42.フールハーベントの危機
数か月ぶりのフールハーベントの街は、様相を一変させていた。
シルダンの背に乗って街に到着したときは、既にシルダンの配下の魔獣、炎の化身のバーリルと氷の化身であるヨークトゥルに率いられた魔物たちに街を取り囲まれていた。
街の外に広がっていた牧草地帯には無数の焼け跡が残っている。また入り口にあったクリスタルのオベリスクは既に破壊されていた。
そして今はバーリルが炎を吐き城壁へと浴びせかけていた。
「バーリルの炎は山をも砕いていたけど……」
「街の城壁には物理的な攻撃を防ぐための石壁と、魔法攻撃や魔物の侵入を防ぐための結界魔法を施している。どちらも限界を超える衝撃を受ければ砕け散るのは同じだ」
リーセの呟きにラメールが答える。
バーリルは咆哮とともに、その体の数倍はあろうかという炎の塊を打ち出す。その塊は熱で周囲のものを溶かすほどの熱量を持っており、それは大地さえもえぐり取った。それが城壁に到達すると凄まじい轟音をあげて砕け散る。炎の粉が舞い上がり周囲に降り注ぐ。
その粉はリーセたちの元にも飛んできて、慌てたリーセは逃げ出そうとしたが、シルダンの作り上げた結界により防がれる。
街へも大量の火の粉を浴びているが結界魔法により防がれているようだった。
しかし、街の住民たちは生きた心地などしていないはずだ。
「こんなのを何度も食らえば、いずれ結界魔法は砕け散る」
ラメールが口角をさげ硬い表情になって呟く。
「攻撃をやめよ」
シルダンが声を絞り出すと、魔物たちは静まり彼に向き直った。その隊列はまばらでとても統制がとれているように思えなかったが、シルダンの言葉は絶対的な力を持っているようだった。
リーセたちを魔王の宮殿からこの地へと運んできた時の巨大なシルエットではない。ただの少し大きめの陸亀の姿だけに違和感を覚える。バーリルやヨークトゥルの方がよっぽど強そうであった。
「今からこの者が街へ入り、領主と交渉をする」
「えっ? 私が街の中へ?」
「お前が、街の領主と和平の交渉をすると魔王様から聞いているが?」
「ここに呼びつけて話をするのだと思っていた」
「白旗を持った者が出てくるまで攻撃を続けさせるか? 相当な被害者が出ると思うが?」
「……」
このまま街の中に入っていっても小娘の話など聞いてもらえないような気がした。
「デンメルングは水晶の中に入っていてもらえる?」
「仰せのままに」
人狼がふっと消える。しかし、錫杖の水晶は何の変化もなかった。
本当に入っているのだろうか。デンメルングは助けて欲しい時に出てきてくれるのだろうか。よく考えればデンメルングを呼びだす方法をしらない。彼を呼びだしたのは元のリーセだった。そして彼はリーセが襲われていた時に現れてはくれなかった。何かの手続きが必要なはずである。
これが今生の別れとなるかもしれない。
ふとツヴィーリヒトなら呼びだす方法を知っている可能性があると思いついた。
「キキッ」
鳥かごの中から声がした。
とりあえず彼はおいて行くしかない。そう思いながら布で覆った鳥かごを見つめているとラメールに肩を叩かれた。
「何をしているんだ? 早く行こう」
「も、もしかして、ついてきてくれるの?」
「当たり前だ。こんな状況でガキを一人で行かせられるか! それにお前は……」
「ラメール……」
「だが、俺にできるのは付き添うだけだ。交渉はお前にしかできない」
「うん。わかっている」
すこしほっこりとしたリーセは小さく頷いた。
「もちろん、このノノもついていきます!」
ノノが鼻息荒く腕まくりをした。リーセとしては彼女をおいて行きたかったが、魔物の群れの中に残して行くのも心配だった。
ノノとラメールは何があっても守らなくてはならない。
「わかった。じゃあ、この街を出た時と同じ、この三人で城門をくぐろう」
リーセの言葉に、二人が頷いた。
三人が城門の前に立つとその脇にある門塔の上から衛兵が顔を出す。
「何者だ?」
「ルセロ教会の教主リーセと申します。魔王軍とフールハーベントの街の戦いの仲裁に参りました」
「お前のような小娘に何ができるというのだ?」
「魔物の攻撃が止んだでしょう? 信じられないのなら私は戻ります。そしてこの城門が破壊されたときにまた訪ねてきます」
そう答えるとリーセは踵を返した。
「待て! 本当に街を救えるというのか?」
「救うとは申しません。しかし、この戦闘を止めることはできます」
しばらくすると門塔から縄梯子がおろされた。
「門を開けてくれればいいのに……、怖いんだけど!」
「容易に開けられないようにしてるんだろ」
ロープの心細さもあるが、登っている姿をラメールに下から見られるのが恥ずかしいのだ。かといって下で見張っていてもらわないと落ちた時が怖い。
それにしても、円形闘技場で裸になったのだから、ラメールは当然見ているはずだし、街の人たちもなんなら全員見ているのだ。今更恥ずかしがるものではないのかもしれないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
彼女たちが門塔を降りて街の中へ入ると、たちまち衛兵たちに囲まれた。
まだ、街の権力者はリーセの言葉をどう受け取るのか判断ができていないようだ。彼女たちはその場で待たされることになった。
門の裏側を見るとラメールの言った通り石材などで完全に塞がれて通行できないようになっている。リーセはそれをじっと眺める。
「気になることでもあるのか?」
「魔王様は私の父であり、祖父であるといったけど、私は魔族の制約を受けずに街の中へと入れるのかと思って……」
転移で精神が入れ替わっていることと関係があるのだろうか。そう考えているとノノがずいっと顔を寄せてきた。
「それは魔王様がウソをついているんです! リーセ様は天子様のお導きによりお生まれになったのです!」
ノノが話すリーセ伝説はとても真実だと思えない内容ばかりで、信じられるものではないと考えていた。しかし、過剰に美化が行われているだけで、妄想を語っている訳ではないということもわかり始めている。ある日、天使が母親の元に訪れて、リーセをお腹の中に押し込んで帰っていったという話も本当なのかもしれない。
リーセは素早く首をふる。この話についてはノノが直接見た訳ではないのだ。きっとノノは騙されているのだ。
そうしていると、伝令が衛兵たちのもとへ駆けて来る。
「領主様がお前たちの面会を認めるようだ」
「そう。それはよかった」
リーセは微笑むと彼らの後をついて歩き始めた。
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