖いことを言わないで。ラメールはそんなことをしない」
「どうして言い切れる?」
「しないからしないの! それに、そんなことをする人なら最初から街で拾って自分の家に保護したりなんかしない。わざわざ教会に連れて行ってくれるようなこともしない。私のような子供が不幸になるのは見てられないと言っていた」
「もう俺はお前を子供としては見ていない」
「子供なの!」
「お前が持っているものに興味がなかったからだとすればどうだ? お前が街の支配者となれば話は違ってくる。持つものが大きくなれば、それに見合う力を持たなければならない。まあ、暴力に屈しないと言わないだけましなのかもな」
「ラメール」
「なんだ?」
「ラメールはどんなことがあっても私を殴ったりなんかしないっ」
ラメールはリーセから視線を逸らすと胸壁に手をおいて景色をながめた。
「この場所にするつもりか?」
「この街はダメだと思う。海に近くて凪いでいるのはいいけど、高潮や水害で沈んでしまうのは維持が困難。こんなところにいたら攻められた時に籠城もできない。それこそ城壁が牢屋になる。平野部に流れ込んでいる川の水量が多すぎる。平野は山から運んできた緑を育むための養分を受け取れずに全部海に流してしまってるんじゃないかな。さらには平野の養分まで根こそぎ流してしまっているのかもしれない」
そのとき、デンメルングがシルダンを肩に担いで階段を登ってきた。屋上に出てくると石畳の上にシルダンをおく。彼はのっそのっそと歩いてリーセの前にやってきた。
「別にこの場所から街を好きな場所に移してもいいんだぞ?」
シルダンが言った。デンメルングもシルダンも特にけがをしている様子はない。リーセはほっと息を漏らすが、烏の魔物たちが来る様子はない。
「そんな労働力はありません」
「それに、設計者なら魔王様のもとにたくさんの奴隷がいる。労働力ならリザードマンたちが協力してくれるそうだ。他にも魔王様の手下がいる。好きなように使うとよい」
「でも川から運ばれてくる水の量が多すぎるのです。ずっと水害と戦わなくてはなりませんし、この政庁だって昔は港だったんじゃないんですか? 流されてくる土砂で湾が埋め立てられているのです」
「ならば川の流れを変えればよい」
シルダンがにやりと笑った。
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