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崩れた現実

 

  シルバの話が始まるまでは、ファンタジーみたいな家だ等ローラは考えていた。円状の家に合わせてカーブした木の机、どれほど太い幹を用いたか知りえない大きなテーブル、水を通さない葉の皿。

 しばらく眺めまわしたローラは、ふとこの場にそぐわないものを見た。

 「石像…?」

 そこには男女の石像が一体ずつ置かれていたのだ。格好の良い男性は耳がとがっている。女性はエプロンのようなものを着ていて、同じく耳がとがっている。

 何処となくシルバに似ている。ちらとシルバを見やったローラは息をのんだ。

 「…僕の両親だよ」

 確かにその眼からは涙が溢れていたのだ。隠しもせずに泣く姿は、見てはいけないもののような気がした。


 「石化って、そんなことあり得るの?」

 シルバが話した内容は、到底受け入れられないものであった。この国はベルクと言い、だいぶ前から影の女王ラリアに支配されていること。シルバの家に突然やってきたラリアは両親を石にして、シルバに此処にいるよう命じたこと。ドラゴンはアリグルと言い、その前から一緒にいること。

 「娘よ、お前の世界ではこのようなことはないのだろう。だが、来てしまったお前は受け入れなければならない。石と化した二人を見ろ」 二人はよく見ると苦しそうな顔をしていた。突然の出来事に戸惑っているようにも見えた。男性の眼は今にもせわしなく動き出しそうだ。

 それ以上は眼が拒否して見られなかった。動いて生きていたと言う悲痛な事実を、真っ向から見せつけられるからだ。ローラは息を吸ってシルバと向き合う。銀髪が丸い窓からの光で輝く。深い緑の眼は潤いを増し、美しさを漂わせた。

 「あ…あたし帰りたい。わからないもの、この世界のこと」

 「ローラン…」

 ローラは長い髪を振り払うように首を振り叫ぶ。アリグルと言うドラゴンの眼が自分を捕えているのがわかるが、叫ばずにはいられなかった。

 「あたし、本読みたいんだよっ。ママから借りた本…面白そうで、いつもの空き地で読むんだよ…。だから、だから、石化とか知らないし…今あたし頭おかしいのかな。とにかく帰りたいの」

 息を切らして飲み込むように空気を吸うローラへ、勢いの無い声が降った。

 「できないよ、ローラン」


 辺りの薄暗さも気にせずにローラは走っていた。雪の積もった地面を踏みしめ、目的もなくただ走る。ワンピースに白い雪が撥ね、淡い黄色の布地に模様を生み出す。

 ローラは後悔していた。贅沢をせずに、家で読めばよかったのだ。そうすれば、いつも通りの一日で終わったはずなのだ。次々と浮かんでは消える思いを、ローラ自身止められなかった。

 「わかんないッわかんないって」

 ひたすら雪を蹴る。突然開けた場所に来たと思うと、目の前の地面が消えた。崖だったのだ。寸前で膝をつき、慌てて手をついたおかげで、恐ろしいことにはならなかった。最悪の事態を想像して背筋にスーッと何かが走る。

 そのまま四つん這いの形で息を整える。不自然な息が走ったせいだけではないことに、涙が出てからローラは気が付いた。嗚咽がこみ上げ、肺はおかしな音を立てる。

 「帰りたい…帰りっうっ…帰りたいいいっっ」

 落ちる涙が雪に水玉を作る。それを見てると余計に涙が出てきて、ローラは顔をうずめた。雪の冷たさが顔を痺れさせ、涙を止めてくれることを願った。だが、止まりはしなかった。

 何分たっただろうか。不意に奇妙な音がしてローラは顔をあげた。音は足元からのようだ。髪が顔に纏わりつくのを払いながら、顔を雪から抜く。

 明らかに何かが動く音がして振り返ると、毛に包まれた小さな生き物が三匹こちらを見上げていた。その眼は月に照らされ、瞬くように光り、かわいらしく思えた。ハムスターに似た声をあげながら、三匹は近づいてくる。

 「ふせてっ」

 声が聞こえたのは、その生き物に手を伸ばした瞬間だった。

 

  奇妙な生き物たちはローラの手を飛び越え、鋭い歯から血を流しながらローラを睨んだ。急いで頭を下げると、空気を裂く音がして、その後に熱が頭上を過ぎていった。目の前で炎に包まれた生き物は、金切り声をあげのたうちまわる。気持ち悪いと思った瞬間には、その生き物の眼が変わっていた。

 愛らしい光は消え、醜い瞳が睨んでいる。空いた口からは鉤爪に似た牙が飛び出し、今にも炎を抜けて飛び付かんばかりだ。逃げることも忘れローラは鳥肌を立てた。

 「ウルルと言うんだよ。危なかった、こいつら相手なら死ぬ危険もあったよ」

 聞き覚えのある声に眼をあげると、汗を拭いている少年の姿があった。全力で追いかけてきたのだろうか。裸足の足は土と赤いもので汚れていた。

 「シルバ…あたし帰りたいよ」

 シルバの眼が月を反射し淋しく揺らぐ。いつの間にかローラの眼は乾いていた。

 「ローラン、僕ほ帰れる方法を知らない。だけどラリアほ知っていると思う」

 「ラリアって、悪の女王なんでしょ」

 「影の女王だよ。何でも出来る魔石を持っているんだ。それを使えれば帰れると思う」

 「ラリアの遊戯に勝負するつもりか、若き二人よ」

 水を貫通してこもった音が響く。シルバの後ろの林からアリグルが現れた。予想と違い、犬の格好である。

 ローラは立ちあがって、しっかりと雪の上に立った。

 「帰れるならば、挑戦します」


  そよ風が吹いている。和人は幸せな気分で菊の世話をしていた。今年の菊は調子が良くて、形も美しい。芝生に腰をかがめて、華いじりをするそばで妻は選択物を干している。

 いつになく、ブロンドの髪はカールしていて、太陽の光をその中で踊らせている。彼女と一緒に住んでいることが未だに実感できないほど、美しい女性だ。

 視線に気が付いたのか、妻がこちらを見た。

 「なあに、和人さん?」

 控え目な笑顔で、目を合わせる。手に持っているタオルすら、絹のように神々しく思える。和人は恋人の時のように、恥ずかしくなってうつむいた。

 「い、いや、何でもないんだ。そう言えば、ローラはまだ帰らないな」

 ローラが家を出てから二時間しか立っていないと言うのに、我ながらあきれた言葉だ。しかし、妻は敏感に反応した。それこそ、タオルを籠へ投げ捨てるほどに。

 「ローラ…はどこに行ったの?」

 彼女からは殺気すら感じられた。確かに、ローラは行き先をいつも彼女に言うし、一時間ほどで帰ってくるのが常である。これほどまで怒った妻を見たことが無く、和人はひるんだ。

 「いつも通り、本を読みに空き地に行ったんだろうさ」

 妻の肩が上下している。流石に不自然だ。和人は恐る恐る尋ねた。

 「何をそんなに心配しているんだ?」

 音が鳴るほど早く、妻がこちらを顧みる。一瞬のことに飛ぶほど驚いた。

 「心配…心配…そうね。ローラは何の本を読みに行ったの?」

 和人は冷や汗を感じた。ここで本当のことを言えば怒鳴るだけでは済まされなさそうだ。現に彼女はガーデニングのスコップでもあれば、人を殺してしまうほどいきり立っていた。

 「き…君の本だよ。鍵が付いている厚い本さ」

 空気が動いたかと思うと、妻はいなくなっていた。

 

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