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少年の決意

  走るシルバの視界に銀の雫が横切った。アリグルから発せられる煌めく「オルレアンの聖水」である。水をつかさどるドラゴンの証しだ。

 「アリグルっ」

 走るテンポに波を作り上げ、シルバは軽快に跳ねた。六歩めで、一際高く空に伸びた手が竜の鬣を捉える。

 「上昇して!」

 「誰に言っている?」

 シルバが言い終えないうちに翼は木立を越えていた。体を揺らして上手く乗る。唸る風に髪を弄ばれ無意識に片目を瞑った。

 「見えたっ」

 叫んだのは同時だった。


  着地に向けて翼が大きくうねる。シルバは地面に焦点を合わせ、体を弓の如く反らすと裸足の足で、軽やかに降り立った。

 「ありがとー、アリグル」

 歯を見せて笑った少年を複雑な思いで水竜は見つめた。シルバは願って竜の主人になったのではない。両親が石化されたその場に残された自分たちに、手を結ぶ以外生きる術は思いつかなかったのだ。

 「いいのか…?」

 見慣れたドアに消えた若き主人に小さく問いかける。両親の敵とは言え、影の女王は適う相手ではない。かつて一族を滅ぼされたアリグルはその恐怖を知っている。

 「……」

 ミェント。それは自分の唯一の故郷であった。アリグルは今尚そこを切望している。だが、若き主人を置いて飛び立つ決心は、結局つかなかったのだ。


  シルバは家のドアを勢い良く開けた。

懐かしい顔が出迎える。母さんと父さんと姉さんが、笑顔で。

 (お帰り。シルバ)

 三人の笑い声が残る部屋の空気が揺れ、風と共に幻影は消えた。シルバは口をかみしめて、テーブルまで進んだ。いつも通り大きな葉の上に銀色に光るエレクトの束がある。

 ドアを閉めると嗚咽がこみ上げてきた。堪え切れず漏れた声、止めきれず流れた涙。シルバはドアに背中をすりながら崩れ落ちた。袖口で口を抑え声を殺す。

 「大丈夫か、シルバ」

 背中が敏感に反応し、恐る恐る顔をあげるとアリグルが立っていた。そこに、雄々しく立っていた。フッと息を吹き、シルバの涙を乾かす。

 「大丈夫だよ。アリグル」

 気丈に笑う少年にアリグルは強く胸を突かれた。

 「大丈夫だよ、大丈夫だよ…アリグル……」

 ドラゴンの胸元に顔をうずめる。水の匂いがシルバを包んだ。

 「僕ほ待っているだけじゃダメなんだ…救わなく…ちゃ」

 涙で潤った眼には決意の炎が燃えていた。少年を見守るアリグルは、やはり離れられぬと思った。縋るものがあってこそ、頼る味方があってこそ、生きていられるのだ。自分にそれを奪う権利はない。


  飛んでいる間もアリグルは奇妙な感覚に捕らわれたままだった。今、何故異国の民に向かって飛んでいるのか。太陽と同じ方向、ミェントを遠く横目で見ながらアリグルは翼を動かす。

 「ありがとう、アリグル」

 それは不意に聞こえた真剣な声だった。瞼の堅い眼を見開き、アリグルは狼狽えた。

 「突然どうした?」

 しばらく、風の音に空間が支配される。

 「…今まで、一緒にいてくれてありがとう」

 沈黙を光が裂いた。その翼から聖水が弾け飛ぶ。

 「感謝するのは、お互いだ」

 心地よい沈黙。その先に待つ二人の女性。シルバは強い決意を抱いて風を受けた。

 「着地!」

  一瞬早くシルバが叫んだ。アリグルが応えて小さく唸る。共に受けた風は、シルバの故郷を越え、遠くビグペロ国へと走り去った。


 「お待たせっ」

 シルバが飛び降りると、顔を青くした二人が待っていた。強いイメージのベスも具合が悪そうにしている。シルバは心配になって尋ねた。

 「ああ、あまりにおなかが減ってさ」

 ベスの後をローラが続ける。

 「美味しそうな木の実食べたら…くらくらしてさ…」

 「ついて来い! 首都に行けばまともなものが食べられるぞ」

瞬く間に犬に変身したアリグルは先頭切って走り、一行を案内した。 太陽を美しく反射させる犬を先頭に、一行は首都へ向かった。


  ベルクはイシェタリアン大陸の中でも巨大な国で有名である。森に面した東門は、エレクトの管が光を放ちながら空へと廻り、黄金色のレンガが両脇に聳え立つ。

 門自体は森の鉱石である『ナクタ』を用い、独特の群青色が左右の黄金と共に際立っている。

 小さく開いた蒼の門の隙間から、街の活気が溢れ出て来る。三本の脚で荷車を運ぶ『ディクト』は多彩な髭を靡かせている。側を通るとき、確かにローラはその赤茶の毛に包まれた深いグリーンの眼を見た。

