45.街を眺める二人
会議室を出たリーセとヴィルトは衛兵の案内により控室へと向かう。
その途中、建物の中から外を一望できるテラスの横を通りがかった。
リーセは立ち止まって外の光景を眺める。
政庁は他の建物よりも高い場所にあり、市街の様子がよく見渡せた。そして街を包むように煉瓦の城壁が見える。
ここからでは見えないが、城壁の上に立つ兵士からは魔物たちの群れがみえているだろう。
その軍団を指揮している四天王のシルダンはただの陸亀にしか見えないが、本当に魔獣バーリルやヨークトゥルよりも強いのだろうか。
そもそも、リーセには魔物たちや勇者一行の実力がどれほどのものなのか、想像もつかなかった。
たしかに魔王は強いのだろう。その配下にいる四天王はその次に強いのだろうと思っていたが、魔王を守る竜たちの方が強いようなことをシルダンが語っていた。
またツヴィーリヒトは彼一人だと、勇者一行の半分を倒せると語っていた。デンメルングは先ほど勇者一行を前にしても全く臆する様子はなかった。しかし、そんな二人でもバーリルやヨークトゥルには勝てないのではないだろうか。シルダンとの競争の前に見せた山をも破壊する彼らの炎と氷の攻撃が目に焼き付いている。彼らは黙っているだけで本当は魔王よりも強いのではないだろうか。
リーセが廊下に視線を戻そうとしたとき、ヴィルトが彼女の隣に並んで同じように街を眺めていたので驚いて後ずさる。
「お前は本当にこの街を守るために来たのか」
陽光に反射する銀色の甲冑に身を包み、そしてひらめくマントを羽織っている。風が蒼い髪をなで、彼は前髪を押さえた。
「何度も言いますが私は仲裁に来たのです。この街が本当に守れるかは、魔族たちとこの街の人たちの決断にあります」
「俺は……」
ヴィルトは拳を握りしめて城壁を睨みつける。その向こう側にいる魔物たちを見ているのだろうか。
「俺はお前のような悪を見過ごすことはできない。そして、魔物を討ち払うために教会に赴きこの剣を授かった」
彼から向けられる冷たい眼差しを受けてリーセはため息をつく。結局、彼はリーセのことを魔物と同じ討ち払うべき敵としか見ていないのだ。
「この街の教会ですか?」
「帝都にある世界教団の総本山となる大聖堂だ」
ヴィルトが顔を上げる。相変わらずの青空だ。リーセはこの世界に来てから雨を見たことがない。
「本当におひとりで魔王を倒すつもりですか?」
「……お前、知らないのか? 勇者は私一人ではない」
「え? 勇者はヴィルト様お一人いれば十分だと思っていました!」
リーセはこんな一本気で融通の利かない者たちが何人もいるのかと思うとぞっとした。
「勇者の試練を受ける必要がある。それに合格した者のみが勇者となれる」
「そんな……、ヴィルト様のような者が何人もいるのですか」
「勇者の試練の失敗は死だ。だから、幾人もいない」
ヴィルトが口元を微かに釣り上げた。彼の自然な笑みを初めて見た気がした。
「勇者様は外の魔物を討ち払わないのですか?」
「俺だって今の自分の実力くらいは知っている。お前のいう通りだ。炎の魔獣を倒したところで、この街の運命は変わらない」
だからと言って、城壁の内側にいるのはどうなのだろうとリーセは考える。市民たちからの信望が薄れるのではないだろうか。
リーセとの決闘の件もあると考えたところで首を振る。あの決闘があったから、ヴィルトは戦いの最前線に立つことがゆるされず、このような場所でくすぶっているのだろうか。
そう思うと少し可愛そうな気もした。しかし、彼のおかげで、みんなの前で裸になることになったし、今日も肩の脱臼をさせられたのだ。
「ヴィルト様。和解をしませんか?」
「魔王とか? 馬鹿なことを」
「そうは言っても向こうはなんとも思っていないでしょう。四天王の配下の魔物さえ倒すこともできずに私を相手にこうしているんですから」
ヴィルトの目がすっとほそめられた。
「お前、また痛めつけられたいのか?」
「私は魔王と和解しろと言っているんではないんです。私と和解をしませんか?」
「はっ、バカな。何のためだ? お前が自分の罪から逃れたいからそう言っているんだろう?」
「ヴィルト様こそ愚かですね。私には二匹の魔族を従えています。その力はご存じなのでしょう。考えてもみてください。そもそも、今の私はあなたの暴力に屈する必要などないのです」
「ならば何故、俺と戦わない。俺から逃げる?」
「私は力の限界を知っています。ヴィルト様を倒したとしましょう。そうすると、もっと力の強い者と立ち会わなくてはならなくなるのです。一人ならまだいいでしょう。逃げればいいのですから。しかし、数を増やし闇に紛れられるとどうすることもできません。それならば、手を取り合ったほうがいいと思いませんか?」
「手を取り合ってどうする? お前が痛めつけてきた信者はどうする?」
「今は申すわけにはいきませんが、その算段はつけています。私は私のやりかたで救済をするつもりです。しかし、それにはフールハーベントの街と魔王軍の仲裁をしなくてはならないのです」
リーセたちが魔王に与えられた領地に移り住むと、今のルセロ教会には魔王軍が占領することになる。そうなると、結局、街と魔王軍の対立の構造は深まっていく。立ち去る前に双方が共存する道筋をつけておきたい。
信者の救済だって、ルセロ教会が喜捨に頼らず自立できる経済基盤を手にすることができれば勇者の手を借りる必要はない。
その二つを阻害する勇者の存在はリーセにとって害悪でしかなかった。害悪と言えばリーセが魔王の娘であるということもある。魔物たちはこのことを知っているから、リーセに手出しをすることはない。しかし、常に魔王の加護の下にいるということは、魔王の死と共に彼女の基盤は失われる。リーセはどう考えてもただの人間だ。彼女に魔王にとってかわる力はない。そのことを知らずに魔王との交渉に出向いてしまい、領土を貰えることになったが、今後は魔王と対等の関係を目指さなくてはならない。
「お前はここに攻めてきている四天王の姿をみたのか?」
不意にヴィルトに尋ねられリーセは答えに詰まるものの頷く。
「俺は勝てると思うか?」
「私は戦いましたが、勝てませんでした。人間では勝てないと思います」
「戦ったのか?」
リーセは頷く。ヴィルトは武器で戦ったかと聞いているのだ。リーセもわかっていたが、誤解を正すことは面倒くさいので黙っておくことにした。斬りつけることができれば勝てるのかもしれないが、飛ばれてしまっては彼にはどうすることもできないだろう。
「四天王の姿を言ってみろ」
「陸亀です」
ヴィルトが目を見開いた。驚いているのだろうが、それは彼がシルダンの正体を知っているのか、リーセがその正体を言い当てたことなのか分からなかった。どちらにしろ、彼はシルダンには勝てないのだ。
「そんなことは、どうでもよくないですか。私はヴィルト様と仲良くしたいのです」
ヴィルトにまじまじと見つめられる。リーセは恥ずかしくなって視線をそらした。その先にはノノとラメール、そして勇者一行のメンバーがいた。二人が戻ってきていので、また争っているのかと心配をして様子を見に来たのであろう。
「勇者様、ヘアスレーン様が私の案を受け入れたとき、絶対に不意打ちで四天王を討とうとなんて考えないで下さいね!」
そういってリーセはノノたちのもとに駆け寄っていった。
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