33.北の守護者とリーセの会談
「イプシロン! ソユーズ! アリアン!」
ノノと三頭の山羊たちが洞窟の入り口でヒシっと抱き合った。
彼らの付き添いはここまでらしい。
リーセにとって「メー」と鳴く彼らの声からは、陽気でどこかのどかな雰囲気しか感じられなかったが、ノノには別れを告げる哀しい声となって聞こえるらしい。リーセが少し離れた所でノノたちの別離を眺めていると、一匹の山羊が近づいてきた。あいさつに来たのかなと思い頭を撫でようと手を差し出すと、山羊はその手をかいくぐるように突進をしてきた。
「うぐぅ」
お腹にモロに衝撃を受けたリーセは痛みに堪えながら身をかがめようとしたところへ、背後に回った山羊にお尻をドンと突かれ、ぺちゃりと地面に突っ伏した。
その姿を見た山羊たちは満足したのか、花畑の中を連なって歩いて行った。
「アリアン……、どうして……」
「リーセ様、今のはイプシロンです。でも、本当にリーセ様と山羊たちは仲がいいですね。うらやましいです」
「……」
リーセは去っていく山羊たちのおしりを見つめながら次に会う時はお腹の中に鉄板を入れておこうと考えた。
山羊たちと別れてから洞窟の中を進んでいる。
肌寒く感じたリーセは、自分の体を抱きしめるように腕を組んだ。
洞窟の中はひんやりとしている。目が慣れるまで暗く感じたが、完全な闇というわけではなく、適度な明るさが保たれていた。壁に埋め込まれた石が柔らかな光を放ち明かりの役割を果たしていた。
「あれも魔法種?」
「魔法種が動力源になっていると思うが、魔法が刻まれた石が用いられている」
ラメールが答えた。転送石のことを思い出す。あれは中央に石のはめ込まれた金属のプレートだった。きっと同じ仕組みなのだろうとリーセは納得する。
不安に感じているのかときどきノノが顔を上げて天井を見上げる。足元は歩きやすく整地されているが、壁も天井も赤茶けた岩盤がむき出しになっていた。下に向かって突き出た鍾乳石からは水滴が落ちてくるので、それを避けて歩く。人工的なものではなく自然にできた洞窟のようだ。天井は高く数人が横になって歩いても十分な通路が曲がりくねりながら奥へと続いている。溶岩の噴出孔でもなさそうだった。
「天井が落ちてきたりしないのでしょうか?」
たしかにノノの言う通り、複雑で入りくんだ岩盤は今にもおちてきそうだ。
「大丈夫じゃないか。俺たちの生まれるずっと以前からこの洞窟はあったはずだ」
「ラメール様の生まれる前というと、40年くらい前からこの形であるということでしょうか?」
「俺の生まれる前というと25年以上前だ! だが、それは考えなくていい。数百年、数千年前からこうだったと言いたかったんだ」
見知った人に対してこういった不用意な発言でノノが怒られるのは珍しいことだった。山羊たちとの別れが彼女を一層不安にさせているのだろうか。
洞窟に入ってから烏頭の魔物が三体、後ろに三体、リーセたちをはさむようにして歩いている。
そして今は鳥かごから出てきたツヴィーリヒトが一緒に歩いている。リーセにとっては山羊たちよりもずっと心強い味方だった。しかし、ノノとラメールは一歩引いた感じで彼に接する。やはり、魔物という存在そのものが人々の恐怖をかきたてるのだろうか。それはこの世界が歩んできた歴史があるからだと思うが、リーセには分からなかった。
ツヴィーリヒトは四天王のシルダンよりも強いのだろうか。ふと確認したくなったが、魔物たちの前で聞くことは憚られた。
リーセの視線に気がついたのか、ツヴィーリヒトが彼女に視線を送る。
「なにか気になることがあるのか?」
落ち着きがあり低いが張りがある声である。
「なんでもない」
リーセは自分の思いを否定するように首を振る。シルダンより強くても魔王に勝てないのなら意味はないのである。状況は勇者一行のときと同じなのである。実際に戦闘になったら終わりなのだ。そういう事態になる前に決着をつけなければならない。
リーセは唇を硬く結ぶと魔物たちの背を追った。
どのくらい歩き続けただろうか。
下へ下へと降りながらいくつもの分岐を経て、一際大きな空間へとたどり着いた。
周囲を囲むように天井から水が流れ落ちていた。透き通った澄んだ水である。
それは棚田のようにくぼみになっている水たまりに落ち、そこからあふれた水が別の水たまりへと落ちていく。その水たまり群の上に橋を架けたように大理石のタイル張りの床が敷き詰められて奥まで続いていた。
そこに二頭の巨大な狼の姿をした魔獣がリーセたちを待ち構えるように座っている。
その姿を見た烏頭の魔獣たちは膝をつき頭を下げた。
一頭は、炎のように紅い毛を纏い、もう一頭は氷のような蒼白の毛を纏っていた。太い幹のような前足から頭の高さまでで、ツヴィーリヒトの倍の高さはあろうかという大きさである。その二頭は無言のまま彼女たちを見下ろしていた。