 人の頭の高さを『はぐれデコン』が飛び回る。その羽にはエレクトの線が付けられ、旅人が案内人として飼っている。デコンはひたすら西に飛ぶ習性があるのだ。

 また、ベルク国は多種族国家であるため、ヴィーナスと言う透き通る羽を揺らす小人や胸元が大きく開いたワンピースを纏う『ベジカ』と呼ばれる耳の長い女性達も笑いながら歩いている。そのうちの一人が、ベスにぶつかった。 

 ベスは舌打ちをしそうな顔をして、ローラを笑わせた。しかしその時、ベスと一瞬並んだ彼女の口に歪んだ笑みが浮かぶのを、ローラは見てしまった。


 ベスは慣れた足取りで市場へ一行をたどり着かせた。一番この地を知るのはベスらしい。掘り下げた地に商人が座り、木の実から斧までありとあらゆる物が陳列されている。

 足元に並ぶ商品をゆっくり見ていたローラはいつの間にか、シルバ達とはぐれてしまっていた。

 「れ…? ベスさん、シルバー!」

 直ぐ横をディクトが走り去る。顔を隠すようにベールを身に付けた女性の集団がすれ違う。下では大声で聞き慣れぬ宣伝をする商人がいる。

 「どうすれば……?」

 立ち止まったままのローラは自分に向かってくる人物に気が付かなかった。

「あなた、異国の民ではないですか?」

  マークがついた黒い襟のゆったりした服に手を当て、こちらを見つめる女。誰だっけ、と思いつつローラは挨拶する。

 「一応そう呼ばれてますが」

 瞬間力強く手を掴まれた。女が懐から半透明の球を出すと、球から眩い光と美しい羽が生まれ、次の瞬きで宙に浮いた。足が違和感に満ちる。ローラは全身から汗が噴き出すのと、背中に悪寒が走るのを同時に体感した。

小麦色の髪に漆黒の前髪を舞わせながら、女はローラを一際大きな建物に連れて行った。


  そこは街の中心部らしく、人を練って飛ぶ途中でも装飾の施された門と花で埋められた広場がはっきり見えた。巨大な城壁が並び、その上には屈強な男達が弓を手に見下ろしてくる。ローラと女はその下を飛びぬけて行った。気が気ではないローラは叫び続けていた。

 「い、いきなり何ですかあ!」

 理解できぬ間にその宮殿と呼ぶに相応しい建物に入り、ドラゴンに乗ってボロボロになった服を着せ替えられた。そして今、こうして食事をしている。

 着心地の良いドレスと、淡い色のスカーフがローラより一層美しく演出している。だが、着ている本人は何も判らず茫然とするだけだ。辺りでは、真っ白なナプキンを頭に巻いた、耳たぶの長い人たちが大勢歩き回っている。

 目の前には見たことの無い料理が、一部屋分の大きさもあるテーブルを覆い尽くしている。見ているだけでローラはくらくらしてしまった。

 「どうぞ」

 差し出されたグラスも受け取る気がしない。中身は葡萄ジュースに見えるが、それすら判別できないのだ。ローラは思い切って側の女性に声をかけた。

 「あの、シルバ達の所へ返して下さい」

 給仕であろうその女性はうろたえ、先程ローラの手を引いた女の人を呼んだ。ペリアと呼ばれたその人は裾を靡かせながら、歩いてくる。ローラの隣に立つと、一礼をして膝を曲げた。そうして同じ目線になってから口を開く。

 「何か?」

 ローラは根気よく、同じ言葉を繰り返した。その返答は予想も付かなかった。

 「もうすぐ女王が来るので待って頂きたいのです」

 女王ラリア。ローラは口を開けたまま動けなくなってしまった。先程食べた、ハムのサラダに似た料理の匂いが喉元を上がってくる。早くも脳に刻まれている彼女が対面なのだろうか。

 「あ、あたし一人ですかっっ」

 ぺリアはさらりと言った。

 「一二人の使いと私もそばに居ますが」

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