36.魔王の棲む場所へ
その夜は飲めや歌えやの大宴会だった。
よくわからない料理が次々と登場する。そしてよくわからないまま食べた。
香辛料が効きすぎているのか辛い味付けのものが多く、リーセの舌の感覚はすぐになくなったが、遠慮をすることは憚られたので我慢をして食べた。
しかし、ちょうどラメールの体ぐらいの肉の塊を串に巻きつけた肉料理が登場したときは、リーセは蒼白になって逃げ出した。
人肉としか思えなかったからだ。しかし、周囲は魔物だらけで逃げられなかった。リーセはすぐに腕を掴まれ、地面に組み伏せられた。
その魔物は料理人のような格好をした骸骨だった。ケバブ包丁をもっていた。
「お前たちの為に作ったんだぞ! 食え」
「あなたの肉なんでしょ! 人の肉は無理!」
「アホ! 俺はこの体になって一〇〇年は生きているんだ。肉体などとっくの昔に失ったわ!」
「生きてはいないでしょ? 早く成仏してください!」
バタバタと暴れ続けるリーセを押さえつけながら、骸骨は困ったように頬をかいた。
「ややこしいことを言うな。それにこれは人肉じゃない。山羊の肉だ」
「ひぃぃぃーっ! イプシロン! ソユーズ! アリアン! ついさっきまで元気だったのにっ」
「だから、お前たちを歓迎してると言っているだろ。人肉やお前の仲間の肉じゃねぇ!」
骸骨はすっと肉を削りとるとリーセの口元に突き付ける。
「本当に大丈夫? 食べた後に『こいつ人肉食った』とか『仲間の肉を食った』とか言って笑いものにしない?」
「まあ、生前はそういうことをやりまくった。しかし、この体になってからは心を入れ替えて魔界の調理師として頑張っているんだ」
「心なんてどこにあるの? それに歯しかないでしょ。どうやって味見をしているの? そもそもどうやって喋っているの!」
「お前は黙って食いやがれ!」
リーセは押さえつけられたまま、口元に差し出された肉をおずおずと食べる。
肉汁とともに香辛料が口の中にふわっと広がった。
「柔らかい。それに、あまり辛くない。おいしい……」
リーセの言葉に骸骨が満足そうに頷く。
「そうだろう。飼育している若い山羊の肉を使ったんだ。下処理が遅れると肉が不味くなるからな。お前を見て香辛料を決めたから、もう少し時間が欲しかったが……」
リーセはようやく解放され、骸骨に押し付けられた山盛りになった肉の皿を持ってノノたちのいる場所へ向かう。彼女たちは串から切り落とした肉に野菜やピクルスを乗せてタレをかけて食べていた。
「リーセ様は本当に誰とでも仲良くなりますね。私は……」
さすがのノノも骸骨は怖いようだ。ラメールも顔を引きつらせていたが、味には満足をしているようだ。そして、ツヴィーリヒトも何食わぬ顔で食べている。
リーセは彼の隣に腰を下ろした。
「どうして助けてくれなかったの!」
「お前はわざとそれを演じているだろ」
「ぐぬぅ。怖いものは怖いんだからっ!」
相変わらずツヴィーリヒトを表情を崩すことはない。そう言えば、首だけになった時も同じ表情だった。腹を抱えて笑うことはあるのだろうか。
「それにしても、この食材は一体どこから集まってくるの?」
「飛べるものもいるが、転送石だろうな」
ここにいる魔物たちについて、獲物を狩る姿を想像することはできるが、農作業をしている姿は想像できないし、焦熱の峡谷には獲物も農作業ができる場所も存在しない。
ラメールが魔王に幾つかの街を落とされたと言っていたことを思い出した。そう言った街が植民地となってこの食料を供給しているのだろうか。それにしても、魔物たちは数も多いし、とりあえず図体を大きくしておけばいいという、エネルギー消費の面で考えると、燃費の悪そうなものたちばかりだ。
これらのごく潰したちを支えるだけの食料はどうなっているのだろう。
「そう言えば、ツヴィーリヒトは棺桶の中に10年間もいたけど、どうやって生きていたの?」
「存在するだけなら、魔力さえあれば生きていける。魔物にも様々な種類がいる。下等なものになるほどに食事によるエネルギーの補給が重要になる。彼らには調理をして食べるという概念もない」
ツヴィーリヒトが答える。肉を手づかみでとり野菜を乗せている。その姿は少し滑稽に見えた。
翌朝、洞窟の入り口に集まった。
四天王の魔亀シルダンに、炎の魔獣バーリル、そして氷の魔ヨークトゥル、烏の魔物たち。そして、他の魔物たちも見送りに集まっていた。
この場所に来て魔物たちと寝食を共にして一日を過ごした。
リーセはその思いを胸に一同を見渡してみたが、やっぱり不気味だった。
「魔王の所へはどうやって行けばいいの?」
