46.リーセの想い描く街
リーセたちはフールハーベントの街から魔王の宮殿へと戻ってきていた。
「城塞都市には問題があります」
リーセの言葉に、魔王は骨付きの肉をかじる手を止め、視線を彼女に投げた。
食卓を囲むのは、リーセ、ノノ、ラメール、ツヴィーリヒト、デンメルング、そして魔王である。床には野菜が盛られた皿が置かれており、シルダンがむしゃむしゃと食べている。
リーセは足元にいるシルダンの甲羅を見て、床に直置きされた皿から食べるのが本当に正しいのか、と一瞬考えた。しかし、彼の姿はただの陸亀そのものであり、椅子に座って食事をする光景は想像もつかなかった。
「どんな弱点だ?」
「魔王軍とフールハーベントの街の戦いを見てきました。街は容易に魔王軍に取り囲まれ、籠城しか選択肢がありませんでした。そして城壁だけをた頼りに守備をするのです。攻撃側も城壁の突破、もしくは城壁の外への出入りを一切禁止するという、全ては城壁を頼りにする戦いになります」
「そうはいっても石垣の壁を抜くのは容易ではない」
「でも、それができる存在がいますね」
リーセはパンをかじる。表面が硬く中は柔らかい。城壁を巡る戦いもこれと同じだ。戦いの全てがこの外壁の攻防の一点にかかっていることが問題なのである。攻撃側が城壁にはりついて乗り越えようとするのなら、城壁の造りを工夫すればいいのかもしれない。しかし、バーリルやヨークトゥルのように、守備側の攻撃が届く範囲外から攻撃を受ければ対応のしようがない。
二頭の魔獣のような能力をもった存在は多くない。だが、実際に存在していることも忘れてはならない。そのような存在と戦いにならないようにすることこそ、街の第一の防衛なのだ。
「城壁を挟む戦いは、攻撃側が常に有利な状況で始まるものです。なぜなら、守勢側が戦況の不利を補うために城壁を盾にするのです。城壁の価値は攻撃側に相応の犠牲をもたらすことにあります。攻撃側の継戦の判断は被害を出しても城壁を破壊して侵攻する必要があるかということです」
「今回のフールハーベントの街の戦いはその判断をするまでもなかったな。バーリルとヨークトゥルの攻撃をとめることが出来る者は守備側にいなかった。あのまま街に攻撃を仕掛けていた場合、バーリルとヨークトゥルに城壁を徹底的に破壊させる。破壊した後も、街の中に砲撃を打ち込み続けてもかまわないが、それは面白みがない。守備側が反攻にでないのなら、市街戦になる。誰彼構わずに殺戮を繰り返せば、政庁に籠城することもなく、降伏の使者を送ってきていただろう」
シルダンは淡々と答えると、何事もなかったかのように再び野菜の山に顔を突っ込んだ。リーセはその姿を見てなんとも言えない複雑な気持ちになる。
「そうです。一枚の城壁で運命が決まってしまうのです」
「なるほど。何重にも隔壁を張り巡らせるか?」
「それだとそこで暮らしている者たちの利便性が損なわれてしまいます」
魔王はリーセの言葉に耳をかたむけながらグラスをとった。リーセも喉が乾いたのでエールのグラスをとろうとすると、ノノはサッとワインの入ったグラスを差し出してきた。
今、リーセを酔わせてどうするつもりなのだろうか。リーセは子供だということをわかっていないのだろうか。
しかし、彼女の勧めを断ることは難しい。負担をさせ続けているのだ。これが毒でも飲まなくてはならない。そう思って手を伸ばす。
「おい、いまはやめておけ」
ラメールが声をあげた。その言葉を聞いてリーセはエールを手にした。こちらはアルコールをほとんど感じることはない。
「フールハーベントが生き残るには、魔王様が現状のまま残してもよいという選択をしてもらうことでした。最初から最後まで、街側には選択肢などなかったのです」
「交易に工芸品を選んだのはお前の案なのか?」
リーセは頷く。領主のヘアスレーンや元老院が選ぼうとしたものはオリーブや葡萄酒などの食料だった。量も多く輸送も魔族に頼る必要がある。リーセは量よりも質を提案した。
その後の魔物たちとの宴会は、街の住民にとって悪夢そのものだっただろう。しかし、リーセの提案がなければ、平和など訪れなかったのだ。
「宴会は楽しんだか?」
魔王の言葉にリーセは眉をしかめる。リーセたちがシルダンの住処で催したほのぼのとした雰囲気はなかった。彼女はツヴィーリヒトとデンメルングを連れて、喧嘩を始めようとする者たちを恫喝してまわった。同じ釜の飯を食って仲良くなれるのは同じ価値観、同じ目的を持った者たちに限ったことなのだ。ただ、シルダンと領主の代行であるヘアスレーンが会食ができたのはよかったと思う。シルダンはワインを飲むだけで食事をしなかったということだが、今のように山盛りの草を食べるシルダンを見てもらえば、もっと違う感情が生まれるのにとリーセは思う。
「フールハーベントの街には帝国内部の街との交流があります。今回は魔王軍の動きが速くて援軍を呼ぶ間もありませんでしたが、諸都市や帝国からの相互の援助にて街の活性化や防衛力を高めることができます。ですが、私が街を運営するとなると、それらの関係性のないところから始めなければなりません」
「私が守ってやる」
