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炎の中での出会い

 「ラリア様、予言為された少女が舞い降りました」

 ラリアは銀色のベールを身にまとい、馴染み深い宮殿に倒れていた。裾はカーテンより美しく広がり、中心の女性を際立たせている。ラリアは閉じていた瞳を開けた。

 「早かったな」

 音もなく立ち上がり、髪を手で軽く振り払うと空を見つめた。ヴィシェは何も言わずに待つ。ラリアはよく、何もない表情で自分よりもわずか上を見据えるのだ。

 「…胸が痛むんだ、この頃な。あいつの存在が感じられるからかもしれん」

 静かに首を傾けたラリアは、そのまま目を閉じた。長い睫毛が揺れる。天井も壁も見えぬ巨大な空間の中でさえ、彼女は輝くほど存在感を持っていた。ヴィシェはそのまま暗闇に引きさがる。

 踵を返す瞬間見えたのは、空気に溶け込みそうな女王の横顔だった。


 「ローラン、そこら辺ほウルルの巣があるよー」

 「きゃっ本当? だって木の実を採りたいから」

 「のけ、娘」

 ローラの右肩を犬が飛びぬけ、高い位置に密集していた木の実をまとめてくわえ取った。一度木を蹴り、もとの方向に向き直ると、空を突っ切ってシルバのところへ着地する。

 軽快な動きに似合わぬ、秘め事のある眼でローラをかすめ見たのにローラは気が付いた。シルバの木のベッドで眠ったおかげで、ローラは全身の不快な痛みに悩んでいた。

 毎日欠かさず入っていたお風呂に入らなかったので、体が余計に違和感を訴える。

 「そろそろハウェブが行動する時間だ。あいつはウルルよりも性質が悪い。いったんバグリータの森に帰るぞ」

 ハウェブは蛇の一種らしい。だが、もたげた頭は無数の牙と毒を隠し持ち、動きは走っても逃げられないほど速いと教わった。会いたくはないとローラは心から願っていた。

 今日はシルバの後に付いて、一つ山を越えた先の森に来ている。バグリータの森よりも木が少なく、全体的に明るい森で、ローラは気に入っていた。

 昨夜泣きはらした目は支障をきたすが、ローラの気分は清々しいものだった。

 「ローラン、夕食に木の実とこのペテリクトの草をシチューにしようか」

 シルバは今まで以上にはきはきと話しかけてくる。ローラの正体がはっきりしたからであろう。だが、ローラはあることを口にしていないことに後ろめたさを感じていた。

 「娘よ、ローラと呼べばいいか?」

 ドラゴンの姿に戻ったアリグルが、低くも遠慮がちな声で尋ねる。枝の間から日の差す森で、アリグルの体は時折まぶしいほど輝いた。彼はどこから来たのだろうか、ローラは尋ねる代わりにこう言った。

 「ローラと呼んで、アリグルさん」


  ローラは料理が大好きで、いつも家では夕食を作っていた。レパートリーも広くその気分によって、さまざまな料理を作りだしてきた。だが、そんな経験はこの世界で通じないことを、ローラは痛感する。

 「どうやって牛乳も入れずにシチューを作るの?」

 「牛乳って何?」

 「チーズに似た味だね、これ何?」

 「チーズって何?」

 この調子で話しているうち、ローラは質問をあきらめた。それが何であろうと料理ができればいいのだ、これから学んでいこう、と心広く考えることにした。

 やっとできた熱いシチューを木の椀にとりわけ、食べようとしたまさにその時だった。ハスキーな女性の声が暗がりから聞こえてきたのだ。

 「美味しそうね、私も食べさせてくれない?」

 瞬間和やかにくつろいでいた犬が飛び起き、三階建てのドラゴンへと変身する。シルバは焚火の炎を手に移し、いつでも飛びだせるよう構えた。その中でローラはシチューを口に付けたまま呆気にとられている。