「儂が送る」
シルダンの足元から白い瘴気のような空気が沸き上がり、彼の身体を包んだ。瘴気は渦となり膨らんで行く。その靄が晴れた時、シルダンの姿はリーセの何倍もの大きさになっていた。
烏の魔物がシルダンの甲羅の上に荷台を設営している。手が翼なので手は使えないが、足を器用に使っていた。
「まさか、あなたの背中に乗って行くの?」
「そうだ」
「……落ちたら死んでしまう」
「それはお前たちの不注意か、烏の魔物たちの責任だ。だが、できるだけ快適な空の旅となるように努めよう。くふふ……」
シルダンの笑いに一抹の不安を感じていると、烏の魔物に肩を掴まれ、荷台へと運ばれた。ノノもラメールも同様に運びこまれる。
荷台は木で作られた粗末なものだった。荷物置き場とベンチの椅子が備えつけられている。リーセがその椅子に腰を下ろすと、木のきしむ音がした。不安になって手摺を掴むと、また嫌な音を立てた。
ノノもラメールも同じ思いをしているようで、無言のまま三人で眉を寄せ合う。
「準備はいいな。飛ぶぞ」
リーセが答えるまもなく、シルダンの頭や手足が引っ込む。そしてふわりと空中に浮かび上がった。
瞬く間に高度を上げると、滑るように移動を始めた。
気温はひんやりとしている。風はなかった。エイダンの体の周囲は透明な膜で覆われており、それが防護壁の役割を果たしているようだ。リーセは恐る恐る立ち上がると、周囲の景色を見下ろした。
どこまでも赤茶けた大地が広がっている。幾つもの亀裂が走っており、そこには空を写した青い川が流れていた。所々に雪渓があり、進行方向へ進んでいくほどに雪渓は増えていく。そして遥か前方には白い雪に覆われた山脈が見えていた。
魔王の住処はあの山の中にあるのだろうか。
視線を真下に落とす。赤茶けた大地は茶色い草原に変わっていた。よく見ると山羊を大きくしたような動物の群れが見えた。
「山羊かな? 魔物……、それとも、牛?」
「あれはヤクだな。魔物ではない」
いつの間にかラメールとノノも同じように景色を眺めていた。
「こんなところにも、生物がいるのね」
「山羊と違って、牛や馬のように荷運びもさせられるぞ」
「そうなんだ……」
気づくとラメールがリーセの顔を覗き込んでいた。
「な、なに?」
リーセは驚いて体を引く。
「お前には郷愁……は、なさそうだな。何か怒っているのか?」
「失礼ね。郷愁くらいある」
「じゃあ、そうなのか?」
リーセは首を振った。もちろん、郷愁はあり遠くへ来てしまったという感覚はある。しかし、それは教会ではない。
「こうして地上を見下ろしていると、昨日のシルダンとのレースのことを思い出してしまう」
「なんだ? 負けたことをしょげているのか?」
「シルダンが空を飛べるなんて知らなかった……」
「もしかして、悔しいのか?」
「ラメールは私が負けて悔しがらないと思っているの?」
ラメールはぽかんと口をあけた。そして頭をかく。
「俺はお前の考えていることは全く分からない。でも、少し分かった気がしていた。そもそもお前は勝敗をまったく気にしてない。そう言った出来事に対して、いかにして周囲を巻き込むか。そして味方にするか。それしか考えていない」
「私のことをバカみたいに言わないで!」
「褒めているんだ。少女らしい美しさとか弱さ。お前は誰よりも自分の年齢と容姿が周囲に与える効果を理解している。それを最大限に活かす。冷静で計算高く行動している」
それを聞いたリーセの頬が赤く染まる。ラメールがリーセの容姿について褒めるとは思わなかった。ただ、『少女』を付けるのは余計だと思った。
「だから、負けても悔しくないと?」
「違うのか?」
「ラメールが教えてくれたことなのよ。私がここまで来れたことは、全部あなたのおかげなの。だから私は勝ちたかった。あなたに教わった成果を発揮したかった。誰よりもあなたに見せたかった。悔しいに……決まってる」
ラメールがまたもぽかんと口をあける。そしてリーセの背中を軽くたたいた。リーセは子ども扱いをされていると思いその手を払いのける。
「くだらないことにこだわる奴め」
「こんな時ぐらい褒めてくれてもいいと思うの!」
「まだ、旅は終わっていない。これから魔王に会うんだろ? 交渉が出来るのはお前だけだ。うまくやったらその時は褒めてやる」
ラメールがリーセの頭の上に手を置いた。
「うん……。頑張る」
リーセが小さく頷いた。
いつの間にか、地表の景色は白い雪に包まれ、一面は白銀の世界へと変わっていた。
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