「二匹もいる……。どっちがシルで、どっちがダンなの?」
「紅い毛の狼が炎の化身のバーリル、白い毛の方が氷の化身ヨークトゥル」
「えっ? あれよりも怖いのがまだいると言うの!」
ツヴィーリヒトがリーセを守るように前に立つ。ラメールも慌てて歩調を合わせ前に立とうとしたがツヴィーリヒトがそれをとめた。
「吸血鬼よ。人を連れて何故この奥地に足を踏み入れた? そしてシュヴァイグラーベどもよ。何故この者たちをここまで連れてきた?」
バーリルの野太い声が洞窟内に反響して幾重にも広がっていった。シュヴァイグラーベとは跪いている烏の魔物たちの事だろうか。
ツヴィーリヒトが彼の問いに答えようとしたときに、リーセはツヴィーリヒトの外套を引っ張ってとめた。
「私はルセロ教会の教主リーセです。魔王様に会うため、四天王のシルダン様と話をさせていただきたく」
リーセが踏み出すと二頭の魔物は顔を見合わせた。
「確かにお前は吸血鬼を従え、その錫杖を持っている……。しかし……」
「詮索する必要はない。その者を儂のところへ」
魔獣の背後からしわがれた声が響いた。その声を聞いた魔獣たちは伏せの姿勢をとる。顎を前足の上に置き、目を閉じた。
「少女よ。儂がいくよりも、お前が来る方がはやかろう」
年老いた魔物なのだろうか。その声にしたがってリーセは奥へと進んでいく。ツヴィーリヒトとラメール、ノノも続いたが、烏の魔物たちは頭を下げ、片膝をついたまま動かなかった。二頭の魔獣も同じである。
リーセはその間をかき分けるように進むと金の縁取りがされた正方形の台座があった。リーセの腰の高さほどである。台座の上に亀がちょこんと乗っていた。小山のような甲羅にしっかりとした爪と足を持っており陸亀のようである。
「あなたが……シルダン様?」
リーセは拍子抜けした声で尋ねた。
「いかにも。儂は魔王様に北の守りを任されている、焦熱の峡谷を守護するシルダンである」
その言葉を聞いて、リーセは背嚢を下ろし、ローブも脱いだ。
「リ、リーセ様、ま、また、裸になるつもりですかっ?」
ノノが慌ててリーセをとめようとする。
「違う! 一応、正装になったほうがいいかと思って」
白い法衣の姿となり、リーセは衣装の乱れを正すとぺこりと頭を下げた。
「シルダン様。私はルセロ教会の教主をしているリーセです」
この日、何度目かの言葉を口にする。
「様付はいらない。普通の話し方でよい。してなぜこの地へ足を踏み入れた?」
様付は要らないと言われたことにリーセは困惑し、ツヴィーリヒトに視線を送る。しかし、彼はなにも答えようとしなかった。リーセは交渉をすることが目的だったので必要以上にへりくだるつもりはなかった。しかし、対等な立場で話そうとするつもりもなかったのである。
しばらく考えたあと、シルダンの言葉通りに振舞うことに決めた。
「魔王様のいるところへ行きたいの」
「何故?」
「あの教会の土地は魔王様から頂いたと聞きました。とても見晴らしがいい素晴らしい場所です。でも、あの地は大地が痩せ暮らして行くのは難しいのです。できれば、あの場所を売り払い別の場所に移り住みたい」
「おまえたち教団にはそれなりの信者もいるだろう。お前たち自身が土壌の性質について考えずとも暮らしていくことは可能なはずだ」
リーセは十二卿が暴走した挙げ句、勇者に乗り込まれたこと、今は文字通り陸の孤島となっていることを説明した。
「なるほど。愚かな話だ。だが、魔王様もお前が飢えることを望まないはずだ。望み通り魔王様には合わせてやろう」
シルダンがあっさりと了承をしたことに驚く。そして、彼の言い回しにも気になった。
「今日はこの地で休むと良い。その前に私と一勝負しないか?」
「その提案はとてもうれしいのですが、一勝負ですか?」
シルダンの姿を見る。彼はどう見ても亀だ。殴り合いなら、甲羅を殴りつければリーセの拳はつぶれてしまうだろう。しかし、ひっくり返してぐるぐる回してやればなんとかなりそうな気がした。
「勝負と言っても戦いではない。ここの水は慣れぬ者が飲むと腹を壊しやすいのだ。この洞窟から少し離れたところに湧き水がある。儂とお前でそこまで水を汲みに行き早く戻って来た方が勝ちというのはどうだ?」
「私には場所も道もわかりません」
「そこの烏どもが誘導する」
リーセは今一度、まじまじとシルダンの姿を見る。やはりどう見てもただの陸亀である。彼に負ける要素があるとは思えなかった。
「私が子供だと思って舐めていますね?」
リーセが不敵な笑みを浮かべると、シルダンもまた同じように不敵な笑みで応えた。
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