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ドラゴンの背中

 

  木造の歴史を感じさせる酒屋の中は、いつものように奇妙な活気で満ち溢れていた。人々は腹を割って話し合い、拳を突き合わせる。暗い照明の下、その姿は異様に輝いた。

 カウンターの中で、麻でできた着物を着こなす女性がグラスを拭いている。だが、誰が彼女を女性と決めつけられるだろうか。

 前髪を三つに分け中央とサイドに垂らし、長い髪は鉄の簪でまとめている。細い眼を持つ顔に鼻はなく、どこか平面的なものを感じさせた。その所為か、釈然とした性別が判断できないのだ。

 「相変わらず人気だね」

 その声に顔をあげると、見慣れた女が座っていた。彼女は昔と変わらぬ笑顔で注文する。二十年前からの人気メニューだ。

 「当たり前じゃん? あたしに店任せれば千年持たせるじゃん」

 「確かにその寿命ならね」

 着物の女はクウェミファ族であり、大陸一の長寿を誇っている。目の前で料理を食べる女を見ながら、彼女はグラス拭きを再開した。前の女は美味しそうに箸を動かしていた。

 二十年前と違い、耳はとがっていない。身長も高くなり、声も美しく変わった。変化の無い自分にとっては羨ましい存在だ。

 客は絶えることが無い。現に今も何人かが空腹を抑えて待っている。効率よく動かねば評判の落下に繋がるだろう。

 「今回は何しに来たじゃん?」

 「娘を探しに…」

 様々な声で溢れる店内に、微かに鈴の音が転がった。同時に女が口をつぐんで立ちあがる。口元を軽く拭い、代金を置いた。

 「メラウィーネル〈ごちそうさま〉、美味しかったわ」

 「また来いじゃん。後、アンガーによろしくじゃん」

 女は一度だけ振り返り微笑んだ。カールした金髪が揺れる。入ってきた人物の前にスッと立ちはだかると、その両眼を鋭くした。

 傍から見れば、どうみえただろうか。

 女王の気風を吹かせる女と、聖母のような強さを秘めた彼女は、同じ顔で向かい合っていた。


  ローラは震えていた。それも雲と並ぶ高さの地点である。

 「ローラ、しがみつかないでくれる? あと、無言だと怖いよ」

 ローラ達三人はドラゴンの背に乗っていた。触ったら水が漏れるかに思えたアリグルの体は、到底壊すことのできぬ感触であった。だが、ローラは安心が出来ないようだ。

 「ローラン、具合悪いの?」

 シルバは鬣に捕まって尋ねる。鬣は絶えず気泡が上下し、太陽の光を受け入れ奇妙に光っていた。

 ローラはか細い声で、顔を赤らめながらつぶやく。風を切る轟音の中でも、二人には届いたようだ。

 「た…高い所……苦手なんだもん…」

 ベスは吹きだすのをこらえ、シルバは顔を熱くした。二人は共通のことを思った。思いの強さは違えど、『可愛い』と。

 ベスはなにも掴んでいない手をローラの肩に乗せ、ハスキーな声で歌い始めた。

 「集えよこの街に―――異国の民よメルヘイヤ―――ホーランバステイア―――」

 翼の音とリズムを合わせ、歌声は雲を通って響き渡った。シルバが加わり、続いてアリグルも吠えるように歌った。

 「ファグラン聖なる国よ――四人の勇者と共に――オグーラ竜達よ―――」

 ローラは心が軽くなってくるのを感じた。歌声は空気に反射し、至る所からローラを包み込もうとする。ローラはゆっくりと手を挙げ構える。

 「ガール! バナ! ミズナ! アイリ!」

 空気を割る音がローラの指先から生み出された。二人が驚きつつ振り向くと、ローラが手を止めたまま微笑む。

 「面白いベイグ〈楽器〉を持っているのね」

 その手をベスに取られ、ローラは少し焦る。シルバも興味津々にみつめていた。

 「ベイグ…? こうやって指をこすり合わせて…」

 ローラはもう一度指を鳴らした。二人が喜び真似をする。ベスの指が大きく鳴った。声を上げるベスの向こうでシルバも成功する。

 クラスで男子が鳴らすのを見て、ローラは必死で練習したものだ。こうして眼の前ですぐ成功されると傷ついたが、その喜びは理解できた。

 「ローランも歌おう」

 人に与えられた楽器を鳴らしながら、三人はベルク建国の歌を歌った。その真下で、懸命に音のならない指をこするドラゴンに誰が気が付いたであろう。アリグルは心かなしく翼を動かし、降下を始めた。

 「グゥオオオオオオオ」

 巨大な咆哮の中にローラの悲鳴が混じった。

 「急降下はやめてえええええぇぇぇっっ」


  シルバの家は、ベルク国の東端に位置しているらしい。まっすぐ南西に向かうと首都フェンテルが見えてきた。ドラゴンの翼の動きに遮られながらも、その巨大な街が眼に入る。

 「ローラン、あれが王女の住む宮殿だよお」

 「シルバ、あたし今何にも見られないからあっ」

 ローラが勇気を出せば、街全体が黄金色の城壁に囲まれた都が見えたことだろう。その奥にそびえる、白より清い宮殿が拝められただろう。

 アリグルは街から少し離れた森の中に着地した。最善を尽くして慎重に降り立っただろうが、涙のにじむ目をつぶっていたローラは舌をかむ羽目になった。

 仲間の荷物は非常に少なかった。眼に見える物はシルバの編み込まれたバッグくらいである。ベスは白い袖とネックの長いワンピースを着て、そのポケットに全てが入っていると言う。ローラはべスの黒い服と並ぶと淡い桃色のポンチョ、ブラウン模様のワンピース以外所有物が無かった。何処にもポケットが無いのだ。

 アリグルは水を地面にしみ込ませながら小さな姿に変身すると、颯爽と歩きだした。

 「待って、待ってアリグル!」

 シルバが絶望を込めた声で叫ぶ。アリグルはひとっ飛びで横に帰ってきた。

 「なんだ?」

 「…エレクトの束忘れちゃった!!」

 「なっ…あんた何してんの! 早く取りに行きなさいよ」

 ベスは母親のように叱咤した。まったく理解できないローラをよそに、シルバとアリグルが走りだす。

  

  残ったベスに尋ねる。

 「なんですか? エレクトの束って」

 「っ…ああ、そっか知らないのよね。私やシルバのような種族はエレクトを使って魔法が実行できるの。逆にそれが無ければ何もできない。エレクトの束は一年に一度自分の生まれた日に、一日念じることで作ることができるの。つまり…かなり大切なものってこと」

 軽くウィンクしたベスにローラはくらっとした。幾つだろうか、ベスは時折とても美しい一面を見せる。来ている服も彼女を際立たせる。黒髪は艶やかに光っている。

 「くまがすごいわよ、昨日寝れなかったんでしょ」

 目元を触ると確かにむくんでいた。ローラは恥ずかしくなって横を向く。ベスは掌をローラの顔に向けた。眼を閉じて何かつぶやいた後、はっきりと言った。

 「ベル!」

 視界が奪われ、光が襲ってきた。恐怖が生まれる前にベスの顔が視界に戻る。 

 「何をしたんですか? すっごいすっきりしました」

 「目覚ましよ。でもあんまり使うとエレクトがなくなっちゃうからね」

 ローラはさっきの話を思い出して冷や汗をかいた。

 「だっ大丈夫なんですか?」

 歴史学者は、わざと影のある声で囁く。

 「ラリアのもとに辿りつく前に死んじゃうかも」

 青くなったローラの頭をかるく叩いて、彼女は朗らかに笑った。


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