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バグリータの森

 

 ローラはファンタジーの本はよく読む方だ。だから、突然雪の中に飛ばされようが銀髪の少年に会おうが、驚きはしない。と言うほどでもないが、ローラは落ち着いていた。

 シルバと出会って一時間、何気なく彼の後について木の実を食べている。


 「ウパントほ青色だよ。エラッタほ渋いけど美味しい、赤い実だよ」

 雪の中の枯れ木にこんなものが生るのか、と訝しがりながらも口に運ぶ。身近なものに例えるならば、青い枇杷と黄色い苺。果汁があふれ、蜂蜜のような甘い味が広がった。ローラは眼を閉じてよく味わう。

 「おいしい…」

 シルバがまたニッと笑った。木の枝でウパントを刺し、焚火で炙っている。香ばしい飴の匂いに包まれ、ローラは家族のことを忘れていた。ちらちらと踊る火が暖かい。

 「ローランほ、ビファーム族でしょ? あんな雪の中で寝てたら迷子にもなるよ」

 ふと夢心地から覚め、自分の境遇を考えてみた。聞きなれない言葉、見たことのない果実、来たことのない雪の中の森林。

 「私は…えっと、人間です。フランス人のママがいて、日本人の父さんがいて。何でここに来たのかわかんない。でも、帰る方法も判んないの」 

 シルバの顔からスッと表情が消えた。銀色の前髪がなびいて、その揺れる髪の間から鋭い眼が見えた。今初めて知ったが、シルバの眼は深い緑色だった。木の実が焦げる音がするが、シルバは動かなかった。

 「ローランほ異国の民なの…?」

 シルバの手から音もなく青い炎が生み出され、ローラ自身に狙いを定めた。顔は暗くて見えない。

 流石に身の危険を感じ、立ち上がるが辺りは逃げ場のない白の世界。顔が火照るほど近くに炎が迫った時、何かに押し倒され、間一髪で逃れた。

 「焦ってどうするんだ。よく見ろ、ラリアではないだろう」

 人間ではないと感じる重い声が響いた。ゆっくり顔をあげると、巨大な影が目に入った。瞬きを何度しても人間には思えない。

 「だって異国の民だよっ、ラリアだって…」

 シルバを空中で捕まえる、トカゲのような手。その本体は、挿絵でしか見たことのないドラゴンであった。透明だが輪郭のある鱗を舞わせ、翼は背で閉じている。

 「な…な…ド」

 それは水でできているかのようだった。絶えず気泡が上下し、向こう側の世界が歪んで見える透明な体。鬣はイソギンチャクのように、不透明で揺れていた。体長は三階建ての家ほどであろうか。

 そこまで考えて、第二の恐怖がローラに押し寄せた。ポンチョの裾を引きよせて震えを止めようとする。

 「怖がらせてしまったな、少女よ。我が主シルバは、ラリアに両親を奪われた身、でな。聞いているか?」

 ローラは立とうにも腰に力が入らず、座り込んだまま彼らを見上げていた。


  口から声が出てこなくなり、会話が成り立たないと感じたローラは水しぶきを食らった。もちろん、ドラゴンから発せられたものだろう。

 全身水を滴らせて呆然としていると、フッとあたたかい息を掛けられた。同時に服が、髪が乾いた。髪が舞い降りて頬に当たった途端、口が自由になった。

 「あたしは異国の民と呼ばれてはいませんっ」

 「第一に言うことがそれか? 強い娘だな」

 圧倒的なドラゴンも見慣れてしまえば恐ろしくなかった。思い出してシルバを睨む。シルバはきまり悪そうにうつむいた。

 「あの…ごめんローラン。怪我させなくて良かった」

 素直な言葉に責め文句が出てこられなくなった。何とか立ち上がり、ポンチョに付いた雪をはらう。ブラウンのボタンに入り込んだものまで落とすと、彼らと向き合った。

 「何でドラゴンが出てくるんですか」

 「僕の家族だよ。いつもほ呼ばないと出てこない筈なんだけど」

 シルバはドラゴンの前足に乗っている。優しく撫でている手からして、長い付き合いなのだろう。だが、ドラゴンは憤然と言い放った。

 「本気で少年に縛られるとでも思ったか? ラリアに屈しなかった位だぞ」

 「家族じゃないかあっ」

 訳の判らぬ会話を進める二人をよそに、ローラは木の実を手に取り齧りついている。焦げ加減がまた新しい味を演出していた。しかし、渋かった。


 「まずはバグリータの森へ来てもらおう、説明はその方が早い」 

 そのドラゴンの一声があって、今ローラは三時間ぶりに緑の中に立っていた。

 先程の雪の場所から一五分ほど歩いたところに、深い森が広がっていたのだ。この世界の地理が理解できない。気候はどう分かれているのだろう。

 等考えているうちに円状の空き地へ出た。柔らかい光に満ちていて、蔭では葉っぱが蝶に負けじと舞い踊っている。お気に入りの場所とは違う雰囲気で、その原因は小屋があるからだと気が付いた。シルバが何も言わずに小屋に入って行く。 抵抗を感じつつも好奇心が勝り、シルバの後に小屋に近づく。小屋の周りは黄金色の草が広がっていて、丈は腿ほどだった。つまり辿りつくまでに苦労したのだ。

 ドラゴンはどう入るのだろうと考えると、足元を犬が抜けて行った。チワワの耳と、パピオンの艶やかな毛、そしてドラゴンの眼を併せ持つ不思議な犬だった。

 「入ってこい、娘よ」

 どうやら、ドラゴンの変化形態らしい。最大の特徴は、右目の下の泡で作られた模様だ。その部分だけ動きが無いため顔の中で浮き上がって見える。色々考えることで、ローラは無理やり頭を理解させた。先ほどの後ろで上がった水しぶきはこのせいなのだと。

 ローラは木のドアを潜り抜け、風変わりな丸い小屋へ入って行った。壁は漆喰だと思ったが、異様に薄かった。

 「じゃあ、ローランそこにすわって聞いて」


  少女の失踪に、母親が気付き始めていた。


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