43.勇者一行との再会
二人組の衛兵の後ろをノノ、リーセ、ラメールと並んで歩く。
城壁の周辺は兵士たちの激しい喧騒があったが、街の中央へ進むと人影は消え、静まり返っていた。家の中にこもっているのか、避難場所に逃げたのかわからない。
魔王軍に包囲され、先ほどまで炎の魔獣バーリルの砲撃を受けていたのだ。住民の多くは生きた心地がしていないだろう。
ノノはキョロキョロと視線を動かしながら歩いている。
「リーセ様、やっぱり街ってすごいですね。こんなに大きなものを人が作ったのですよね」
「ノノはあまり街に来たことがないのよね?」
「はい。このあいだ、リーセ様のお供でこの街に来たのが初めてです」
リーセは枢機卿たちに軟禁されていたのだから、彼女の生活範囲も教会の中で完結していたのだろう。しかし、そうなると、彼女はどこからやってきてリーセに仕えるようになったのだろうかという疑問が浮かび上がってくる。教会で暮らしている人なら、彼女の親がいてもいいはずだ。
「ノノはどうやってあの教会にやってきたの?」
「実はノノにも分からないのですが、リーセ様のお母様がリーセ様の為に連れてきたそうです。物心がついたときにはすでにルセロ教会にいました」
リーセの父親が魔王だとすると、彼の所へ連れてこられた捕虜か、それとも、彼の下で働いている奴隷の子どもなのだろうか。
考えを巡らせていたリーセだったが、不意に視線の先に六人組の武装した一団が立ちふさがった。先頭に立つ男の燃えるような蒼い髪と瞳を見て、彼女は息を呑む。
リーセは思わず錫杖の水晶で顔を隠そうとしたが、彼らはすでにこちらに気がついているのだ。仕方がないので、リーセは気がつかないふりをして、さりげなく口笛を吹く素振りで彼らの横を通り抜けようと試みる。
しかし、衛兵が彼らの横を通り過ぎたところで、道を塞ぐように立ちはだかった。
「待て。お前、何の目的でこの街に来た?」
鋭い声で尋ねられて、思わず身を縮ませる。
「これは勇者ヴィルト様。ご機嫌麗しゅう……」
リーセは貴族風に微笑みながらその場をやり過ごそうとしたが、彼の手が彼女の腕を掴んだ。
「痛っ!」
背中の方へと捩じ上げられる。そのまま力強く壁に押し付けられた。
それを見たラメールがリーセからヴィルトを引きはがそうと近づいてくるが、ビキニ姿の女剣士が間に入る。そして盗賊風の男が彼の首筋に短剣をあてた。
一方、ノノもリーセを救おうと向かうが、ヴィルトは空いている方の手で彼女を突き飛ばした。
「キャ!」
ノノが倒れ、しりもちをついた。その彼女の前に山塊のような肉体の戦士が立ちふさがる。
「ノノっ! ラメールっ! 二人に何をするのですか! やめっ……」
リーセが叫び声を上げようとしたが、腕をさらに強く捩じ上げられ、声に詰まった。
助けを求めて衛兵に視線を送るが、彼らは無表情のまま目を逸らし、無関心を装っている。
「ローフェル枢機卿がお前の教会を引き取りに向かっただろう?」
「ロ、ローフェル枢機卿……?」
「お前が追い返した世界教団の枢機卿だ」
「あ、当たり前です。私は勇者様にルセロ教会の信者の救済をお願いしたのです。勇者様以外の者を信用することなどできません」
「くだらない理屈をっ」
ヴィルトにさらに腕をしめ上げられ、リーセの表情が苦痛に歪んでいく。
「それで、今度は何をしにきた?」
「私はこの街が魔物に襲われていると聞いたからその仲裁に来ただけです!」
「お前にそんなことが出来るのか?」
リーセの腕が限界まで締め上げられる。痛みに思考が奪われそうになったとき、ふと倒れているノノの様子が目に映った。