「最初はそうなるかもしれませんが、やはりまずは自立をしなくてはなりません。そういう条件から、街を選ばせていただきたいのです。それに、信者を連れて行きます。彼らが馴染み、今の住民も受け入れてもらえるのか。これは直ぐに見極めることは難しいとは思いますが」
ナプキンで口元をぬぐいながら魔王が頷いた。
「シルダンよ。リーセに私の属領を見せてやれ。好きな場所を選ばせてやれ」
「ハッ」
シルダンは野菜の山から顔を抜くと瞳を閉じて頭を下げた。その様子をリーセは黙って見つめる。
「気に入らないのか?」
不意に魔王がリーセに言葉を投げた。
「どういう意味でしょうか? 私がシルダンをということでしょうか?」
魔王は頷く。
「先ほどからシルダンに怪訝な眼差しを向けている。気に入らぬなら、この者の頸を刎ねる」
「ひょえっ! 好きですっ。むしろ、一番好きです! 今更、他の魔物をあてがわれても困ります。どうか今のままで!」
食事が終わり、リーセは就寝につく。
しかし、彼女はなかなか寝付くことができなかった。
何度か寝返りをうったあと、彼女は体をおこしてベッドから這い出した。
外の景色を見たかったが、この部屋の壁には窓はなく、壁に描かれた庭園のフレスコ画を眺めるしかない。部屋の中は魔法の灯りに照らされており、夜だということを感じることはできない。
すべてが無機質で不気味に思えた。
「リーセ様、眠れませんか?」
ノノが目をこすりながら起き上がった。この部屋には中央に大きなベッドがあり、その隣にノノ用のベッドが運び込まれている。リーセにはノノにどうしても尋ねたいことがあった。しかし、なかなか言い出すことができず、今もこのまま眠りにつくべきか迷っている。
リーセはゆっくりと拳を握りしめた。
「ノノはいつまで私のことをリーセと呼ぶの?」
彼女は一瞬、小首をかしげ、やがて微笑む。
「ノノはリーセ様をずっとリーセ様と呼びますよ?」
「もうはっきりとわかっているんでしょ? 私がリーセじゃないって。でも、やっぱり元のリーセの方がいいんでしょ? ツヴィーリヒトだってデンメルングだって魔王だってみんな私じゃないほうがいいと思っている」
自分の存在を唯一認めてくれそうなのはラメールぐらいだった。彼だけはこのリーセの体に転移をしてから知り合った者だから。
そう思うと泣きたくなってきた。
「リーセ様はリーセ様ですよ。ずっとお仕え致しますよ」
「嘘。さっきワインを飲ませて、本物のリーセを呼びだそうとした。私だって元のリーセがどうなっているのか、元の自分の体がどうなっているのか全然わからないのに」
ノノはベッドの上で正座をするようにして座りなおした。そして背筋をすっと伸ばし頭をさげた。
「リーセ様。先ほどはノノもなぜそうしたのか分からないのです。どうしようもない衝動だったのです。すぐにリーセ様の呆然としたお顔を見てひどく傷つけてしまったことだけは分かりました。でも、どう言って謝ればいいのか私も悩んでいたのです。どうかお許し下さい」
「許すもなにも、私が間違っているんだから。謝る必要もないっ」
リーセはノノから顔を逸らした。ノノはそっと体を起こす。
「リーセ様。入れ替わりのことはノノにもわかりません。だって、リーセ様にもわからないことなんですから。でもノノは思うのです」
「……」
「リーセ様が、もし今のようになっていなかったら、ルセロ教会は崩壊していたと思うのです。あの教会にいる信者たちや、騙された人々だと言われている街にいる信者たち、みんな路頭に迷うことになっていたと思うのです。だからノノは思うのです」
ノノは深く息をついた。
「あなたは、ルセロ様ではないのですか?」
ノノの言葉にリーセは喉を詰まらせた。しばらくの間二人は沈黙のまま見つめ合った。やがて、リーセはゆっくりと首を振る。
「私は神ではない。この世界とは違う文化と風習をもつ世界の住民なの。なぜこうなっているのか分からないの」
「やっぱり、リーセ様がわからないのでしたらノノにもわかりません。でも、リーセ様にもわからないということは、きっとルセロ神様のおはからいで、お遣わしになられたのでしょうね。このノノ、これからもリーセ様のお側で働かせて頂きたいです」
神なんていないのに。だから自分がやらなければならないんだ。リーセはそう思いながらノノを見つめた。
「私でもいいの?」
「リーセ様。突然勇者様が教会にやってきた夜から、ノノはずっとリーセ様とご一緒したのですよ。一緒に泣きましたし、一緒に怖い思いもしました。熱を出した夜はずっと守ってくださいました。そして一緒に魔王様の宮殿まで来てしまいました。ノノはルセロ様が遣わしたリーセ様のことも大好きなんです。どちらのリーセ様がいいのかなんて本当はノノにもわからないのです。でも、いまのリーセ様はご立派でノノがいつまでもご一緒していいのか、わからないんです」
「ノノ……」
「だけど、ノノはこれからもリーセ様とご一緒したいのです」
ノノが再び深々と頭を下げた。
リーセはその背中をそっと抱いた。暖かい背中だった。
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