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朝食後の紅茶は、いつも少しだけ甘く、香り高い。
「……今日のは、ジャスミンかしら?」
「はい。昨夜、セルヴァン様が、新しくお取り寄せいただいたばかりのものです。」
クレアが落ち着いた声で答える。
彼女は朝食の時には必ず控えていて、テーブルの上を整えるのが習わしのようだった。
「カティア様のお好みに近いものを、とのご指示で、日々少しずつ茶葉の種類を変えております。」
「……毎日、私の、好みを?」
「ええ。カティア様は紅茶が何よりも好きと伺っておりますから。香りも温度も、季節によって調整しております。もちろん、セルヴァン様のご指示です。」
カップを口に運びながら、私はテーブルの上を見渡した。
ペイストリーは甘すぎず、サクッと軽い食感。苺のジャムが添えられているのも、私の好きなもの。
(これも……彼の指示?)
「……これ、大好き。そういえば、ポミエが用意してくれた苺のタルトも好きなの。これ食べたら思い出しちゃった。」
「それは、ポミエも喜びます。あとで、ポミエにまた用意するよう伝えておきます。」
「ありがとう。」
ぼんやりと疑問が浮かぶ。
なぜそこまで?
私が何かを口にすれば、すぐにセルヴァンだけでなく、使用人も至れり尽くせりのお世話をしてくれる。
私、そんなに、わがままだったのかしら?
昼下がり。
書庫の片隅で、読みかけだった小説のページをめくっていた時のこと。
「……それは、『花園と少年』という作品でしたよね?」
本棚からふいに聞こえた声に振り向くと、セルヴァンが静かに歩み寄ってきていた。
「えっ……知ってるの?」
「カティアが、学園時代によく読んでいたシリーズだと記憶しています……好きでしたよね。何度も読んでいらっしゃった。」
「……覚えてるの?」
「はい。貴女が、図書室の隅で、物語にのめり込んで、百面相していらっしゃった顔が忘れられなくて。」
過去を思い出すように紡ぐセルヴァンのその言葉に、心の奥がじんわりと熱を帯びた。
私はその本を、セルヴァンと一緒に読んだ記憶がない。
けれど、彼は覚えている。私の、かつての好きを。
「この本、今ではもうなかなか手に入らないとルルミアから聞いてたけど……」
「王都の古書商から取り寄せました。貴女がまたページをめくりたいと、読みたいと思ってくれるなら、それだけで十分です。」
(そこまで……?)
散歩がてら、庭へ出る。
「……こんなに花が咲いてたかしら?」
石畳の先に続く小道。
そこに沿って、色とりどりの草花が咲き誇っている。ラベンダー、アリッサム、薄紅の薔薇……。
「この庭……ファンティアには咲いていない品種たちじゃない?」
「ええ。セルヴァン様が、療養にふさわしい、カティア様を癒すような庭園を、と設計させました。カティア様が好んでいた花を取り寄せてすべて入れております。」
「私が……?」
ポミエがにこやかに頷いた。
「学園祭の時に、園芸の出し物の店の前でしばらく立ち止まっておられた、きっと花が好きなんだろう、と伺いましたので。」
(……そんな、いつの記憶?)
記憶があったとしても、私ですら忘れていたような、淡い記憶に、細かな好み。
それを全部、覚えていて、用意していてくれたの?
その日の夜も、セルヴァンは部屋に現れた。
ホットミルクを手に、変わらない微笑みで。
「今日のミルクには、少しだけシナモンを足しました。昔、寒い日によく飲んでいたでしょう?」
「……本当に、何でも覚えてるのね。」
「忘れられるわけがありません。」
「でも、どうして……?」
問いが漏れた。
思っていた以上に、自分の中でその疑問が大きくなっていたのだと気づく。
「どうして、私のことをそんなに知ってるの?どうして、私の好きなものを全部、わかってるの?貴方は、なぜ私にもこんなに尽くしてくれるの?」
セルヴァンは驚いたように目を見開いた。
でもすぐに、その目は伏せられ、静かな声がこぼれる。
「……だって、僕は貴女が好きだからです。」
その言葉に、私は言葉を失った。
少し頬を赤らめて、曇りのない笑みで、はにかみながら、そう言われたら、何も返せなくなってしまう。
「貴女が過去を忘れても、今ここにいる限り、僕の知っているカティアは、確かに生きている。だったら僕は、そのカティアを全力で守りたい……そう思っただけです。」
「それだけで……?」
「それだけで、十分なんです。貴女が笑ってくれるなら、僕は、なんだってします。」
彼は私を見つめていた。
いつもよりも、少しだけ真っ直ぐに、少しだけ苦しそうに。
私はそれ以上、何も言えなかった。
深夜、ベッドに入ってから、私は天井を見つめていた。
カップ、家具、カーテン、本棚、ランプ、香水、ドレッサー、髪飾り。
この部屋のあらゆるものが、私の好みで統一されている。
(気づかなかった。全部、私のために……)
ーーどうして、そんなことができるの?
ーーどうして、私のことをそんなに覚えていられるの?
私はあなたに、そこまでの何かをしただろうかーー。
翌朝、目覚めた時、ベッドの枕元には一輪の薔薇が添えられていた。
庭で見かけた、淡い桃色の品種だった。
切り花にされても萎れず、まだわずかに香っていた。
私はそっとそれに指を触れた。
触れた瞬間、手が温もりを帯びたような気がした。
まるで、今この瞬間も、彼が私を包んでいるように。
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