彼女は立ち上がってリーセに駆け寄ろうとするたびに、戦士に小突かれて地面に転がされる。
そしてラメールは女剣士と盗賊風情の男に剣を突き付けられて動きを封じられている。
「勇者様こそ、ここで何をしているのですか?」
「何だと?」
「勇者様こそ、この街で何をしているのですか? 魔物に怯えるなんてこともないでしょう。城壁の影に隠れているだけとは思えませんが……ッ!」
くぐもった鈍い音が響いた。リーセの肩がだらりと垂れ下がる。肩が抜けたのだ。激しい痛みに堪えながら、リーセはヴィルトから逃れる。
そして、脱臼した腕をかばいながら、もう片方の手で錫杖をしっかりと握り直すと、一歩後ろへ下がり、ヴィルトを鋭い目で見据えた。
「以前とは少し雰囲気が異なっているな? 付け焼刃の魔法でも使う気か?」
ヴィルトは口元を歪めて笑みを作ると、剣を抜きはなった。その刀身からは青白い炎のようなオーラが揺らめいていた。
「勇者様。私たちが戦っている場合ではないのです。私の交渉が失敗すれば、魔物たちは行動を再開するのです。そうなれば多くの死者がでるのです。勇者様はご自身の命のほか、幾つかの命を救えても、全ての人を救うことはできないでしょう?」
「お前にはそれが出来るというのか?」
「私は人間と魔族の調和をかかげるルセロ教会の教主です。あなたが剣を振るうのは私とフールハーベントの街の領主様との話し合いが終わった後でもいいはずです。どうか剣をおさめてください」
「信じろと? 円形闘技場での出来事で俺をハメたことを忘れていないぞ」
ヴィルトがリーセを睨みつける。
「ヴィルト。よく聞け。今のこの街の状況を一番把握しているのは、そこにいるリーセだ」
ラメールが眉間に皺をよせてため息をつくと、両手をあげてリーセのほうへ向かって歩き始めた。彼に剣を向ける女戦士と盗賊風の男の剣が微かに動き、彼の首から血が流れ落ちる。しかし、彼はそれに臆することもなく歩き続け、リーセとヴィルトとの間に割って入る。彼を止めていた二人は彼を追いかけようとしなかった。
そしてリーセの脱臼したほうの腕にふれた。
「傷むか?」
リーセは小さくうなずいた。
「ごめんなさい……。誰も傷つけないようにするつもりだったのに。ノノも、ラメールも……私のせいで……」
「俺はかすり傷だ。でも、お前は痛むだろう」
「でも、私は……」
リーセもまた、ラメールの首筋にある傷にふれようとした。しかし、腕は上がらずに痛みで小さな声が漏れただけだった。
「バカな奴め。こんなガキに守られるつもりなんてねーよ」
ラメールが笑った。白い歯が眩く思え、リーセも少し安心して笑みをこぼすと、その口の中に布切れが押し込まれた。
「んご? んごんんごうんご?」
ラメールは彼女の肩をじっと観察すると、軽く触れて具合を確かめた。
「じっとしていろ、少しだけ痛むぞ」
彼は脱臼した肩を抑え、腕を軽く持ち上げて角度を調整した。リーセは痛みで悲鳴をあげたが、口に入れられた布切れのせいでくぐもった声が漏れるだけだった。
「いくぞ、力を抜け」
リーセが頷く間もなく、肩を素早く押し込む音が小さく鳴り響いた。
「ッ……うぐんんんっ!」
激しい痛みにリーセの体が震えた。
「終わったぞ。動かしてみろ」
リーセは戸惑いながら腕をゆっくりと動かし、驚いた顔でラメールを見た。
痛みが大幅に和らいでいたのだ。
「荒療治だが、これでしばらくは持つはずだ。あとで、ツヴィーリヒトに魔法でなおしてもらえ」
「う、うん……」
ラメールはリーセが頷くのを確認すると、ヴィルトへと視線をむけた。