 「嘘でしょ…まさか、ドラゴンなのっっ」

 高い声で言い終えるか分らぬうちにシルエットの女性が飛び出し、対応できないアリグルに抱きついた。もちろん大きさの差があるので、胸の鱗に飛びついた形である。アリグルは攻撃しようにもできずに止まってしまった。

 日に照らされたその女性は二十前半のような外見、強気な眼、肩までの黒い髪を持っている。ベージュに近い上着と、専用に作られたような黒いズボン、黒字に白の文様が描かれたシャツを着ていた。

 「あり得ないわ、あり得ないわっ。ドラゴンなの?」

 アリグルはその女性を引き離し、恐れるように後ろに下がった。だが、すがるように女性は前に出る。

 「君ほ誰なの?」

 やっと口を開くことができたのは、手から炎を消したシルバだった。


  不意にアリグルから女性は離れ、前髪を分けて耳に掛けながら話し始めた。その声は大切なドラゴンとのふれあいを邪魔された不満が込められており、逆にローラ達を安心させた。

 「あたしは偶然あなたたちを見かけた学者よ。名前はベス…ええ、ベスよ。そこの少女、ローラと言ったっけ?」

 無防備だったローラの目の前に歩み寄り、ベスは目線を合わせる。その口元が上がり、ローラが威圧感を感じた瞬間声が響いた。

 「あんたの世界に帰してやろうか」

 反応ができないローラにベスは手を伸ばす。しかし、その手はシルバに掴まれ、行動を達することができなかった。ローラは初めて骨の浮いた、シルバの手をしっかりと見た。

 「いきなり来て何言ってんの? ローランに何する気?」

 音が出るほど素早くベスは手を振りほどき、あからさまに顔をしかめる。掴まれた部分をさすりながら、話しだした。

 「あたしを怪しむんなら時間の無駄ね。この子は異国の民でしょう? ああ、そんな顔せずともこっちはわかるのよ。それで元の世界に戻りたがっていることも知っている。それで、あたしは方法を教えることにしたの」

 不敵な笑みを浮かべ、ベスは立ちあがった。シルバよりも背が高く、背中がまっすぐの所為でさらに大きく見える。また髪を耳にかけなおす。それは癖であるようだ。

 「そんなことしに来ただけ無駄だ。我々はもう帰る方法を見つけている」

 アリグルが威厳ある声で言い捨てるが、あっさりと返されてしまう。

 「そんなこと百も承知よ。私たちが思いつくことと言えば、ラリアの紅玉に頼ることでしょう? でも、ドラゴンならば知っているはずよ。ラリアは簡単に望みをかなえはしない。かなえてもらうにはラリアの問いに答えなければならない。私ならば答えられる自信がある」

 ベスはあくまではっきりと言い放った。炎の影を浴びながら、眼は輝いていた。

 「勿論、私はラリアのもとへの行き方も知っている」


 「そんなのアリグルで飛べばいいじゃないか」

 シルバはアリグルを見るが、冷たく言われてしまった。

 「シルバ、私は絶滅したはずのドラゴンだ。そう簡単に姿を見せていいことはない」

 どうやらベスの方が上手のようだ。ローラは何も言わずに黙ることにした。そのまま沈黙が続き、耐えかねて結局口を開く。

 「あたしは帰りたい。だから、ベスさんにも来てほしい」

 瞬間ベスの顔は明るく、シルバとアリグルは暗くなった。

 「こんな突然来た人を信じるの、ローラン?」

 「私は初めてシルバに合った時その場で信用したわ」

 シルバの眼にスッと影がよぎる。その途端に後ろから抱きつかれた。髪を爪の長い手で乱される。振り向くと笑顔で頭をなでるベスの姿があった。

 「あんたは賢いわね、よろしく。絶対願いを叶えてあげるわ」

 アリグルはつまらなそうにうめいた。透明な鬣は重力に逆らい、天を突く。シルバは足元に置いたシチューを爪先で蹴飛ばし、こぼしたことさえ気づかなかった。

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