41.植民地をおひとつ
「それは、私の雷撃の影響かもしれないな」
スープをすすりながら魔王は言った。
少し背中をまるめスプーンを口の中へと運ぶ仕草に、彼の威厳が少しずつ薄れていくような気がした。
そもそも、彼は父であり祖父なのだ。なにも遠慮をする必要はなかった。
しかし、リーセは魔法を使えるようになって、微かにだが魔王を包む魔力のオーラのようなものが見えるようになった。それはこの場にいる者たちを圧倒していた。
「私はリーセからお前を引きはがそうとした。それは失敗に終わったが、昨夜の酔っぱらったリーセは本物のリーセだった。魔法が使えるようになったのも、お前の精神とリーセの精神が交じり合ったせいだろう」
酒を飲んだ後のリーセは元の人格に戻っていたということだった。つまりデンメルングの語った新たなリーセ伝説は自分の所業ではなかったのだ。しかし、元のリーセちゃんは年齢の割には行動が少し幼すぎではないだろうか。それはほかならぬ魔王のせいではないだろうか。リーセは首を傾げる。
「もう何度かあの雷撃のような魔法を使えば元に戻るのでは?」
「その前にその体は衝撃に耐えられず朽ちるだろう」
「魔王様は、やはり私に出て行ってもらいたいとお考えですか?」
「いや……」
魔王は言葉を濁したまま答えなかった。彼の意思でリーセの運命が決まるのだ。あいまいな態度をとらないで欲しいと思う。
そう考えながら、昨夜の酔っぱらっていた時のことを考える。その間の自分は何処にいたのだろうか。そして、本当のリーセは、今、何処にいるのだろうか。それを思うと落ち着かない気持ちになる。
そして、魔法が使えるようになっても味方が傷つくのなら、危ないので使えない方がいいような気がした。なんとも不便な感じがする。
それにしても、ツヴィーリヒトは今でも光魔法を放って彼が消えるかどうか試す前のリーセの方がいいと思っているのだろうか。それを考えると少し腹が立った。デンメルングだって自慢の毛をむしるリーセより、そんなことを思いもしないリーセの方がいいと思うのではないだろうか。
あとはノノの感情も心配だ。昨夜、本物のリーセを見たはずだ。今のリーセをどう思っているのか、分からない。ただ、今朝の彼女の態度は今までと全く変わらなかった。それがかえって気になってしまう。
リーセはスープを口に運ぶ。スープは白い色をしていた。
「牛乳を使ったものですよ」
ノノがそう言って微笑んだ。
とろみのあるスープと肉を一緒に口の中へと運ぶ。クリーミーで塩味が効いていた。そして、よく煮込まれたやわらかい肉だった。
彼女は食卓を見渡す。ツヴィーリヒトもまたスープをすすっている。先ほどの食事では満足しなかったのだろうか。彼の胃袋はどうなっているのだろうか。その隣にはデンメルングが並んでいる。同じようにスプーンを使って食事をしているが、狼の口では食べづらくないのだろうか。
そう思っていると、彼は長い舌で口の周りをぺろりと拭った。
さらにその隣のラメールに視線を送ると、パンにかぶりついていた。彼は昨夜のリーセを見ただろうか。そして、どう思っただろうか。少なくとも彼と一緒に行動をしてきたのは本物のリーセではない。理屈をこねたくない。彼だけは今のリーセに協力をしてくれているのである。彼だけにはどんなことがあっても味方であって欲しいと思った。
「口に合わなかったのか? なにをそんなにしょげた顔をしているんだ?」
気がつくとラメールはパンを皿の上に戻していた。
「え? そんな顔をしているつもりはないけど。ただこのスープの具材が気になって」
リーセは誤魔化そうとして、パンを掴んでスープを掬うようにして塗りたくる。だが、ラメールの視線は外れなかった。
「それで、お前に植民地の一つを与える話だが」
魔王が言った。
「へ? 私がそんなものを受け取ってどうするんですか?」
ラメールの視線から逃れるため、渡りに船と思いその話題に飛びつこうとしたが、あまりにも突拍子もないことだったので、理解が追いつかなかった。
「昨夜、お前が任せておけといっただろう」
「ええええっ!」
周囲を見渡すが、誰もが頷いている。どうやら本当にリーセはそう答えたらしい。
「いまさら何を驚いているのかわからんが、好きな場所を選べ。視察をしたいのなら、シルダンに言え。改修が必要なら、それにも手を貸してやろう」
「シルダンはまだこの地にいるのですか?」
「ああ。外の庭で石竜と戯れているはずだ」
シルダンが残っていると聞いてリーセは胸をなでおろす。この場所から歩いて帰らなくてすみそうだった。頼めば教会まで送ってくれるだろう。
しかし、どうしてこの場所にいるのに、魔王と一緒に食事をしないのか。
「植民地の場所が気に入らなければ、お前の統治したい街を捜してきてもいい。攻め取ってやる」
「いえいえいえいえいえ! 放伐ではなく禅譲してもらえる場所で」
リーセは慌てて手を振った。
魔王は顎鬚に手を添えてなでる。
「それは属領でも難しいかもしれないな」
「え? 魔王様の命令で統治を任されているんじゃ……」
「人間社会でも同じだろう。誰もが掟に従順ではない」
数多の人間や魔族が暮らしているのだ。生活環境も違えば、生きることに対する考えも違うだろう。魔王の言葉はもっともだと思った。しかし、この宮殿にいる奴隷となった人々はどうなのだろう。一言も話すことが出来ず魔王の意のままに働かされている。そして魔族たちは石像となって魔王の下知を待っているのである。
魔王の言葉と行動には随分と差があるように思えた。
「フールハーベントの街でもよいぞ。かの街を攻め取るようにすでにシルダンに命令を下している」
「な! どうして……」
「ルセロ教会は私の領土にある。そこを乗っ取ろうとしているのだ」
「そんな……」
思わずラメールと顔を見合わせる。
「ここにいるラメールさんはその街の住民なのです。彼の知人が多く暮らしています。それに想い人のシェラさんだって……」
「おいっ! 俺はババアの貸し部屋で暮らしていただけだ。恩人ではあるが想い人ではない」
思わずラメールと顔を見合わせる。
「それでも、戦禍に巻き込まれれば困るのでは?」
「困るというか、仲間が戦いに巻き込まれるのは見ていられない」
ラメールがフールハーベントの街側について戦うとか言い出しそうに思えた。それに、シルダンに命令を下したということは、彼の配下が街に攻め込むということだ。一緒に宴会を開いた仲なのだ。誰かが傷を負ったり命を落とす姿を想像したくなかった。
それに少なくともその均衡を保ってきたのはリーセの母と祖母なのである。
リーセは魔王に向き直った。
「魔王様、その考えを取り下げるというのは」
「ない」
即答だった。
「例えば、フールハーベントの街に二度と魔王領へ攻め込まないと約束をとりつけることができたのであれば?」
「お前がその約束を取り付けて来るというのであれば、聞いてやってもよい」
魔王が口元を歪めて笑った。
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