その隙にリーセはノノのもとへ駆け寄り、優しく彼女を抱き起こした。ラメールも加わり、三人でヴィルトに向き直る。
「お前たちは街の外を囲っている魔物たちがどういう連中なのか知っているのか?」
ヴィルトは剣を抜き放ったままだが剣先をリーセたちに向けることはなかった。
「はい。少なくとも勇者様よりはずっと。この街を襲撃する原因も知っています」
「なんだというのだ?」
「勇者様。時間はありません。私たちを領主様のもとに行かせてください」
リーセの目的は魔物たちを撃退することではなく、調停をすることだ。ヴィルトと話をしたところで問題は解決するどころか、さらに複雑で泥沼のような状況に陥るだけである。
「まて。あの魔物の群れの中に超越した力を持っているものがいる。答えてみろ」
「街を攻撃しているのは炎の魔獣、その反対側には氷の魔獣……、そして四天王の一人」
「四天王の一人だと?」
目を見開くヴィルトにリーセは頷いた。
「微弱な力となっているが吸血鬼もいるな?」
力が弱まっているのは、彼が蝙蝠の姿になっているせいだろうか。リーセは頷いた。
「ツヴィーリヒトは私の付き添いで来ただけ。あなたたちに敵対するためじゃない」
勇者一行はお互いに視線を送りあった。そしてヴィルトが頷く。
「いいだろう。だが、俺たちも同行させてもらう。お前たちが街の利益にならないと分かればこの手で斬り伏せさせてもらう。今回は躊躇しない」
「勇者様。あなたこそ忘れないで。私が死んだ時点で街への攻撃が再開される。そして、今度は誰も止めることができないことを。あなたにそれをとめる力があるのなら、それでもいい。だけど、できないのなら、私に協力して!」
リーセが衛兵に視線を向けると彼らは歩き始めた。
ヴィルトたちも彼らに会わせて歩き始める。その背中を見つめた。
「勇者様。もう一つだけ。ここにいるノノとラメールには絶対に暴力を振るわないで。次にあなたたちがこの二人に手を上げた時は絶対に許さない」
リーセの言葉をうけてヴィルトが笑った。
「別にお前から赦しを得る必要があるとは思えないな。手を上げた場合はどうする?」
リーセは錫杖を掲げた。そして、心の中でデンメルングの名を呼んだ。
しかし何も起こらなかった。リーセは動かないまま頬だけ赤く染めていった。
ヴィルトは肩をすくめると歩き始める。
恥ずかしさを紛らわせるように、リーセは錫杖を思い切り振り回した。さらに逆さにして上下に何度も振ってみた。しかしなにも起こらなかった。やはり、デンメルングはあの時を最後に二度と姿を見せてくれないのではないだろうか。
そう思うとものすごく哀しくなった。
「助けて、デンメルング……」
呟いた時だった。彼女の前に人狼が姿を現わした。
「リーセ様、私をお呼びで?」
「ひょ、ひょええっ!」
突然姿を現わしたデンメルングを見てリーセはしりもちをついた。勇者一行も彼の姿を見て一斉に獲物を手をした。
「どうしてこんな魔物が街の中に!」
「なるほど、こいつらを片付けてほしいのですね」
勇者一行に向かってデンメルングは牙を剥き不敵な笑顔を向けた。少し前なら売り言葉に買い言葉でヴィルトへの牽制になったが、今はタイミングが悪すぎた。
「ま、待って! なし、これはなし。デンメルング! 錫杖に戻って!」
「えーっ、呼ばれたからには、こんな奴ら一瞬で倒してみせますよ!」
「ダメダメダメ、暴力はダメ! 話がまとまったところなの! だから今は錫杖に戻って!」
デンメルングは気まずそうに頭を掻きながら、錫杖の水晶に戻っていった。
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